2023年3月10日

女子高校生が紡ぐ被災地からの“バトン”

「被災地のことを忘れないで」

宮城県の女子高校生は、愛媛の女子高校生に訴えかけました。
南海トラフ巨大地震で津波被害が懸念される愛南町の女子高校生たちが、被災地から受け取った“バトン”。命を守るための大切なヒントが詰まってました。

(NHK松山放送局 的場恵理子)

津波が懸念される町の高校生

愛南町

南海トラフ巨大地震で最大16メートルを超える津波が想定されている愛南町。
この町の南宇和高校では、巨大地震に備えるため総合学習の時間を利用して防災学習を進めています。
ことし1月、学びを深めるため、2年生の生徒3人が代表して東日本大震災の被災地を訪れることになりました。

被災地を訪れた後藤愛純さん

後藤愛純さん
「震災の時は保育園児で、なんだか遠くの地域の出来事のように感じてます」

“防災は未来を変える”大川小のバトン

被災地を訪れた山﨑成美さん・猪野琴海さん・後藤愛純さん

ことし1月。3人は宮城県を訪れました。
車で移動中、景色を見ながら彼女たちは少し半信半疑になります。
こんなにきれいで穏やかなのに、本当にあんな地震が起きた場所なのかと。
しかし、そんな思いもある場所に到着して一変します。

大川小学校(石巻市)

震災の爪痕が残る石巻市の大川小学校。津波で児童と教職員あわせて84人が犠牲になりました。

佐藤敏郎さん

ここで出会ったのは、語り部活動をしている佐藤敏郎さんでした。
小学校に通っていた小学6年生の娘、みずほさんを亡くしました。

佐藤さんは、津波が押し寄せるまでの51分間を語ってくれました。
地震直後、子どもたちは学校の指示で、校庭に待機していました。
「裏山に逃げよう」。先生に訴えた子どももいたといいます。
裏山は歩いてわずか1分ほど。しかし、そこに避難することはありませんでした。
佐藤さんは、心からの願いとして、3人の女の子にこう訴えます。

佐藤敏郎さん
「裏山に避難すれば簡単に救えた命。でも事実として救えなかった命になった。防災は未来を変える。命が助かるハッピーエンドのために防災に取り組んでほしい」

“災害に上限はない”気仙沼のバトン

佐藤健一さん

次に出会ったのは、12年間、後悔の気持ちを持ち続けている気仙沼市の佐藤健一さんです。震災当時、佐藤さんは市の防災担当を務めていました。
市内にある杉ノ下地区の一時避難場所を、地域の高台に決めた責任者の1人です。

あの日、地区の多くの住民が、この高台に駆けつけます。
安全だと思っていた避難場所。しかし、津波に飲み込まれてしまったのです。
93人が犠牲となりました。

佐藤さんは、悔しさをにじませながら、3人の女の子にこう訴えます。

佐藤健一さん
「安全だと思ってたのは大きな間違いでした。反省しても反省しきれない。津波は、自然災害は、人間が決めた上限を超えてくる」

“忘れないで伝えてほしい”同級生からのバトン

左:気仙沼高校の岩槻佳桜さん/右: 後藤愛純さん

最後に出会ったのは、同年代の女子高校生でした。
気仙沼高校の2年生、岩槻佳桜さんです。
震災当時は5歳。迫ってくる黒い津波をはっきりと覚えています。
いま、岩槻さんが気がかりなことは震災の風化です。
岩槻さんは、不安をにじませながら、3人の女の子にこう訴えます。

岩槻佳桜さん

「愛媛に帰ったら同じくらいの年の子たちが、こんな経験をしたんだって伝えて。どうか被災地のことを忘れないで。そして、私たちの経験を未来の防災に役立てて」

バトンを南海トラフにつなぐ

被災地から3つの“バトン”を受け取って、愛媛に帰ってきた3人の女子高校生たち。
自分が感じたことを、ほかの生徒たちに伝えました。

後藤愛純さん

後藤愛純さん
「災害の上限を決めないということが大切です。地震が起きたらできるだけ高くて、安全なところに逃げてください」

山﨑成美さん

山﨑成美さん
「東日本大震災を過去の出来事と風化させてはいけません。過去に向き合い、未来の災害に備えてほしいという願いも託されました」

猪野琴海さん

猪野琴海さん
「常に命を真ん中にして考える。災害を自分ごととして考える。防災意識を常に持って考える」

被災地から託された3つのバトン。
愛媛の3人の女子高校生たちは、これからも小学生からお年寄りまで幅広い世代に伝えていきたいといいます。
なぜなら南海トラフ巨大地震は、近い将来、必ず起きるとされているから。
そのとき、地域の犠牲を少しでも防ぎたいと心から願っているから。

取材後記

愛媛と気仙沼の高校生みんな同じ高2です

今回の取材を通して印象に残ったことがあります。
「震災を経験していなくても語り部になれる」ということです。
愛媛の女子高校生たちは、被災地の声を、地元に持ち帰り仲間たちに伝えました。
SNSを使いこなす若い世代にとって、それは“拡散”のようなものだったのかもしれません。
近い将来、必ず起きるとされる南海トラフ巨大地震に備える役割は、記者である私にも課せられた使命の1つです。どう警鐘を鳴らすことができるのか。命を救うための報道を考え続けたいと思います。

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この記事を書いた人

的場 恵理子

的場 恵理子

徳島局を経て2019年から松山局勤務。災害・伊方原発の取材を担当。
好きな食べ物は「から揚げ」。かんきつについて日々勉強中。