2022年12月9日

地域をつなぐ 今治の“無尽(むじん)”とは

無尽(むじん)という言葉を知っていますか?
もともと助け合いの精神から始まったもので、仲間内で定期的に集まってお金を出し合い、困っている人に融通する慣習で、頼母子(たのもし)などとも呼ばれています。
多くの地域では今は行われていませんが、愛媛県内では今も盛んに行われているところがあります。取材を進めると、地域の人たちをつなぐ役割を果たしていることがわかりました。

(NHK松山放送局 今治支局 木村京)

無尽とは

そもそも無尽とは、仏教に由来する言葉で、困っている人を助けるために仲間内でお金を融通する仕組みです。その歴史は鎌倉時代まで遡れるそうです。

無尽にはさまざまなタイプがありますが、下の図は一般的な仕組みです。

無尽は12人で行うケースが多いようです。
例えば参加者1人が1万円支払うと、毎回12万円が集まることになり、最終的に1人に全額を渡します。

1人の選び方は、無尽ごとに異なるようで、取材しただけでも、
▽それぞれが紙に“金利”を書いて、入札のように最も大きな額を書いた人に決まる
▽くじ引きやじゃんけんで決める
▽その月に必要としている人に譲る
などがありました。

また1人を選ぶのではなく、毎回積み立てていき、ある程度集まったところで山分けするという無尽もありました。

私も実際、12月のある日、今治市内の飲食店で行われた無尽にお邪魔しました。
この無尽は月1回、40代の男性たちが集まって行っています。

会食も中盤にさしかかったころ、リーダーの男性がお札を集め始めました。
この無尽では入札のような仕組みをとっていて、毎回紙に“金利”を書いて最も大きな額を書いた人が全額をもらいます。

もらった人は次回からはもらう権利がなくなるほか、紙に書いた金額を“金利”として毎回上乗せして出すことになります。
まとまったお金を欲しいタイミングでうまくもらうというゲーム性も楽しんでいるそうです。

このグループの無尽は20年以上続いていて、誰がもらったかをすべて記録していました。
多くの業種から参加者が集まる情報交換の場となっていて、皆さんの毎月の楽しみになっていました。

アンケート調査から

松山放送局では、12月1日から9日にかけて無尽に関するアンケート調査を行い、120件以上の回答をいただきました。
すると愛媛県内でも、地域によって浸透の度合いや呼び方が大きく異なることがわかりました。
ある程度まとまった回答があった居住地別に見てみます。

Q:無尽のような慣習を知っていますか?

Q:この慣習はどう呼ばれていますか

このほか、大洲市、内子町では頼母子、西予市は無尽。八幡浜市から無尽と呼んでいるという回答がありました。

サンプル数が限られるため、確実なことは言えませんが、東予地域と南予地域の方がこの慣習が浸透していることがうかがえます。
また、同じ東予地域でも今治市は圧倒的に無尽と呼ぶ人が多い一方、西条市は頼母子と呼ぶ人が多いというのも興味深いところです。

Q:この慣習が地域で今も行われていますか?

やはり今治市など東予地域では続いていますが、松山ではほとんど行われていないようです。
このほか、八幡浜市、大洲市、内子町、松前町で今も続いているという回答がありました。

なぜ今治で盛んなのか

では、なぜ、東予地域と南予地域では今も盛んなのでしょうか。
今治の歴史に詳しい専門家によると、造船業が盛んな地域性が関係しているといいます。

今治明徳短期大学 地域連携センター長 大成経凡さん

「今治には船を所有する人や造船関係の人が多くいますよね。1隻の船を作るときの初期投資は大きな金額になります。もともとは親族からお金を集めるやり方でしたが、船が大型化していくとまとまった金額が必要です。無尽は金融機関より早く簡単にお金を集めることができる手段でした」

無尽はその後、組織化していき明治時代には各地に「無尽会社」ができました。
営利目的でお金を貸し付ける「無尽会社」は一部の地方銀行のもととなっていきます。
さらに大成さんは、今治では、今治人の商人気質とぴったりはまったことから根付いたのではないかと推測しています。

昭和の今治

大成さん
「無尽で集めたお金でビジネスをしている姿を見て、私たち市民もグループを作って無尽でお金を回せばいろいろなことができると思ったのではないかと思います。もともと、商人気質の今治人にとって、ビジネスの関係を超えて身近な生活や親睦会にもぴったりはまったという気がします」

私が今治で取材した無尽は「飲み会」と変わらない、娯楽要素が強いようにみえました。しかし、大成さんの話を聞いて、いろんな職種の人が参加しているため、異業種交流、情報交換の場として重視されていることがわかりました。
まさに地域の人をつなぐ役割があったのです。

大成さん
「無尽に参加するモチベーションは通常の飲み会とは違うと思います。飲み会をして楽しいという部分もありますが、プラスアルファが無いと参加する意味がない。異業種間の交流を通じていろんなヒントを得たり、人を紹介されたりする要素があると思います。やりとりする額は小さくなってきていますが、人との交流という意味で、新たなビジネスチャンスの場になりうるんだと思います」

無尽に関するエピソード

今回行ったアンケートでは無尽に関するエピソードも募集しました。
たくさんお送りくださりありがとうございます。いくつか紹介させて頂きます。

(今治・50代男性)
親戚が数百万の借金を背負った際、親戚一同(父親は10人兄弟)が20万円の会費で助けたことがありました。

(松山・70代女性)
我が家でも時々皆が集まっていました。子供心に興味がありましたが、子供は入れないので話し声を聞いて早く大人になりたいと思ってました。

(今治・80代以上女性)
50年前に商売を始めるとき、目一杯銀行で借りてもお金が足らず、兄が友人たちに頼んで20人ほどの無尽をしてくれて助かりました。

(今治・40代男性)
ぼくは早くに親父を亡くしたので、会社経営や人脈は無尽の先輩達が教えてくれました。感謝しかありません。

(今治・70代男性)
毎年12月には、忘年会と無尽を口実に毎晩のように外出しては飲食する強者も多かった。

木村の感想

ことしの夏、今治支局に赴任してすぐ地元の人から聞いた「無尽」。
その後取材のたびに「無尽」について聞いて回りました。
社長さん、議員さん、タクシーの運転手さん。知らないという人はほとんどいませんでした。
ずっと気になっていた中、視聴者からの投稿をきっかけに取材をスタートしました。
今回、縁あって私自身も2回も無尽にお邪魔することができました。
そこには、普通の飲み会には存在しない「お金の動き」、定期的に顔を合わせているからこそ生まれる不思議な安心感、さらに何百年と続く文化の歴史の長さを実感することになりました。
また番組で呼びかけたアンケートには、1週間あまりで120件以上の回答が集まったほかお手紙も届きました。ご協力くださったみなさん本当にありがとうございました。改めて、県内に伝わる慣習に対し視聴者の方が高い関心を寄せていることがうかがえました。

今治、そして県内に残る助け合いの文化。ビジネスの発展を支えた一方、文化としてもしっかり根付いていることから、これからも続いていくだろうなと感じました。
ただ、その歴史はまだわからないことも多いので、これからも取材を続けていきたいと思います。
詳しくご存じの方がいましたら、ぜひ情報をお寄せください!

この記事を書いた人

木村京(きむら・みやこ)

木村京(きむら・みやこ)

県警、県政担当を経て2022年8月から「焼豚玉子飯」発祥の今治支局で勤務。
小学生の頃から500円貯金を続けています。