2023年1月3日

魚はもっとおいしくなる 今治の漁師の挑戦

去年12月、松山市のスーパーに人だかりができているコーナーがありました。売られていたのは1パック5000円のにぎり寿司などの高級料理。それがあっという間に完売しました。客に聞くと「藤本さんが獲った魚だから」と皆口をそろえます。どんな凄腕の漁師なのだろう。取材をさせてもらうと今の漁業の概念を変えたいという男の強い信念が見えてきました。

(NHK松山放送局 後藤駿介)

全国から注目を集める漁師

藤本純一さん、40歳。
今治市・大島で漁業を営む4代目です。幼少期から父と祖父の漁の手伝いをして高校を卒業したあと漁師になりました。潮の流れが速いことで知られる来島海峡の近くで漁を行っています。

漁に同行させてもらった日は、見るからに筋肉質で身が締まったタイや生きの良いエビなどが次々と水揚げされていきました。

魚の出荷先を聞いて驚きました。全国の名だたる高級店ばかりだったからです。今では全国の約200店舗と直接取り引きがあり、市場を通して出荷するよりも高値で買い取ってもらえるといいます。

藤本さん
「東京の銀座や西麻布などのミシュラン料理店とも取り引きをさせてもらっています。自分が食べてみて美味しかったところを中心に魚を出荷しています」

魚の締め方にこだわり

船を利用したいけす

藤本さんの魚が有名店で評判になる理由は何なのか。
それは、何度も試行錯誤して取り入れた魚の締め方へのこだわりにあります。

藤本さんは使われなくなった船を改造して海水が出入りする大きないけすとして利用しています。ここに獲った魚を入れて、自然に近い環境で半日以上“リラックスさせる”作業が重要だといいます。

魚を休ませることで何が変わるのか。
藤本さんは、魚のストレスを取りのぞき、疲労物質を取り除くことが味を決めるといいます。この作業を「活け越し」と呼んでいます。
魚の様子を見て、ストレスを感じていないかをしっかり見極めてから魚を締める作業を行っていました。

そして、いけすから魚を網で慎重に取り出したあとは、鮮度を維持するために有効な「神経締め」を手際よく行います。
藤本さんは、この神経締めに使った金具に付いた脊髄液をなめるだけで魚の美味しさが見極められるといいます。

藤本さん
「獲ったときは魚が力の限り暴れるのでストレスが残っています。その状態では筋肉も疲れているので疲労物質が臭みや雑味の原因になります。逆に休ませた状態で締めた魚の血は臭いがなくむしろ甘くておいしい。いけすの中で魚をリラックスさせることが重要で、こうした作業によってうまみを残して魚本来の味に戻すことができます」

料理人との関係も大切に

料理人が“神経締め”を見学

藤本さんは全国の料理人とのつながりを大切にしています。自分の魚を取り扱ってくれている店舗には必ず顔を出して料理を食べにいくといいます。自分が獲った魚がどのように料理されているのかを知るためです。

私が取材した日、藤本さんは地元の寿司店を貸し切って、東京の有名店のシェフと獲った魚の調理会を開いていました。
藤本さんも厨房の中に入ってシェフが包丁を入れていく様子を食い入るように観察していました。調理を見てシェフと一緒に食べることでわかることも多いといいます。

シェフ
「藤本さん自身が食べることが好きで、料理人にも実際に会いにいく。料理人の好みの魚を出荷できるから、藤本さんの魚はおいしくなるのではないでしょうか」

藤本さん
「獲るだけなら僕よりすごい人は多くいるかもしれませんが、漁師という仕事、魚屋の仕事、食べるところまでやるという3つのバランスで考えると人よりは数をこなしているという自信があります」

こだわりの裏に沿岸漁業への危機感

「魚は獲って終わりではない」
藤本さんがそう考える背景には今の漁業への強い危機感があります。漁業は高齢化による後継者不足に水産資源の減少などの課題に直面しています。
藤本さんの高校生の息子は漁師になることを決めています。将来にわたって持続的に漁を続けるためには、魚の魅力を高めて高値で買ってもらう工夫が必要だと考えています。

藤本さん
「昔は魚がたくさん獲れて、次の代に後継ぎできる収入がありましたがこの5年で魚の量が大きく減っている印象です。油や網の価格が上昇している中、これからは魚の単価を上げていくしかなく、自分で消費者まで届けることが一番の解決策でこだわる必要があると思います」

魚本来のおいしさを知ってほしい

藤本さんは去年11月、ある挑戦を始めました。
松山市の中心部にあるスーパーに鮮魚店を出して直接魚の魅力を伝えようというのです。

店には当日神経締めしたばかりの魚や生きた状態で運んできたエビなどが並んでいました。

握るのは高級料理店の主人

人脈も最大限生かしています。月に1回程度、知り合いの料理店と組んで店の厨房で高級料理を提供するイベントを開催することにしています。

この日は、松山の高級料理店の主人がハモの骨でだしをとって作ったハモしゃぶが6000円、握りがひとパック5000円で販売され、すぐに売れていきました。


「東京から来ました。藤本さんの魚が普通に売っていてすごいことだと思います」


「名店の味が家で食べられるのが感激です。体温が上がってめがねが曇ってしまいました」

漁業に革命を起こそうと挑戦を続ける藤本さん。消費者が魚に対して持つ概念を変えたいと熱く語ります。

藤本さん
「魚の価値を伝えたい。安くてたくさん魚が獲れていた時代はもうとっくの昔に終わりました。数が減った魚を大事に食べてもらいたいです。魚を通じてみんなに楽しんでもらい喜んでくれる人が増えれば良いなと思います」

後藤の感想

藤本さんの名前を初めて聞いたのは、私の前任地の福島でお世話になった漁師からです。「愛媛にはすごい漁師がいるから絶対に会った方がいい」と。
藤本さんを取材して一番驚いたのは「魚ファースト」の視点です。漁では魚が傷つかないように、1回あたりの網を引く時間を短くするなど、小さなことに見えてもこうした積み重ねが、魚のおいしさにつながっていくのだと思いました。
藤本さんの今後の夢は海外進出です。愛媛で革命を起こし、漁業を今以上に魅力あふれる職業にしてほしいと願っています。

担当記者

後藤駿介

後藤駿介

2016年入局。前任地は福島県の南相馬支局、震災と原発事故について取材してきました。
これまでの取材で惚れたのは逆境の中、大漁を目指す相馬の漁師。愛媛でも大漁目指して取材に邁進します。