
みなさん、最新の通信システム「5G」を体験されましたか?
四国でも都市部を中心に使用できるエリアが拡大しています。
高速・大容量、低遅延、多接続を可能にするという、「5G」。
四国のビジネスを大きく変えようとしていて、全国的にも先駆的な地域に押し上げています。
いったいどうなっているのか、現場を取材しました。
(NHK松山放送局 松原小百合、大久保凜/NHK高松放送局 竹内一帆)
ビジネスを変える「ローカル5G」
四国が注目されているのは、「5G」を範囲や用途を限定して使う「ローカル5G」です。
2022年のサッカーワールドカップ、カタール大会でもスタジアムで5Gが導入されて話題になりました。
では、四国ではどんな使われ方をしているのでしょうか。
医師不足に悩む地域の救世主に?
5Gが大きく期待されている分野の1つが医療です。
徳島県南部の医療の中核を担う県立海部病院では、去年から5Gによる遠隔診療を行っています。

この地域も深刻な医師不足に悩んでいて、少ない時期は常駐する医師がたったの6人に。これは多い時の3分の1の人数しかいませんでした。
今は少し増やすことができて10人いますが、産婦人科や皮膚科などは、徳島市内の病院から専門医が片道2時間かけて通っています。
県立海部病院は、この問題を「ローカル5G」で改善しようとしています。
診察室を覗くと、患者の前には医師の姿を映し出す大きなテレビモニターが。
医師は60km離れた徳島市内の病院にいます。
この日は糖尿病を患う女性の足の様子を診察。
4Kの高画質で撮影できるビデオカメラを使って、リアルタイムで患者の様子を診ていきます。

遠隔診療の様子
「5G」によって、実際に対面で診察するのと変わらない情報量を得られるのだといいます。

診察した徳島県立中央病院医師 白神敦久さん
「5Gを使った診療で一番メリットが大きいのは肌の診療です。糖尿病は皮膚の色調や爪の状態がすごく大事になってきます。映像は非常に細かく、しわの一本一本まで見ることができ、ある程度診療に耐えうるものと考えています」
遠隔診療を体験した患者も、専門の医師の診察を受けに遠方まで行かなくて済むので助かると、好評でした。

徳島県は今後、参加する病院を増やすのと同時に、患者の自宅までネットワークを拡大して限られた数の医師で広い範囲をカバーできる体制を作ろうとしています。

さらに5Gで救急車も病院とつなぎ、搬送する段階から医師が診察を始められる、そんな構想まで描いています。

県立海部病院副院長 影治照喜さん
「われわれ過疎地域の病院の関係者・地域住民にとって、高度な医療を施す遠くにいる医師に地域医療に携わってもらえるチャンスだと思います。医療革命がおこる可能性を十分に秘めていると思います」
ローカル5Gでスマート農業も加速
ローカル5Gは農業の分野にも進出しています。
日本有数のゆずの産地、高知県北川村を訪ねました。

16年前からゆずの生産をする田所正弥さんの農園に行くと、ローカル5Gの基地局が建っていました。
スマート農業を進化させるために昨年の11月に設置したんだそうです。

ローカル5G基地局
その要となるのが、こちらのロボット。

ロボットの試作機
まだ試作段階ですが、自動で走行して草刈りや農薬の散布など、1台でマルチに作業をこなすことを目指してテストを重ねています。
とくに農薬の散布は夏の暑い時期に防護服や手袋をつけて行うため、大きな負担になっていたんだそうです。
田所さんの農園は、あわせると7.5ヘクタールあります。
これはサッカーコート10面がすっぽり入るほどの大きさです。
この自動走行ロボットを3台同時に稼働して作業時間をこれまでの半分ほどに減らそうとしています。

さらに田所さんは、スマートグラスを若手の育成に生かそうと考えています。
農園にいる若手がスマートグラスをつけると…。

パソコンの前にいる田所さんに、目線の映像が届きます。

剪定してほしい部分を田所さんが印をつけることができ、農園にいる若手はその通りに作業をすることができるのです。

田所さんは、農薬の散布を始めることしの春からローカル5Gを使ったスマート農業を本格稼働させる予定です。

ゆず農家 田所正弥さん
「実際に現場でどのくらいの性能になるのか楽しみにみていきたいと思っています」
ローカル5Gで重要インフラを守る

生活に欠かせない電力を供給する現場でも、ローカル5Gを使った実験が始まっています。
四国電力送配電はトラブルを防ぐため、24時間体制で人の目による点検や監視を行ってきました。
実験では、この業務にローカル5Gを活用することで現場の負担感を解消し、
同時に監視能力の強化も狙っています。
いまは発電所などに設置されている設備を監視するセンサーのほとんどがケーブルで接続されていますが、ここにローカル5Gを導入。

これまでの設備イメージ

ローカル5Gを使った設備イメージ
ローカル5Gは無線通信のため、ケーブルは必要ありません。
劣化や断線のリスクがなくなるうえ、これまで届かなかった場所にもセンサーを増設することができるようになります。
そしてセンサーから送られてくる大量のデータを集約した上で、AIも活用し、これまでよりも多くの情報を少ない人数で確認しようというのです。
それでも人の目で確認する必要がある箇所は残りますが、そこにもローカル5Gを活用しようと考えています。
行われた実験では、作業員が点検箇所をスマートフォンで撮影。
その映像を離れた場所にあるパソコンにリアルタイムで送って、離れていても確実に状況を把握できるかや、センサーの反応が届くかどうかを確認していました。

さらに今後はカメラを搭載した四足歩行ロボットを使って施設の異常を見つける実験も行う予定で、本格導入を見据えながら実用化に向けた検証を進めることにしています。


四国電力送配電通信システム部 平松秀太さん
「いまある最新のローカル5Gシステムをいろいろやり尽くして、電力の安定供給という一番のミッションを意識しながら取り組んでいきたいです」
ライバル同士が協力する時代に!?
ローカル5Gのシステムは、これまででは考えられないコラボも四国で生み出しています。
取材したのは、半導体製造装置の部品などを製造する松山市の金属切削加工会社です。

変動が激しく「シリコンサイクル」とも呼ばれる半導体業界の需要に合わせて、中小企業が人員や機械を増やしたり減らしたりすることはできません。
そこでローカル5Gを活用して取り組もうとしているのが、同業他社、つまりライバル会社との協力です。

その相手は20キロほど離れた愛媛県東温市にある金属切削加工会社です。
彼らが連携して目指すのは、互いの工場で自社の製品を生産するという仕組みです。
愛媛県や愛媛大学、そして地元のケーブルテレビ会社も支援しています。
その仕組みです。
工場の生産能力を超えた注文を受けた会社が、まだ余裕がある方の会社に製品のデータを送信。
自社の製品をそこで製造します。
状況に応じて生産を補いあって、利益を得るチャンスを最大限いかそうというのです。

複雑で緻密な加工が求められる製品のプログラムにセキュリティもかけるため、膨大な量のデータがやり取りされます。
ローカル5Gだからこそ可能になった連携なのです。
2022年12月に実際にデータを送って加工までやってみる実験が行われました。
機械の前にはスマートグラスを装着したスタッフを配置して全員で状況を見守ります。

スマートグラスを装着して見守るスタッフ
求める品質に届いているか、仕上がりをチェック。
誤差なく、加工することができました。
今後はさらに複雑な加工にも対応できるようにし、3年後の実用化を目指し,
連携する企業も増やしていく考えです。

東温市の金属切削加工会社 三好直樹さん
「空いている機械を使わせていただいて、最終的にお客さんの希望・要求する納期に間に合わせる。互いにウィンウィンな関係が広まっていくと思います」

松山市の金属切削加工会社 重森幸雄さん
「これから必要になってくるのは協調の社会。協力してものづくりをしていくというところも、一つのテーマにあげながら、よりよいものづくりを進めていければと思います」
取材を終えて
松原の感想ローカル5Gを活用した四国各地の取り組みを取材しましたが、どの現場でも共通しているのは「新しいテクノロジーでも何でも取り入れて、未来をもっと良いものにしていこう!」という志をもった人たちがいたことです。
大企業のような資本がない中小企業や農家が、単体でローカル5Gを使うのは、費用や手続きの面でのハードルがあるのは事実です。
しかしどの現場でも、自治体や学校、地元のケーブルテレビ会社などの仲間を集めて、ローカル5Gを使える環境を手に入れています。
新しいテクノロジーを仕事に取り入れるので、本来業務以外にやらなきゃいけないことも増えます。
それでもローカル5Gを現場に取り入れようとするのは、「自分が苦労して実現させたことが同じような悩みを抱えている人にとっても役に立つのではないか」「業界として変わっていけるのではないか」という矜持があるからだと、取材をしながら感じていました。
「ローカル5Gの先進地」である四国で、これからも未来を変えようというさまざまな取り組みや実験を取材しつづけたいと思います。
病院が抱えていた「医師不足」の深刻さを感じるとともに、それでも誰一人として取り残さずに地域の人に必要な医療を届けるんだという強い意志を感じました。また実際に遠隔診療の様子を取材させていただく中で、ローカル5Gの高画質な映像が患者さん一人ひとりの「ちゃんと診てもらえているな」という安心感にも繋がっているということにも気づかされました。これからローカル5Gが実現するかもしれない、地域医療のさらなる発展に期待したいです。
竹内の感想高松市の大きなオフィスビルの一室を訪れたとき、初めて会った四国電力送配電の担当者は「業務の高度化を目指す」と実験の目的を話してくれました。「業務の高度化」ってなんだろうと取材を続けると、ローカル5Gの技術による業務改革の未来像が垣間見えました。取材を通じて、地震や台風などの自然災害や電力需給のひっぱくなど、どのような事態でも供給を続ける関係者の地道な努力と、私たちが当たり前に生活できるありがたさを改めて噛みしめました。