2023年3月10日

わたしたちが主役!地域防災を支える高知の子どもたち

※ 公開当初の記事で避難訓練の趣旨が不明確だったため、3月12日に加筆・修正しました。

南海トラフ巨大地震で最大30メートルを超える津波が想定されている高知県。ここでは子どもたちが地域防災の主役になっています。
地域や専門家と連携して避難訓練を実施したり、避難をためらうお年寄りたちの意識改革にひと役買ったり…。
訓練を繰り返しながら、いざという時に備える。そんなたくましい高知の子どもたちを紹介します。

(NHK松山放送局 中元健介ディレクター)

本番さながら、訓練を繰り返す子どもたち

まず取材したのは、四万十町興津地区、興津小学校の子どもたちです。全校児童は20人。
校舎が海から200メートルの所にあり、地震が発生すると直後に学校に津波が到達します。そのため学校では、毎月避難訓練を実施、その方法も突然抜き打ちで行ったり、思いがけない「想定外」を盛り込んだりと毎回テーマを決めています。
避難する子どもたちは本番さながら、上履きのまま飛び出していきます。

若いチカラが地域防災のカギ!

京大防災研究所 中野元太さん授業

2007年からこの興津小学校を拠点にして、自主防災組織、自治体などと連携しながら、震災に強いまち作りに取り組んできたのが京都大学防災研究所です。
助教の中野元太さんは、7歳の時に阪神・淡路大震災で被災ことがきっかけとなり、防災教育に尽力するようになりました。最近とくに力をいれているのが、東日本大震災を経験した若い人たちが震災の記憶を語り継いでいく活動。
中野さんは「子どもが訓練に参加することで、親や家族も参加するようになり、地域全体の参加率が上がる」と話し、若いチカラが地域防災のカギになる、と考えています。

“想定外“を訓練に

2月、中野さんが行った訓練は「想定外」の事態を取り入れること。
東日本大震災では、想定を越える津波が襲い、多くの死者が出たからです。

いざ、訓練スタート!まず子どもたちが向かったのは800m離れた避難場所の向山。あらかじめ避難場所に決めていました。
津波が到達する15分以内を目指して駆け抜け、この日は全員が9分台で到着しました。避難場所は標高30mにあり、想定する最大の津波でも到達しない高さです。

ここで中野さんは「ここに津波が来たらどうする?」と想定外の事態を与えます。すると子どもたちは迷わず10mの階段を駆け上がっていきました。想定を越える津波に備えた「2段階避難」です。

さらにそこにも“想定外”の津波がきた場合に備え、山の上へと駆け上がっていく子どもたち。「3段階避難」まで想定する用意周到ぶりです。
生き延びることだけでなく、その先の復興まで小学生が考えていることに胸があつくなりました。

(興津小6年 谷村美虹さん)
「南海トラフ巨大地震が起きると興津全体が浸水する。私は興津が大好きだからいち早く避難をして、津波が引いたら興津の復興を一生懸命したい。だから生き伸びるため訓練してるの」

避難経路に潜む“想定外“も訓練に

想定外の対応は高さだけではありません。避難経路に潜む想定外の訓練も行ないます。

避難場所の向山へ逃げようとする中、中野さんが出した想定外は「低い場所が既に浸水し始めて避難場所に行けない。どうする?」すぐに子どもたちは「第二避難の4号タワー」と答え、方向転換し走り出しました。これまでも子どもたちは第一避難場所がだめでも、“二の矢”を用意し訓練を重ねてきたのです。

400m先の避難タワーまであと少しに迫る中、またも中野さんが「4号タワー見えてきたけど、この先に家が倒れて通れない。どうしよう?」とさらなる想定外を与えます。
津波が到達する15分まであと3分に迫る中、子どもたちは「津波が迫りこうやって悩んでる時間はない」と避難を率先しました。

最後に目指すのは海に近い高台にある第三の避難場所・忠霊塔。これまで訓練に取り入れたことがない場所です。 この避難場所に向かう中、突然、子どもたちが足を止めました。

5年の髙橋紗羅さんは「津波が真っ先に上がってくる川の所を通らなきゃいけないから危ない」と危険を察知。初めて向かう第三の避難場所には課題があると分かりました。
6年の橋本統さんは「海に近い高台は津波到達も早いから、3つ目の避難場所としていくのは適さない。2番目のタワーと優先順位をひっくり返す方がいいのでは?」と提案。訓練の課題を洗い出していました。

ぐるみの会

興津地区では、学校や自主防災組織、京都大学防災研究所などが集まる「ぐるみの会」を作り、課題解決に向けて話し合ってきました。
今回は「海の近くの第三避難場所・忠霊塔を目指す時、子どもたちは津波に向かって行く心理的な怖さを感じていた」と課題を共有、自主防災会長の船村覚さんは「子どもの気が付いた事を極力実現し行政とも取り組んで進めていく」と子どもたちの意見を大切に受け止めていました。

子どもの意見が行政を動かす!

興津小学校では毎年子どもたちが訓練などで見つけた課題を「防災マップ」にまとめて地域に配ってきました。これが町を大きく動かすこともあります。
「海の近くにある保育園が津波がくると確実につかる」という課題。これを地域の防災シンポジウムで子どもたちが発表したところ住民が賛同。行政は保育園を高台に移転する決断を下したのです。

(京大防災研究所 中野元太さん)
「子どもの意見が町を動かすのが本当に興津の一番いいところ。高台移転の例だけではなく、例えば子どもたちが避難ルートの橋を見て“本当に耐震性あるの?”と疑問に思い行政に手紙を書く。担当者が耐震検査を行ない、問題点があれば耐震化工事をして町がどんどん安全になっていく。子どもの意見ってすごく率直に届くし、魅力的な力です」

避難をためらう高齢者の意識を変える

子どもたちが主役の防災は隣の黒潮町でも。力を発揮しているのは、高齢者の避難です。
黒潮町は全国で最も高い34mの津波が想定されていますが、高齢者に話を聞くと「30メートル来たらもうダメ」「どうやって逃げる?どこにも逃げられないでしょう」「もう、死ぬしかない」など、20人中18人が避難をためらうような答えが返ってきました。

京都大学防災研究所助教・中野元太さんの監修のもと、避難をためらう高齢者に対し、子どもたちが意識改革を促すことにひと役買う訓練が行なわれています。 6年生の布村琥心郎さん。訪ねたのは近所に住む一人暮らしの西地留子さん86歳。

西地さん「じいちゃんが亡くなって一人になって地震とか津波が本当怖いがよ。あきらめちょる」と嘆きます。

今回、避難をためらう10人の高齢者に話を聞いたところ、子供に声をかけられると全ての人が「逃げてみよう」と答えてくれました。
西地さんも「元気な近所の子どもが声をかけてくれたら、逃げよう、生きようって気になる。心強い」と話してくれました。 

いつものように子どもたち主導で訓練開始。布村さん「頭を押さえて手で、そうそう」とお手のもの。向かうのは400m先の避難タワーです。
逃げる際は訓練用の津波避難アプリを使います。自分がいる場所で想定される津波の高さや、到達時間を見ることができ、それを元に避難経路を探ることができるのです。

布村さんが「20分後にここに8メートルの津波が来る。それまでに逃げよう」とアプリの画面を見せながら励ますと、西地さんは「一生懸命逃げないかん」と、いつのまにか子どもたちのペースに巻き込まれ避難へと気持ちが向かっていました。

最後の難関の避難タワーが目の前に。足腰が弱い西地さんはこれまでこの階段をのぼることをためらってきました。
不安がる西地さんに、いざとなったらひとりで避難できるように、布村さんが寄り添い、手をつなぎ、背中を支え「ゆっくりでかまわんで、がんばれ、あと3段。ラストあと一歩」と励ましながら、一緒に階段をゆっくりとのぼっていきます。
西地さんは津波到達予定の3分前に避難することができました。

「ここまで逃げてきたら津波は大丈夫」という布村さんの言葉に、西地さんは「この子ら必ずばあちゃんばあちゃんって言ってくれるからうれしくて避難出来ました」とうれし涙を流していました。
布村さんは「ばあちゃんあきらめん方が良い。津波に命を奪われるのは嫌なので、避難をあきらめん方が良い。地震が起こった時とかには絶対避難して」と励まし続けていました。

(監修した中野さん)
今回の訓練は、避難をあきらめる高齢者の意識を変えることを一番の目的に行っています。実際に地震が発生し、津波が来た場合には「津波てんでんこ」にあるように、子どもたちも自分の命は自分で守るために、真っ先に避難するよう指導しています。

中元の取材後記

高知県の30m超の津波が予想される町で出会った子どもたちは“想定外”のたくましさでした。たかが避難訓練ではなく、毎回が真剣勝負。常に“想定外”を想定しながら1つずつ経験に変えていく姿に、予想される南海トラフ巨大地震の深刻な津波被害を受け止め、「命を守りたい」という強い意志が感じられました。
黒潮町で出会った6年生の布村琥心郎さんには、度肝を抜かれました。町を歩いていると次々と高齢者が布村さんに声をかけてきます。「ここに住むじいちゃん、ばあちゃんは、だいたい友だち♪」という布村さん。これまで何人もの避難を諦めていたお年寄りに、避難するきっかけを与えてきました。物怖じせず、80代のおばあちゃんとのいわゆる“タメ語”の会話も微笑ましく、お年寄りも笑顔になり、諦めていた避難に対しても「逃げよう」と変わっていきました。
「津波が来ても誰も死んで欲しくない。みんなで生きたい」という布村さん。日々行なわれる草の根活動に希望の光を感じずにはいられませんでした。今回の取材をきっかけに防災士の資格を取ろうと思っている、今日この頃です。

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この記事を書いた人

中元健介ディレクター

中元健介ディレクター

スポーツ番組・ドキュメンタリーのディレクターとして、スノーボード・平野歩夢選手、ソフトボール・上野由岐子選手、バスケ・田臥勇太選手、相撲・琴奨菊、サッカー・長谷部誠選手などを取材。
オリンピックやサッカーW杯など海外の現地取材も担当。