2022年9月22日

過疎の町をシリコンバレーにIT社長が学校を作るワケとは

人口5000人に満たない徳島県の山あいの町が今、注目を集めている。来年春、私立の高等専門学校「神山まるごと高専」が開校し、全国から起業を目指す10代を集めて育成する計画だ。学校を設立するIT企業の経営者に教育に込めた思いを聞いた。

(NHK徳島放送局 有水 崇)

全国でおよそ20年ぶりに高専が開校

徳島県神山町。徳島市から車で40分あまりの距離にある。
高齢化と人口減少が進む山あいの町だが、2005年に町全体に光ファイバー網を設置して以降、IT関連企業などの誘致が進み、今では15社が町内にサテライトオフィスを置くITの先進地でもある。

学校設置の認可を報告(9月6日)
(左から2人目が寺田さん)

神山まるごと高専は来年春に開校することが決まった。2004年に沖縄県で高専が開校されて以来およそ20年ぶりの新設だ。
1学年40人で、全員が寮で生活する。授業は基本的な科目に加えてプログラムやデザインなどがあり、現役の起業家たちが講師となることで、ビジネスの基本や起業のしかたなど起業家精神を直接学ぶ。

学校を作るのはIT社長

この高専の構想から関わり開校を実現させたのが、クラウドで名刺情報を管理するサービスを展開する「Sansan」代表取締役社長の寺田親弘氏(45)だ。2010年に神山町に第1号となるサテライトオフィスを構え、神山町にIT企業が集積する流れを作った1人だ。高専の開校後は学校の理事長に就任する。

Q 開校が決まったときの率直な気持ちは?

A 開校に向けて文部科学省に設置の申請を出す時はヒト・モノ・カネを集めることがやっぱり大変でした。経営や学校長、教職員の確保など、すべてめどを立てて申請しないといけないので本当に申請できるかなと。ダイナミズムが新鮮だった一方で、不安の中で毎日走り回っていました。認可を受けるのは時間の問題であって、知らせは来ると思っていたので、感動するかな?と思っていました。しかし私は結構感動屋さんで、報告を受けたあと、(ZOZOの立ち上げメンバーで学校長に就任する)大蔵峰樹さん、(京都芸術大学教授でカリキュラムディレクターに就任予定の)伊藤直樹さんたちと電話したら泣き崩れました。この喜びはいったんかみしめたい。

町を未来のシリコンバレーに

町内にあるサテライトオフィス

神山町は、首都圏のIT企業などがサテライトオフィスを設け、家族連れの移住も増えたことで転入人口が転出人口を上回るようになり、地方創生のロールモデルとも言われている。

Q 神山町は人口5000人に満たない山あいのまちです。なぜ神山町に起業家を育成する学校を作ろうと?

A 神山町にSansanのサテライトオフィスを2010年に設けてから、街の変化を知り、イノベーションがいろいろ育まれていることを知りました。「奇跡の田舎」と呼ばれる神山町に奇跡の学校ができることになったときの化学反応がもたらすものが、とてつもないんじゃないかなと思いました。そして「未来のシリコンバレー」を生み出すことが実現できるじゃないかなというイメージができたのが大きいです。




Q 人やネットワーク、情報が豊富な都市部とは違い、神山町は人口が少なく東京からも遠い。学生が田舎で勉強することのメリットとは?

A 人や情報が都会にいっぱいあるという考えは錯覚です。情報量が多いというよりかは、むしろノイズが多い。本来、必要ではないものも含めていっぱいあるように見えます。結局その中から何かを見いだそうとすることはすごく難しい面が都会にはあるが、ピュアな形で存在しているのがこういう神山のような場所です。ノイズがない状態で本当に志を持った少年少女が集まって、そこで切磋琢磨していくとノイズがない分、濃くなります。

ことし8月の体験イベント

寺田さんがことし8月に開いた学校の体験イベントには、全国から200人以上の応募が寄せられた。起業家を育成するという寺田さんの構想にソニーグループやソフトバンクなどの大手企業も賛同し、学校独自に設ける学費無償化のための基金には50億円以上を拠出するなど、経済界が寄せる期待も大きい。

日本に必要な起業精神

Q アメリカや中国と比べて起業が少ない日本の現状や、起業家が必要な理由についてどう考える?

A なんですかね。でも増やすしかないし、増やさないと日本の未来は明るく見えない。右肩上がりの世の中が終わってから久しいし、日本自体は普通に考えて衰退している。その中で日本を前進させてよりよくしていこうと思ったら起業家育成だと。学校を作ることで起業家が増えて社会の変化をもたらして、いい循環を作っていけるんじゃないかということにシンプルに向き合っています。私も1人の起業家としてビジネスフィールドで野心も野望も志も満タンでやっているので、そちらでも日本の生産性を上げて、両面において貢献したい。

校舎完成予想図

学校の計画では、1学年40人が町内の寮で生活しながら5年間、AIやプログラミングなどのテクノロジーなどを学ぶ。学校長にはZOZOの立ち上げメンバーでエンジニアの大蔵峰樹氏が就任し、星野リゾートの星野佳路代表などの経営者も講師に招く予定だ。卒業後の進路は起業が4割、大学への編入や就職が6割と想定している。

Q 学校は卒業生の4割が起業することを目標に掲げているが「4割」にした理由は?

A もう、えいや!です。卒業と同時に起業していたら4割って本当にいったらすごいなと思います。卒業後に例えば3年。5年までだったら6割ぐらい起業しているんじゃないかなって気もします。編入、就職というこれまでにあった高専の選択肢に起業をつける。これがメインシナリオであってほしいと思う。

“モノをつくる力でコトを起こす”

Q 「4割が起業」のためにはどんな教育を?学校の雰囲気はどのようにしたい?

A 「モノをつくる力でコトを起こす」ということをちゃんと体現していくこと。学生だけじゃなくて教職員、関係者一同そういうマインドを持ってやるんだみたいな感じなんで。これ困っているな、これはこうなったらいいな、作って解決してみようというのをやっていく中で、もっと大きくなるんじゃないか、じゃあ起業をしてやろう、じゃあ仲間を集めようみたいなことがあるべき姿だと思う。やりたくないことをやっているんじゃなくて、やりたいことを選んでやっているという前提でそういう空気感が作れたらいいなと思います。

多様な起業家が講師を務める(高専HPより)

Q 文部科学省の審議会は、学校設置を認める答申の際に、学校の理事に教育関係者が少ないことを指摘しているが?

A (神山まるごと高専が)一定の支持を受けている背景に教育関係者たちが集まって作っている学校じゃないところがあります。ただ学校を経営していく中で教育関係者がいたほうがいいんじゃないかっていう風な指摘はもっともな面もあるなと思ったので、顧問として何人かは教育関係者の方に入ってもらって、そこで補完していこうとしています。

起業は切り替えの連続 15歳から挑戦を

急ピッチで校舎の建設が進む(9月)

Q 開校後は理事長として、どれくらいの頻度で来校する?

A わからないです。学生と触れ合いたいという意味で、自分の欲求を時間とどう折り合いをつけるかっていうところはもちろんある。教職員とも普通に軽口を叩くくらいの距離感でやってますから、もっともっと中に入ってやります。最終的な責任は自分にあるので、もちろん必要な範囲はちゃんと、自分のプレゼンスをもってやりたいなって思っています。



Q 来年春の開校まで半年あまり。受験を検討する中学生たちに訴えたいことは?

A ぜひ学校をのぞいて、ちょっとでもいいなと思ったら受けてほしい。企業経営をやっていて、よく「失敗されたことは何ですか?」って聞かれますが、意外に回答が難しくて。あのとき失敗したけど、それがあったからこれを切り替えてこっちにできたという連鎖がほとんど。失敗ってことがもはや何かちょっと理解できなかったりします。テストを含めて失敗か成功かみたいにとらわれがちで、最たるものが受験。「受験で落ちる=失敗」みたいな感じでとらえられがちです。受験で落ちたとしても神山まるごと高専を受けてみる、こういう生き方を志す人たちが集まって選考していくってことに触れるだけでも意味があるのかなと思うんです。15歳の選択肢としてこれを提示しているつもりなんで是非受けてもらいたい。

取材後記

寺田さんへのインタビューで最も印象的だったのが「失敗したことがない」という言葉でした。「失敗といえば、シャツにカレーをこぼしたことくらいかな」と冗談まじりに話す裏側には、ビジネスを軌道に乗せるまで直面したであろうさまざまな困難を乗り越える柔軟性を感じました。「失敗」と思われる局面でも、解決につなげていく寺田さんのマインドこそ、起業を目指す人たちに最も必要なことかもしれません。数年後に過疎の町から起業家が生まれるのか、この先も目が離せません。

この記事を書いた人

徳島放送局 有水崇

徳島放送局 有水 崇

2017年入局。
北海道で4年半勤務し、事件や漁業などについて取材。
徳島局では県政や経済の取材を担当