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名著、げすとこらむ。

髙樹のぶ子
(たかぎ・のぶこ)
作家

プロフィール

1946年、山口県生まれ。東京女子大学短期大学部卒業。80年に「その細き道」でデビュー。84年、「光抱く友よ」で芥川賞を受賞。『水脈』(95年)で女流文学賞、『透光の樹』(99年)で谷崎潤一郎賞、『HOKKAI』(2006年)で芸術選奨文部科学大臣賞、「トモスイ」(10年)で川端康成文学賞をそれぞれ受賞。09年、紫綬褒章受章。17年、日本芸術院賞受賞。18年、文化功労者に選ばれる。01~19年、芥川賞の選考委員を務める。20年、『小説伊勢物語 業平』を上梓。その他の著書に『百年の預言』『罪花』『マイマイ新子』『マルセル』『ほとほと』など。

◯『伊勢物語』 ゲスト講師 髙樹のぶ子
業平の歌に導かれて

平安文学というと、十一世紀はじめの『源氏物語』を思い浮かべる方も多いでしょう。そのおよそ百年も前、九~十世紀にかけて成立した歌物語が『伊勢物語』です。

実在の歌人、在原業平(八二五~八八〇)と思われる人物が主人公の『伊勢物語』ですが、作者は解っていません。おそらく、元々あった物語にさまざまな人が手を加えていったのでしょう(業平とは異なるであろう「男」の話もいくつか含まれています)。十三世紀、百人一首の撰者としても知られる歌人の藤原定家が、現在にまで残る百二十五章段のかたちにまとめました。

在原業平といえば「稀代のプレイボーイ」ですから、『伊勢物語』には、業平と比定される「男」のさまざまな女性との恋模様が描かれています。平安文化の真髄を伝える『伊勢物語』は、後世の日本文学に多大なる影響を与えていますが、もっとも大きなものは、「色好みの系譜」の原点がかたちづくられた点にあるでしょう。色恋の歌は『万葉集』の頃からありますが、色好みの男というイメージがはっきりと打ち出されたのは、この『伊勢物語』においてです。そして、日本人はそれを好んだ。色事への願望があったのですね。『源氏物語』の光源氏も業平がモデルになったと言われますし、江戸時代には『仁勢物語』などというパロディが生まれ、諸国を旅して三千人以上もの女性と関係を持った世之介の一代記『好色一代男』(井原西鶴)にも影響をおよぼしていると考えられます。

しかし、『伊勢物語』をよく読んでみると、業平は決して次々に女をものにしたプレイボーイではないのです。どちらかというと受け身で、巻き込まれ型。情が厚く、先入観を持たずに人を見るため、いろいろな女性と通じ合い、思いを遂げてしまうのです。

私なりに業平をひと言で言えば、「女に圧倒された男」です。「色好みの男」という像は、業平自身がそうだったというよりも、のちの日本人が業平に付与したキャラクターだったと思います。そこにはある種の願望が込められ、「こんな男は困ったものだ」と言いながらもうらやましく思う─そのような思いが業平を色付けしていったのです。だからこそ業平は千百年も存在し続けたとも言えます。今回の「100分de名著」では、後世に色付けされた業平像ではなく、『伊勢物語』を読むことで見えてくるやわらかな男・業平の魅力をみなさんとたっぷり味わっていきたいと思います。

私がはじめて『伊勢物語』に触れたのは中学生の頃でした。そのときに印象的だったのが「かきつばた」の歌です。これは業平が東下りの道中、同行の友に「かきつばた」の五文字を句の頭に使って旅の心を詠めと言われ、「からころも着つつなれにしつましあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」と詠んだものです。私は「すごいな、こんな技を織り込んでも一つの歌になるのだ」と驚きました。当時は歌や物語の深い意味までは解りませんでしたが、そんな歌の遊び心が面白いと感じたのです。

そして時が経ち、作家となった私は『伊勢物語』を在原業平の一代記として小説化した作品『小説伊勢物語 業平』(日本経済新聞出版)を発表しました。『伊勢物語』は百二十五の短い章段に分かれ、時制もバラバラ、業平以外の歌やエピソードも多く入り込んでいますが、それをシャッフルして取捨選択し、時間軸の糸を通して、業平の一生をたどる物語にしたのです。

私は小説家として長く純文学の世界にいます。芥川賞の選考委員も二十年近く務めてきました。しかしどこかで、自分の純文学的な殻を脱ぎ捨てたい、いつか新たなステージに入り、現代の文学ではなく古典と思いきり格闘したい、そう思っていました。そして七十歳になったのを機に、平安初期の説話集『日本霊異記』を題材にした『明日香さんの霊異記』(潮文庫)を執筆。次に格闘の対象に選んだのが『伊勢物語』でした。

古典との格闘というと、現代語訳に挑戦することだと思われるかもしれません。しかし小説家の仕事というのは、古典の時代に生きていた人間を、創作的な力でよみがえらせること、すなわち自分の文体で新しい世界をつくることだと私は思います。それをするためには現代語訳ではなく、小説化しかありません。

小説化するにあたっては、「文体」をつくるのに大変苦労しました。逐語訳的に内容を現代語に移すのではなく、その時代のにおいや実感をよみがえらせ、みやびを表現しつつ、小説として緩まないものにするためにはどうすればよいか。

そのとき、私を導いてくれたのが業平の歌=和歌でした。歌物語と言われるとおり、『伊勢物語』の中心にあるのは和歌であり、和歌から物語が派生しているのです。

『伊勢物語』には、業平の実作と判明しているもの、『万葉集』や『古今和歌集』から採られた他の歌人のもの、詠み人しらずのものなど、さまざまな歌が採られています。その世界を旅するうちに、次第に業平自身が「これは私ではありません」「私はここですよ」と自分の道に誘ってくれる感覚がありました。業平に先導されるかたちで、私は自分の小説の道をつくっていったのです。業平の歌は、業平という人間の息吹を感じさせます。彼は恋の人である前に歌の人である─これも私が導き出した結論です。

業平が生きた時代から、すでに千百年の時が経っています。しかし同じ創作にたずさわる者として、業平の歌、心情、そして美学には、共鳴するところが数多くありました。そんな私なりの共感や解釈もお話ししながら、平安の恋と歌の旅に、みなさんをお連れしたいと思います。

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