おもわく。
おもわく。

なぜ「格差」や「階級」は生まれ、どのようなメカニズムで機能し続けているのか? この大きな疑問に回答をもたらそうとした名著があります。フランスの社会学者、ピエール・ブルデューの「ディスタンクシオン」。20世紀でもっとも重要な社会学の書10冊にも選ばれた名著です。階級や格差は単に経済的な要因だけから生まれるわけではありません。社会的存在である人間に常に働いている「卓越化(ディスタンクシオン)」によってもたらされる熾烈な闘争の中から必然的に生まれてくるといいます。番組では、この名著を読解することを通して、知られざる階級社会の原因を鋭く見通すとともに、「趣味」と「階級」の意外な関係を明らかにしていきます。

フランス南西部で郵便局員の息子として生まれたブルデューは、まさに階級社会の底辺に出自があるといえます。彼は、エリート校に進学した際、周囲に上流階級の子弟が圧倒的に多いことに愕然とします。格差社会の現実を目の当たりにしたのです。彼は自らが直面したこの現実を、いわば「学問の種」にして、フランスという国に深く根を張っている「階級現象」に鋭くメスを入れることを決意しました。その集大成が「ディスタンクシオン」です。

ブルデューは自らの理論によって、相続されるのは経済的な財産だけではないことを明らかにしました。私たちは、生み落とされたそのときから、家族の中で、身振りや言葉遣い、趣味、教養といった、体に刻み込まれていく文化能力をも相続していきます。そのように相続されたものを「文化資本」と呼びます。文化資本は、蓄積することで学歴や社会的地位、経済資本へと変換可能になり、大きな利益を生みます。文化資本の多寡は、自らが属する社会的階層によってあらかじめ決定づけられ、格差を生み出していく要因になっていきます。にもかかわらず「努力によって獲得されたもの」と誤認されることで巧妙に隠蔽されます。文化は、人々の行為を規定するものとして、社会の隅々まで力を及ぼしているのです。

番組では、ブルデューに大きな影響を受けたという社会学者・岸政彦さんを指南役に招き、難解とされる「ディスタンクシオン」を現代の視点から読解、「趣味」と「階級」がいかに密接につながっているかを明らかにするとともに、私たちが直面している「階級社会」のありようを暴いていきます。

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第1回 私という社会

【放送時間】
2020年12月7日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2020年12月9日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2020年12月9日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
岸政彦(立命館大学教授)…「断片的なものの社会学」「マンゴーと手榴弾」等の著作で知られる社会学者・作家
【朗読】
國村隼(俳優)
【語り】
加藤有生子

階級は経済的な原因から生じるという既存の論に対し、全く新しい観点から「階級社会」を生み出す目に見えない要因に光を当てたブルデュー。そのために編み出した概念が「ハビトゥス」だ。ハビトゥスを一言でいうと、身体に刻み込まれた、行動・知覚・評価の図式。幼少期から、言葉遣い、身のこなし、趣味趣向といった形で家庭の中で植え付けられたハビトゥスは、所属階級の性向が刻印されており、その後の人生の選択に大きな影響を及ぼす。つまり人生のスタート段階から格差の芽が生まれているというのだ。第一回は、ブルデューが編み出した「ハビトゥス」という概念がどんなものかを読み解き、私たちの趣味や趣向が、学歴や出身階層によっていかに規定されているかを明らかにする。

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第2回 趣味という闘争

【放送時間】
2020年12月14日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2020年12月16日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2020年12月16日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
岸政彦(立命館大学教授)…「断片的なものの社会学」「マンゴーと手榴弾」等の著作で知られる社会学者・作家
【朗読】
國村隼(俳優)
【語り】
加藤有生子

ブルデューによれば、人々は他者よりも少しでも優位に立とうという「卓越化」を目指して無意識裡に闘争し合っているという。いわば、人々は、自分たちの好き嫌いや趣味を互いに押し付けあっているといってもよい。この闘争をブルデューは「象徴闘争」と名付け、そのプロセスを克明に記述していく。その闘争の場を「界」と呼ぶブルデューは、この「界」のメカニズムを明らかにすることで、社会の巧妙なしくみが浮かび上がってくるという。第二回は、「界」のメカニズムを解き明かすことで、私たちが「趣味」を通して何を行っているかを明らかにする。

名著、げすとこらむ。ゲスト講師:岸 政彦
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第3回 文化資本と階層

【放送時間】
2020年12月21日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2020年12月23日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2020年12月23日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
岸政彦(立命館大学教授)…「断片的なものの社会学」「マンゴーと手榴弾」等の著作で知られる社会学者・作家
【朗読】
國村隼(俳優)
【語り】
加藤有生子

私たちは生み落とされたそのときから、「ハビトゥス」を通して、身振りや言葉遣い、趣味、教養といった体に刻み込まれていく文化能力をも相続していく。そのように相続されたもののうち経済的利益に転換できるものを「文化資本」と呼ぶ。文化資本は経済資本ほどはっきりとは目に見えないが、蓄積することで学歴や社会的地位、経済資本へと変換可能になり、大きな利益を生む。文化資本の多寡は、自らが属する社会的階層によってあらかじめ決定づけられ格差を生み出していく要因になっているにもかかわらず、「努力によって獲得されたもの」と誤認されることで巧妙に隠蔽される。第三回は、「文化資本」という概念を通して、文化が、人々の行為を規定するものとして、社会の隅々まで力を及ぼしていることを明らかにする。

安部みちこのみちこ's EYE
アニメ職人たちの凄技アニメ職人たちの凄技
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第4回 人生の社会学

【放送時間】
2020年12月28日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2020年12月30日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2020年12月30日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
岸政彦(立命館大学教授)…「断片的なものの社会学」「マンゴーと手榴弾」等の著作で知られる社会学者・作家
【朗読】
國村隼(俳優)
【語り】
加藤有生子

ブルデューが行おうとしたのは、社会の構造とその生成のしくみを明らかにすることだった。そのしくみは支配層にも中間層や下層階級の人びとにも内面化され、「これは自然なものだ」という見方を植えつけていく。それでは、社会構造に行為や趣味までがんじがらめに規定されている人間には自由はないのか? ブルデューは、自由とは、何でも好き勝手にできるということではなく、生得のものや社会の構造に縛られているという事実を厳しく知りぬき、それとせめぎあうことで得られるものだという。第四回は、その後の著作などにも触れながら、他者を理解するというのはどういうことか、そして本当の自由とは何なのかを考える。

NHKテレビテキスト「100分 de 名著」はこちら
○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
『ディスタンクシオン』 2020年12月
2020年11月25日発売
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こぼれ話。

社会学は“あなたのせいじゃない”と言い続ける学問

こんにちは。プロデューサーAです。今回もピエール・ブルデュー「ディスタンクシオン」の回をご覧いただきありがとうございました。正直に告白すると、「ディスタンクシオン」は取り上げることをかなり躊躇した名著でした。最大の問題は、一般的な知名度の問題でした。私にとっては、就職したての頃に、ようやく翻訳が出た本で、社会学の面白さを猛烈な勢いで教えてくれた本でした(もちろん理解できないとこうは多々ありましたが)。90年代初頭はちょっとしたブームでたくさん翻訳も出たし、ブルデューを紹介した第一世代の研究者ともいえる、山本哲士さんや福井憲彦さん、宮島喬さんらの解説書や雑誌での紹介なども盛んでした。ところが最近はめっきりブルデューの名前を聞くことはなくなり、同僚に話をふっても「誰それ?」といった反応が多く、一般的な知名度が低いんだなあと残念に思っていたのです(蓋をあけたら、番組テキストが大手書店ので売り上げランキングで上位にランクインしていて、嬉しい驚きでしたが)。

上記のような事情もあって、これまで番組で取り上げてこなかった社会学本の初発は、マックス・ウェーバーかエミール・デュルケームかと思案していたのです。そんな中、3年ほど前に、ある本との衝撃的な出会いがありました。これを「稲妻の一撃」的に語るとブルデューさんに怒られそうですが……。

その本とは「断片的なものの社会学」。今回講師をつとめてくれた岸政彦さんの著作です。タイトルに惹かれて手にとったのですが、一読、ぐいぐいと引き込まれました。社会学の本といわれると、どうもそんな感じがしない。ではエッセイ集かというと、やはりそれだけでは尽くせず、底流に社会学的な思考がうねっていて、ときおり目が覚めるような発見がある。不思議な本でした。読後に岸さんという社会学者に強烈に惹かれ、しばらく著作や雑誌に掲載される文章などをフォローしはじめました。本音でいうと、何か解説したい本が先にあったわけではなく、岸さんという人に社会学の何かの本を解説してもらえたらいいな、という「講師候補が先にありき」だったのです。

そんな中で見つけたのが、ブルデュー「ディスタンクシオン」の帯についていた岸さんの推薦文。岸さんのキャラや書いていることが全然ブルデューとつながってこなかったので不思議に思っていたところに、「マンゴーと手榴弾」という新刊が出るタイミングで、ある書店でトークショーがあるという情報が。同じく社会学者の北田暁大さんの対談形式で、新刊について語り合うという魅力もあって、足を運んでみることにしました。

お二人のトークにももちろん魅了されたのですが、私の中では、岸さんがどうしてブルデュ―に惹かれるのかといった疑問を解消したい気持ちがいっぱいで、トークショーの質問コーナーで思い切って「どうしてブルデューなんですか」という質問をしたのをよく覚えています。そのときに、「意外に思われるかもしれないが圧倒的な影響を受けた本」「大学二回生のときに一晩徹夜して夢中で読んだ」「ここに自分がいると感じた」という熱い言葉が飛び出してきました。どういう理由かはこの短い回答では得られませんでしたが、とにかく岸さんが「ディスタンクシオン」に大きく心を揺さぶられたことだけは、ひしひしと伝わってきました。

こうなると、もう気持ちが止まりません(笑)。トークショー終了後に早速名刺交換して、メールで更なる取材をオファー。調査などでお忙しい中なのでお会いするまでに数か月かかりましたが、その間にブルデューの著作や岸さんの著作をかなり読み込んで少しずつ共通性を感じるようになり、お会いする頃には、自分の中でも「岸さんにブルデューを解説してもらいたい」という気持ちが止められなくなっていました。大阪市内のファミレスで、ブルデューについて語りあったときには、岸さんの中でおおよその解説の設計図ができあがっていました。私が用意したたたき台のメモの上に、「こうしたらえんちゃうかなあ」と、さらさらと上書きしていくのをみて、これに絶対に面白くなると確信しました。

この解説の面白さについては、番組やテキストをご覧になった方はもう十分に伝わっていると思いますので、ここで屋上屋を重ねるようなことをしませんが、おそらく、今回の番組テキストは、これまでに存在していたブルデュー社会学の解説書の中で、もっともビビッドでわかりやすい入門書になっていると思いますし、番組とともに、これを「航海図」がわりにしてもらえれば、ブルデューの非常に難解な著作の海の中でも溺れず、迷わず航海できるのではないかと思います。

「ブルデューの本を読むとなぜかみんな自分のことを話したくなるんですよ」と、岸さんは、取材の際にも番組の中でも繰り返しおっしゃっていました。私自身も、岸さんとともにブルデューを再読するという稀有な体験の中で、「ああ、ここに自分がいる」ということを痛切に感じましたし、家族の会話の中で、自分たちの履歴を語り合う場をもつこともできました。

幼少期に形成された私自身の「ハビトゥス」と、その後のさまざまな出会いの中での「ハビトゥス」の更新。それらが「今、ここ」に私を連れてきているのだ。そして、私の周囲の他者たち一人ひとりにも固有の履歴があるのだ。そう気づくことは、「どんなに異なった他者もないがしろにせず理解する」「どんな立場にいる人も自己責任論に追い込まない」といった視点をもつことを可能にしてくれます。しかし、悲しいことに、今の日本では、そうした視点をもちにくい空気や風潮が作り出されています。

「社会学は“あなたのせいじゃない”と言い続ける学問」という岸さんの言葉に打たれました。そういう意味では、今の時代こそ「社会学」は読み直されるべきでしょう。岸さんの「愛」と「熱」のこもった解説は、ブルデュー「ディスタンクシオン」を解説しながらも、最良の「社会学入門」を行ってくれたと思います。いみじくも第四回のタイトルとして銘打ってくれた「人生の社会学」という言葉を胸に刻み、今後は、私の心の中でも、「社会学」を育てていけたらと今、願っています。

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