旅といえば、皆さんどんなことを想像するでしょうか。
観光名所を巡ったり、ご当地の名産品を食べたり。
それももちろん醍醐味ですが、愛媛県内子町ではひと味ちがう旅を体験できます。
その名も「そしてこれから 和紙の旅」。
1泊2日のツアーに密着してきました。
(NHK松山放送局 井上佳穂)
古くから和紙の技術が伝わる内子町
愛媛県内子町は「大洲和紙」と呼ばれる和紙の生産が盛んな地域です。
清流の小田川の水を使用して手作業で丁寧に生産される「大洲和紙」は、薄くて丈夫。
その品質と技術の高さから、国の伝統的工芸品にも指定されています。
この地域での和紙生産の歴史は古く、平安時代の書物「延喜式」にも記述されているほど。
江戸時代には、ここを領地としていた大洲藩を支える産業として栄えました。
ところが機械化によって明治末期に400軒以上あった製紙業者は大幅に減少。
現在内子町で手すき和紙を生産しているのは、わずか2軒のみになってしまいました。
職人の数は減ってしまいましたが、手すきの技術は今も若い世代へと受け継がれています。
県内外からも参加者が集うツアーの中身
内子町の伝統の技を学び、体験できるのが今回取材したツアーです。
その名も「そしてこれから 和紙の旅」。
旅のしおりには「和紙の歴史と今、そしてこれからを一緒に考えていきましょう」というコンセプトが綴られています。
ツアーが目指すのは和紙をきっかけに内子町をより深く知ってもらい、これからも地域と関わり続けてくれるような人を増やすこと。
町の「これから」を一緒に考えてくれる仲間をつくるため、ツアーには様々な工夫が凝らされています。
取材をした10月下旬。
快晴のもと5人の参加者が集まりました。
そのうち3人は県外から。
広島からフェリーで瀬戸内海を渡ってきた人や、千葉県から飛行機で来た人もいました。
紙に興味があったという人から、移住先を探しているという人まで、参加理由はさまざまです。
自転車で町を散策
ツアーの移動は自転車。
古い町並みが残る道を、ツアーを主催する山内大輔さんの案内でゆったり進んでいきます。
途中でお遍路さんとすれ違うこともあり、四国らしさを味わえます。
10分ほど走ると、山や川に囲まれた自然豊かなエリアに。
「このあたりは水がきれいで、酒蔵も2つあるんです」
「川の向こうに見えるのが桟橋で、ごくたまにそこからボートに乗る人もいるんですよ」
山内さんはプチ情報をちょくちょく挟みながら、内子で和紙作りが発展する環境に触れていきます。
工場で紙すき体験
いよいよ和紙職人のもとへ。
やってきたのは、内子町の中でもとくに和紙づくりが盛んな五十崎地区にある工場です。
大正初期に創業し大洲和紙の伝統を守り続けています。
参加者は工場の中を見学し、手すき和紙の生産工程や歴史について学びます。
そして和紙職人の手ほどきを受けながら、手すき和紙も体験。
参加者たちは、そのずっしりとした重さについつい「おもっ」と声が漏れたり、すいた和紙をうまく剥がせなかったりと、職人技のすごみを肌で感じていました。
木の皮から紙まで オリジナル和紙で全工程を体験
次に行うのは、原料から紙を作る体験です。
講師は内子町で手仕事の紙を伝えるワークショップなどを開いている浪江由唯さん。
自身も紙づくり体験をしたことがきっかけで紙の世界に惹かれて移住してきました。
今回参加者が作るのはオリジナルの絵はがき。
紙の原料なる地元産のコウゾの木の皮からつくります。
この細い枝から皮を剥がすのです。
次に、白い紙にするため、色のついた表面部分をそぎ落としていきます。
そして最大の難関はここから。
皮の繊維をほぐすため、木づちやこん棒でたたいて、たたいて、たたきまくります!
筆者もたたかせてもらいましたが、ストレス発散になります!
ただ長時間たたき続けるのは結構大変…
みなさん筋肉痛を心配しながら作業されていました(笑)
そんな大変な作業のかたわらで熱心にノートにメモをとる一人の参加者がいました。
千葉県から来たイラストレーターの江村啓子さんです。
ものづくりが好きで「和紙の旅」での体験を作品に生かしたいと参加しました。
ノートを見せてもらうと、講師の浪江さんから教わった紙の作り方をイラスト付きで丁寧に残していました。
オリジナルのはがきの完成へ
さて作業に目を戻すと、気づけば25分もたたき続けていました。
材料が整ったら、ようやく紙すきの行程に移ります。
ほぐした繊維をかき混ぜて、型ですくいます。
そこに草花を自由に飾り付けたらオリジナルの和紙の完成です。
参加者は「ひとつひとつの行程がけっこう大変で、紙1枚つくるのでも手間暇がかかることがよく分かった」と、その奥深さを体感していました。
腕が痛くなりながらつくったはがき。
プレゼント用にしたいという参加者もいました。
送る相手にも旅の思い出を共有したいそうです。
「内子を目的地として来る人を増やしたい」主催者の思い
ツアーを主催した山内大輔さんは、ふだんは内子町でゲストハウスを営んでいます。
2014年に神奈川県横浜市から移住し、3年間地域おこし協力隊として活動したのち、2017年にゲストハウスを開業しました。
ところがゲストハウスに来る客は、内子を目指して来る人が想像よりも少なく、別の場所に向かう通過地点だから立ち寄ったという人が多いことに気づきました。
(山内大輔さん)
「この町がつくられてきた過程を知ると、すごくいいところだと感じるので、それを伝えたい。最終的には内子を目的として来てくれる人が増えていくように、まずは地域に入り込んでその魅力を知ってもらえるコンテンツを作ることにしました」
地元の人々との交流
再びツアーに話を戻します。
夕食の時間にも一工夫あります。
会場は主催者の山内さんが営むゲストハウス。
食卓を囲んだのはツアーの参加者だけでなく、地元の和紙工場で働く職人も駆けつけました。
みんな和紙好き同士。
紙の魅力や和紙の未来について語り合います。
この日、山内さんが和紙づくりの体験について日頃からもったいないと感じていることを話し始めました。
(山下大輔さん)
「大体みんな紙をすいた後、丸めて持って帰って、そのままみたいな人が多そう」
体験をしたことで満足してしまい、せっかくつくった和紙が使われずに放置されてしまうことに違和感を覚えていました。
和紙職人の千葉航太さんも職人として感じている本音を打ち明けました。
「工場自体、すくので精いっぱいなところがあるので、あまり他のところに力を割く余力がありません」
すると、今回千葉県から参加したイラストレーターの江村啓子さんが声をあげました。
「こんなふうにアレンジするといいですよ的な紹介があったらよりよいのかも」
「どんなふうに使えそうです?」
「一番シンプルなのはギャラリーにあったみたいにランプシェードにしちゃう。紙すき工場で、すいた紙を使って何かを作るワークショップをすると好きな人はいると思う」
ものづくりが好きな江村さんから次々とアイデアが出てきました。
「工場の内部の人だと人が足りないっていうので話が終わっちゃうので、アイデアをもらえると面白い」
互いに意見やアイディアを交換する場。
「主催者が教えて、参加者が学ぶ」というような構図を超えて議論が深まる様子が、とても新鮮でした。
その後も、つくった和紙でどんなものが作れるか相談しあったり、日常生活にどのように和紙を取り入れられるかアイデアを出しあったりして、親交を深めていました。
(江村さん)
「外から見ていると分からない、作っている人ならではの悩みとか問題点があったりするんだなっていうのが、ちょっと意外でおもしろかったです」
夕食に駆けつけた新居田真美さんは去年実施された「和紙の旅」参加者です。
ツアーに参加した後も「和紙の旅」の企画にアイデアを出すなど、内子町と関わり続けています。
「私も和紙がきっかけで、これからの内子の風景を作っていこうとする心意気に感銘を受けました。ツアーの参加者が今回それぞれいろんなインプットして、これから何か和紙でできないかって考えてくださる仲間ができたと思いました」
ツアーの主催者の山内さんの「関わり続けてくれる仲間を増やす」という狙いはこういうところにあったのです。
つくった和紙を活用する
冒頭で私が「ツアーは1泊2日」と書いたのを覚えていますか?
そうです、まだ1日目しか終わっていないんです。
自分ですいた和紙を使って、さらに加工していきます。
旅のしおりを入れ込んだ思い出ノートを作ったり活版印刷を施したりして、旅の後も手元に置いて活用できるものを作りました。
内子の未来を作るために
旅のしめくくり。
和紙の原料にしたコウゾの苗を植えます。
内子町では栽培する人が減ってしまったため、後世に残していきます。
初日に和紙作りの講師をした浪江さんは、苗を植える参加者たちにそっと声をかけました。
(浪江さん)
「この株が大きくなるまでに4~5年かかるんですけど、またそれくらい後にぜひ見に来てください」
これで2日に及ぶツアーは終了。
参加者に感想を聞きました。
(小沼真紀さん)
「ここに来る前は、どんな場所なのかもどんな人たちがいるのかも全然わからずに、単純に好奇心だけで来たんです。でも、実際に来て、いろんな方の働く姿を見たりお話を聞いたりしてすごく感動したし、もっともっと深く知りたいなと思いました。植えた苗が育ったら、今度はその木を使って紙をすくことができたらいいかなと夢ができました」
(山内大輔さん)
「自分たちが作っていこうとしているその先の未来みたいなものに、むしろ一緒に寄り添ってもらえるような関係性でいたいなっていうのがある。和紙っていう切り口でものづくりを感じながら、最終的にはこの内子のまちづくりも(意識して)感じてくれてたらすごいうれしいなと思います」
取材を終えて
千葉県から来たイラストレーターの江村さんは、今回の体験を生かしてさっそく新たな作品を制作中なんだそうです。
後日、作っている作品の写真を送ってくださいました。
和紙をつかった初めての切り絵作品で、モチーフに和紙の原料であるコウゾが表現されていたり、木ろうで栄えた古い町並みを表現したりと、旅での思い出を詰め込んだそうです。
わずか1泊2日の旅でしたが、和紙づくりや地元の人々とのふれあいを通じてツアーの参加者だけでなく、密着取材していた私自身も自然と“内子のこれから”について深く考えるようになっていました。