2022年11月16日

松山の町なかに本屋の文化を残したい

「街から書店が失くなったから書籍店はじめました」
松山市中心部の通りを歩いていると、こんな言葉が目に飛び込んできました。
ことし3月にオープンした書店の店頭に貼られたポスターの文言です。
一体どういうことなのか、気になって入ってみました。

 (NHK松山放送局 岸本南奈)

書店の店主はデザイナー

松山市の中心部にある小さな書店「DC3」。
出迎えてくれたのは山田徹さん(67)です。
ことし3月に店を開きました。

山田徹さん

山田さんは書店だけではなく、実はデザイン会社を経営しています。
建物の設計や広告のデザイン、イベントの運営など、30年以上デザイナーとして仕事をしてきました。
砥部町の「砥部むかしのくらし館」や大洲市の「ポコペン横町」も山田さんの手がけた建物です。

「砥部むかしのくらし館」(砥部町)

なぜ書店を

山田さんが自らデザインしたという、店頭のポスターについて聞いてみました。

山田徹さん
「書いてあるとおり、街から本屋さんがなくなった。でも街の中には「本屋としての機能」が必要だと思うんです。約束をしたけれど30分早く着いたから本屋で立ち読みをしようと、町の中にはそういうゆとりのある空間が必要なんです。ないならば自分でやってしまおうと思いました」

姿を消す町なかの書店

ことし2月、松山市中心部の商店街「銀天街」にあった老舗書店の店舗が閉店しました。
3月には千舟町通りにあった大型書店も、少し離れたデパートに移転しました。

本が大好きで、町なかの書店に親しんできた山田さんは相次ぐ閉鎖に寂しさを感じて、自ら店を開こうと決めたのです。

読書の魅力を伝えたい

山田さんの店では古書を中心におよそ1400冊を扱っています。
これまで仕事のために収集した建築やデザイン、美術に関する書籍や資料のほか、お薦めの小説や紀行文、繰り返し読んだ作家の作品など、特別に思い入れのある本を店頭に並べています。
中には本好きが高じて自ら執筆した本もありました。

山田さんはたくさんの本に触れることで読書のおもしろさをより多くの人に知ってもらいたいと言います。

山田徹さん
「知っているつもりでも、知れば知るほど何も知らないということを知る。それを気づかせてくれるのが本。人は本を読んで考えて、蓄えた知性で生きていくしかないんです」

人がつながる空間を“デザイン”する

山田さんは書店を始めるにあたり、店にとある「仕掛け」を施しました。
それは店の中央に置いた大きな「テーブル」と2脚の「イス」です。

店ではこのテーブルを挟んで、客と山田さんがゆっくりと話をしながらその日の1冊を選んだり、客どうしが本の感想を語り合ったりします。

松山市内に住む70代の男性は、店の前にあるバス停で次の便を待つ間に立ち寄るようになりました。
最近は週に2回ほど店を訪れて、山田さんと本の話をすることが、何よりの楽しみだといいます。

常連客
「山田さんは膨大な知識の中で話してくれるからどんな話題を掘っても楽しい。本を通じてのキャッチボールができる場所は最近少ないですよね。今はインターネットでも簡単に本は買えますが、みなさん本当はこういう場所を求めてるのではないでしょうか」

山田さんが設置した「テーブル」と「イス」には『本を通じて人と人とがつながる空間をデザインしたい』というデザイナーならではの発想と狙いがあったのです。

そして、山田さんがデザインした「空間」は当初は想定していなかった、本の循環も生み出しています。

提供された本

山田さんの店では古書の買い取りはしていませんが、常連客や知人が本を譲ってくれるようになり、今では、持ち込まれた本が店の半分を占めるようになりました。

山田さんは今後も、この書店が、本だけではなく、人と人の出会いが生まれる場所であってほしいと願っています。

山田徹さん
「本を1つの媒体としていろんな交流が生まれていく。本を売ろうとかではなくてつきあいが始まるというのが一番いいですね。ちょっとこだわってみると本も楽しく読めるしお話も楽しくなるんです。そういう場所を提供していきたいです」

取材を終えて

私は書店を回って本を選ぶことが好きでしたが、最近ではオンラインを利用することも増えています。便利な反面、直接手にとって、まだ見ぬ1冊との出会いを楽しむ機会は減っているように思います。
そして、「人との出会い」を大切にした山田さんの店は、私にとって知的好奇心が満たされる場であり、本をきっかけに豊かな時間を過ごすことができる所だと感じました。

この記事を書いた人

岸本 南奈

岸本 南奈

地元の徳島局、富山局を経て、2020年から松山局で夕方のニュース番組「ひめポン!」のキャスターを務める。地域で懸命に生きる人の思いに寄り添った取材を目指しています。