おもわく。
おもわく。

王朝の雅とロマンを伝える歌物語として知られる「伊勢物語」。男と女の愛やすれ違い、旅先での鮮烈な風景、親子愛・主従愛・友情といったさまざまな愛の形……125の章段に華麗な物語と歌が綴られています。この作品は、一歩深く読み解いていくと、古典という枠組みを超えて、恋愛の奥深さや物事を深く味わう力、コミュニケーションの機微を教えてくれる、絶好の教科書になります。そこで番組では、「伊勢物語」に新たな視点から光を当て、現代人にも通じる、豊かな人間関係の知恵を学んでいきます。

「伊勢物語」の多くの章段に共通する主人公と目されるのは在原業平(825-880)。平安初期を代表する歌人です。平城天皇の直系であり世が世ならば天皇にもなれたかもしれない業平ですが、さまざまな因果から臣籍降下。貴種でありながら権力の階段からこぼれ落ちた彼は、そのエネルギーの全てを女性への愛と歌に注ぎ込みました。「伊勢物語」は、いわば業平のラブストーリー集とも読めますが、その核には業平の人間的な魅力が満ち溢れています。

それぞれの女性の心に見事に寄り添っていく華麗なふるまい、男と女の情をつなぎ縒り合わせていく絶妙な和歌、女性だけではなく男性をも惚れ込ませる律義さ。「伊勢物語」からは、業平の「人間力」といったものが浮かび上がってきます。そこから現代人が学びとれることがたくさんあります。ただ、それだけではありません。業平と彼が強い影響を与えた藤原高子らの働きによって、当時の教養の中で支配的だった「漢詩の世界」から、その後の日本的な情緒のベースを形作った「和歌の世界」へと時代が動いていったさまも、物語から読み取ることができます。この作品を読み解いていくと、日本人の感受性のベースになってきた文化的DNAを深く理解することもできるのです。

番組では、「伊勢物語」の世界を小説化したことで知られる作家・高樹のぶ子さんを講師に招き、これまであまり知られることのなかった、新たな「伊勢物語」の魅力を浮かび上がらせます。

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第1回 「みやび」を体現する男

【放送時間】
2020年11月2日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2020年11月4日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2020年11月4日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
高樹のぶ子(作家)…小説「小説伊勢物語 業平」で泉鏡花賞を受賞。「光抱く友よ」「水脈」「透光の樹」等の小説で知られる。
【朗読】
野村萬斎(狂言師)
【語り】
墨屋那津子

平安初期を代表する歌人・在原業平。貴種でありながら権力の階段からこぼれ落ちた彼は、そのエネルギーの全てを女性への愛と歌に注ぎ込んだ。その物語と歌の核には、業平の人間的な魅力がつまっている。それぞれの女性の心に見事に寄り添っていく華麗なふるまい、男と女の情をつなぎ縒り合わせていく絶妙な和歌には、現代人も学ぶことができる「みやび」が満ち溢れている。第一回は、一見軟弱でやさ男にみえる業平に秘められた、人間的な魅力に迫っていく。

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第2回 愛の教科書、恋の指南書

【放送時間】
2020年11月9日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2020年11月11日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2020年11月11日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
高樹のぶ子(作家)…小説「小説伊勢物語 業平」で泉鏡花賞を受賞。「光抱く友よ」「水脈」「透光の樹」等の小説で知られる。
【朗読】
野村萬斎(狂言師)
【語り】
墨屋那津子

藤原高子、伊勢斎宮・恬子などなど、高貴な女性たちと浮名を流した稀代のプレイボーイ、業平。彼はなぜ女性たちを虜にできたのか? 業平の和歌を読み解いていくと、その秘密がわかる。そこには、一人ひとりの女性の話をよく聞き、その女性の境遇に合わせて一番幸せになる方法を考えぬく業平の姿が浮かび上がってくる。単に自分の恋情を押し付けているだけではないのだ。第二回は、業平が繰り広げた数々の恋愛譚を「愛の教科書」「恋の指南書」として読み解く。

名著、げすとこらむ。ゲスト講師:髙樹のぶ子
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第3回 男の友情と生き方

【放送時間】
2020年11月16日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2020年11月18日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2020年11月18日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
高樹のぶ子(作家)…小説「小説伊勢物語 業平」で泉鏡花賞を受賞。「光抱く友よ」「水脈」「透光の樹」等の小説で知られる。
【朗読】
野村萬斎(狂言師)
【語り】
墨屋那津子

業平は女性だけではなく男性にも愛された。紀有常、源融、惟喬親王……彼らは、なぜか出世争いからはこぼれ落ちた業平と深い友誼を交わす。優れた人への謙虚さ、真心への正直さといった業平の美質が彼らを惹きつけたのだ。挫折や人間関係のこじれ、世間から取り残される寂しさ……数々の憂いを抱えた男たちは、業平の情の細やかさや共感力、そしてそれらを見事に凝縮した和歌によって、癒され励まされていく。第三回は、業平が男たちと交わした友誼を通して、友情のあり方、上司との心の通わせ方などを考えていく。

安部みちこのみちこ's EYE
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第4回 歌は人生そのもの

【放送時間】
2020年11月23日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2020年11月25日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2020年11月25日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
2020年11月30日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
2020年12月2日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2020年12月2日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
高樹のぶ子(作家)…小説「小説伊勢物語 業平」で泉鏡花賞を受賞。「光抱く友よ」「水脈」「透光の樹」等の小説で知られる。
【朗読】
野村萬斎(狂言師)
【語り】
墨屋那津子

業平が詠んだ晩年の和歌には、老いや死を飄々と受けとめる軽やかさがある。その裏には、業平流の「叶わぬもの」への対応、運命の受けとめ方があった。出世競争ではなく、和歌によって独自の地位を築いたともいえる業平。彼は人々の情を受けとめる持ち前の包容力と、豊かな和歌の力、文化の力によって、数々の難局を乗り越えていく。そのしなやかな生き方からは、生きづらい現代を生きるヒントを学ぶことができる。第四回は、歌そのものに凝縮されているともいえる業平の生き方に、苦しい現実を生き抜く知恵を学んでいく。

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○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
『伊勢物語』 2020年11月
2020年10月25日発売
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こぼれ話。

「感じる力」を取り戻す

正直に告白しますと、私は「伊勢物語」のよい読者でありませんでした。尾形光琳作「八橋図屏風」が大好きだった私は、その元ネタだということで興味を持ち、30代のときに一度チャレンジしたことがあります。しかし、詞書の部分がいかにもそっけなく、あまり面白さを感じられないまま、途中で読むのを挫折しました。その後読んだ、高橋睦郎さんが書いた入門書「すらすら読める伊勢物語」は、高橋さんによる推理がとても面白く(なんといっても作者が在原業平だという大胆な仮説を、詩人の想像力で見事に展開しているのですから!)再び興味をもったのですが…。やはり最後まで読むことはありませんでした。

そんな私が、再び「伊勢物語」の魅力に目覚められたのは、今回の講師、高樹のぶ子さんの「小説伊勢物語 業平」に出会ったおかげです。ブック・プロモーションのお仕事に携わっているHさんの御推薦で、この本を見本版を読んだのが出会いのきっかけでした。独特のリズム感がある、艶のある文体で、平安の時代の、映像や音やにおいが脳内に立ち上がってくるような体験でした。「伊勢物語」の世界ってこんなにも豊かだったのか? 一読、高樹さんが浮かび上がらせてくれた「伊勢物語」の世界観に惚れ込んでしまいました。

「伊勢物語」は、まだ本格的な物語文学が成立する以前の「歌物語」というジャンル。ですから、実は主体は「歌」にこそあり、そこを読み解くことから想像力の翼を広げていかないと、真の魅力に近づけない。Hさんの御紹介で初めて高樹さんとお話しさせていただいたときに深く感じたのはそのことでした。「小説伊勢物語 業平」の力を借りると、みるみるうちに「伊勢物語」の原点の面白さが理解できるようになっていきました。

そしてもう一点。高樹さんのお話から、大きな発見がありました。もちろんこの物語の魅力の中心は、それぞれの女性の心に見事に寄り添っていく華麗なふるまい、男と女の情をつなぎ縒り合わせていく絶妙な和歌、女性だけではなく男性をも惚れ込ませる律義さ等々にみられる業平の「みやび」の力だと思います。そこから現代人が学びとれることがたくさんあります。

ただ、それだけではないのです。高樹さんの作家的想像力が、史実とともにこの物語から読みだしたのは、ある大きな歴史の転換点でした。

業平と彼が強い影響を与えた藤原高子らの働きによって、当時の教養の中で支配的だった「漢詩の世界」から、その後の日本的な情緒のベースを形作った「和歌の世界」へと時代が動いていったさまも、物語から読み取ることができるのです。それは「考えること」だけではなく、「感じること」の大切さを思い起こさせてくれます。この作品を読み解いていくと、日本人の感受性のベースになってきた文化的DNAを深く理解することもできるのはないか、そんなことを高樹さんの解説を聞きながら深く感じました。

業平と高子の叶わなかった恋が、その後の日本人の感性を豊かにしていく文化が生まるきっかけになった……そんな風に想像するだけでもわくわくしてきますよね。そして、私たちは、彼らが豊かにしてくれた「感じる」という力や、言葉のもっている力を少しおろそかにしているのではないかと反省します。

SNSの短文の中にも相手を思いやったり心を寄せていく一言を工夫する、相手を傷つけたり怒らせたりする刃物のような言葉を使わないように気を配る、そんな小さなことからでも、業平の「みやび」に少しずつ近づいていけるように思います。「伊勢物語」を現代にもう一度読み直すことの意味は、そんなところにもありそうです。

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こぼれ話。

プロデューサーのNです。今回もお手伝いとして参加。第3回と第4回を担当しました。

伊集院光さんも言っていましたが、在原業平の短歌は、注意深く読み込むと、短い言葉の中に多くの意味が込められていることに気づきます。わずか三十一文字なのに、歌の天才と言わざるを得ません。

だからこそ時代を超えて多くの人の心をとらえ続けているわけですが、今回は「からころも着つつなれにしつましあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」について、ミニ知識をお伝えします。

この歌が詠まれた場所は三河の八橋。流れに多くの橋がかかることから八橋と呼ばれ、かきつばたが見事に咲いていたといいます。江戸時代には、尾形光琳が見事な「八ツ橋図屏風」を描いていますが、いったいどんな場所なのでしょうか。

業平は880年に亡くなりました。その後、1059年の「更級日記」では、八橋についてこう書かれています。「八はしは名のみにして橋のかたもなく何の見所もなし」。そして1242年の「東関紀行」では、「そのあたりを見れども、かの草とおぼしき物はなくて、稲のみぞ多く見ゆる」とあります。どうやら業平の死後、かきつばたはなくなってしまい、田んぼが広がっていたようです。伊勢物語の世界を見ようと旅をして八橋を訪れた人は、みな落胆して帰ったとのこと。尾形光琳の屏風はあくまでイメージなんです。

これを残念に思ったのが、方巌売茶翁(ほうがんばいさおう)という江戸後期の人。仏門に入り、各地を遍歴して煎茶道を広めていましたが、1805年に八橋にやって来ます。しかし業平塚のある在原寺は荒れ果て、かきつばたも見当たりません。それを憂えた方巌売茶翁は、在原寺を再興し住職となり、続いて無量寿寺を改築してかきつばたを植え、庭園をしつらえました。この庭園は、方巌売茶翁が亡くなった後も地域の人々の手で守られ、今では「八橋かきつばた園」という観光名所になっています。

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