2023年3月1日

ウクライナ侵攻と原発 今その意味を考えて

「起きてはならないことが起きてしまった」。
愛媛出身の放射線衛生学者は、かつてない危機感を抱いていました。

ウクライナへの軍事侵攻では史上初めて、稼働中の原子力発電所が攻撃を受けました。

専門家は今、愛媛の人たちにその意味を考えてほしいと訴えます。
他人ごとではなく、自分たちに起こりうることとして。

(NHK松山放送局 清水 瑶平)

“原子力が武器にされた”

軍事侵攻から1年となった、2月24日。
八幡浜市で、地元の人を招いた勉強会が行われました。

主催したのは鬼北町出身で放射線衛生学の専門家である、木村真三さんです。
テーマは「戦争と原発」。

講演会で話す木村真三さん(左)

「チョルノービリ原発事故と同じ事がまた起きてしまうのではないか、そう思いました。原子力というものが1つの武器にされてしまったんです。その意味を考えて下さい」

木村さんは集まった人たち1人1人に、真剣に訴えかけていました。
その背景にあるのは、みずからの経験を踏まえた、強い危機感でした。

かつてない危機 木村さんが覚えた戦慄

チョルノービリ原発を調査する木村さん(2020年)

木村さんは1986年に起こった「史上最悪」と言われるチョルノービリ原発事故の調査を、20年以上にわたって続けてきました。
福島第一原発の事故が起こって以降は福島での現地調査も続けていて、
放射能事故が人体に与える深刻な影響と向き合ってきました。

だからこそ、1年前に起こった事態にはこれまでにない衝撃を受けました。
ロシア軍が停止しているチョルノービリ原発を攻撃。
さらには、稼働中のザポリージャ原発も攻撃を受けたのです。

稼働中の原子力発電所が攻撃されたことはかつてなく、史上初めての危機でした。
ウクライナ政府は深刻な事故が起こった場合、周辺国まで放射能汚染が拡散するという予測を発表しました。

木村さん
「とてつもなく怖い出来事だと思いましたね。原子炉が破壊されるということになれば核燃料物質が飛散することになり、一度起きてしまえば取り返しがつかない。何百年も人が住めない状況になり得るということを感じました」

現地から伝えられた厳しい現状

2月、木村さんは現地のより詳しい状況を知ろうと、ウクライナの国立研究機関の知人にリモートで連絡を取りました。

現地では氷点下の寒さの中、電力供給が安定せず、1日2時間ほどしか電気が使えない。
カセットコンロで暖を取ることもある。
そうした厳しい状況が伝えられる中で、木村さんは気になっていたことを聞きました。

木村さん
「チョルノービリの方で砲撃があり、放射能濃度が上がったと言う話が一時期ありましたが、人体への影響はあったのでしょうか」

研究所の担当者
「ある程度は放射線量が上がったと思います。なぜなら、戦車などの重い軍事用の車が通ると、当然放射性物質を含んだほこりが舞い上がるからです。ロシア軍が今後常識的に行動し、原子炉を破壊しないことを願っています。全世界の人々や環境にとって本当に恐ろしいことですから」

幸いにもまだ深刻な事故や人体への影響は起こっていないと見られます。
しかし現地ではそうした状況がいつ起こってもおかしくないという恐怖と戦っていました。

決してひと事にしてはいけない

木村さんが送ったガスマスク(左)と発電機(右)

この1年、木村さんは義援金や物資を送るなどの支援活動を続けてきました。
「停電が続いている」と聞けば発電機を、「市街地戦のおそれがある」と聞けばガスマスクを。
現地のニーズを聞き、できるだけ具体的な形が見える支援を心がけてきました。

しかし一方で、国内に対してもできることがないか考え続けていました。
原発が攻撃されたことを決して「ひと事」にしてはいけないと感じたからです。

木村さん
「結局、核兵器を使用しなくてもそれと同じ事ができるんだということです。日本ではそれが起きないだろうというような感覚をお持ちの方も多いのかもしれないし、考えたことすらないかもしれない。それなら、それを考える機会を作るっていうことが重要なのかなと思います」

思いを受け止めた若者たち

八幡浜

木村さんが考えた、「国内でできること」。
それが24日に開催した勉強会でした。

伊方原発に隣接する八幡浜市で、地元の人たちにこうした事実と向き合ってもらいたいと感じたのです。
木村さんはみずから調べたことや、現地から聞いたことを伝えました。

木村さん
「戦争で原子炉が攻撃されるという事態が、現実味を増してきた、地震や火山といった自然災害だけではないですよと」

参加者は10代から50代までの6人。
初めて知る事実も多くありました。

それぞれ、木村さんに率直な思いを語りました。

参加者32歳男性
「正直なところ、当事者意識をもっていませんでした」

参加者19歳女性
「友だちどうしでウクライナのことについて話す機会はあるんですよ。でも実際、どう危ないのって言われるとわからないんです」

木村さん
「ウクライナで起こっていることは僕らの生活の中でも起こりうる。そのことをいろんな世代の人たちと一緒に考えたい。ちょっとしたことであっても、それが現地への支援につながっていくんです」

自分ごととして捉え、何をすべきか、みずから考えてほしい。
その思いは、参加者たちに伝わっていました。

参加者32歳男性
「どこか遠いところで起こっていることではないということがよくわかりました。まず知ること、それから一緒に考えること、その先に具体的な行動があると思うので、まずは僕の近しい人にこういう話を聞いてきたよっていうことを伝えたいなと思いました」

“自分ごと”そのスタートラインに

ウクライナへの侵攻が始まって1年。
今も事態の収束は見通せません。
取材の終わりに、木村さんはこう話していました。

木村さん
「“他人ごと”ではその先はありません。“自分ごと”というのはその先を自分たちで一緒に作っていく、未来を作っていくということにつながるんです。今回の勉強会は、そのスタートラインにできたのかなと思っています」

遠く離れた愛媛からできることは限られているかもしれません。
しかし、まずは事実をしっかりと把握して、自分事のように考えること。
支援はそこから始まるのだと感じました。

この記事を書いた人

清水 瑶平

清水 瑶平

2008年入局、初任地は熊本。その後社会部で災害報道、スポーツニュースで相撲・格闘技を中心に取材。2021年10月から松山局。学生時代はボクサーでした。