2022年9月12日

部活動の「地域移行」って何?

これまで教員が指導を担っていた中学校の部活動。今、部活動の形が大きく変わろうとしています。国は休日の部活動の指導について、来年度から段階的に教員から地域のスポーツクラブなどに移行する方針です。部活動の「地域移行」によって、子どもたちの部活動はどう変わるのでしょうか。

(NHK松山放送局 川原 の乃)

一足先に部活動の「地域移行」を行っている中学校が松山市にあります。愛媛県のモデル校に指定されている小野中学校です。7月のある土曜日、私は学校を訪れました。グラウンドでは野球部がはつらつと守備や打撃の練習に取り組んでいます。

篠原昌也さん

指導するのは篠原昌也さん(59)。
部員ひとりひとりに声を掛け、熱心にアドバイスしている様子は、どう見ても「顧問の先生」です。しかし篠原さんは教員ではありません。平日は会社員として働きながら、休日は地域のスポーツクラブのコーチとして、この中学校で野球を教えています。「ジュニアスポーツ指導員」などの専門の資格も取得している篠原さん。基本を大切に部員に丁寧に向き合う指導スタイルもあって、部員や保護者からの評判も上々です。

保護者
「練習時間が少しでも長くなることで、子どもたちが上達するチャンスが増えるので親としてもうれしいです」

部員
「土日の練習では、学校の部活動でやりきれなかった基本的なところを補うことができます」

部活動の目的は人間形成。篠原さんは単に野球の技術だけではなく、子どもたちの成長につながるような指導を心がけているといいます。

篠原さん
「スポーツというのは、友達の関わり合いとか、教室で学べないことがいっぱいあるんですね。あくまでも目的は人間形成なので、そういうところは意識するようにしています」

なぜ「地域移行」

「地域移行」が進められる背景には教員の働き方改革があります。ふだんの授業に加えて、長時間かつ休日にも及ぶ部活動は教員にとって大きな負担となっていました。このため国は、来年度から3年間かけて土日の部活動について、運動部だけでなく文化部も含めて、学校の管理下ではなく地域のスポーツクラブや民間のスポーツ教室などに「地域移行」を進めることにしています。

駆け出しは順調 しかし・・・

小野中学校での「地域移行」はスムーズに進んでいるように見えました。しかし篠原さんは先行きを懸念しています。一番の心配の種は費用の問題です。モデル校に指定されている現在は国から補助があり、部員に金銭的な負担はありません。ただ補助の期限が終わると、篠原さんらコーチなどの人件費として、部員1人あたり5000円程度徴収する必要が出てくる見込みです。これに加え、用具代や練習試合での審判代もかかります。篠原さんは保護者の負担を増やしたくないと、地元企業に協賛金の協力を呼びかけたり、指導者に対する謝金を安くしたりして対応したいと考えていますが、決して簡単ではありません。

「成長期の中学生に指導する場合、指導者には専門的な知識が求められます。そのような技量がある人に、無償での指導を求めるのはどうなのか。正直、とても悩んでいます」

実は「地域移行」を進めるにあたっては、さまざまな課題が指摘されています。
まず人材をどう確保するかという問題です。都市部か地方か、競技人口が多いスポーツかそうでないか。地域や部活動の種類によっては、適切な指導者がなかなか見つけられないケースも想定されます。
そして篠原さんも懸念していた費用の問題です。学校の部活動は、大会の参加費用などを除いて、教員が指導しているため指導料はかかりません。しかし地域にあるスポーツクラブや教室が部活動の受け皿になる場合は新たに会費や月謝が必要になり、保護者の負担が増します。
こうしたことから、住んでいる場所や経済的事情で部活動に参加したくてもできない「機会の格差」が広がることも懸念されています。

「子どもを中心に議論を」

大きく変わろうとしている部活動の形。学校教育に詳しい愛媛大学教育学部の日野克博教授は次のように話しています。

愛媛大学教育学部 日野克博教授

「教員の働き方改革も含めて議論が進んでいると思いますが、「地域移行」の議論の中心にいるのは、常に子どもたちです。子どもたちがスポーツに親しめる環境をみんなで整えていくために、学校だけではなく、行政や地域、そして家庭が連携しながら子どもを中心において議論を進めていく必要があると思います」

そのうえで日野教授は「地域移行」を巡る議論を、これからの部活動のあり方について考えるきっかけにするべきだと指摘します。

日野教授
「学校教育の中で、部活動の教育的価値は重要ですが、少子化などの影響もあり、今の部活動の形を維持するのは難しくなっています。これまでの部活動の形をそのまま地域に移行するというよりも、今あるものを大切にしつつ、地域ごとの状況に応じた新しい形を模索していくことが大切です」

取材後記

「大変な3年間になると思います」。
今回取材した小野中学校の校長先生はこう話していました。
少子化や教員の働き方改革の影響で、子どもたちの部活動を巡る環境はこれから大きく変わろうとしています。国の提言では今の小学校3年生が中学校に入学する年には休日の部活動の「地域移行」が完了する予定で、残された時間はあまりありません。
しかし取材を通じて教育現場での「地域移行」を巡る議論は十分に深まっていないように感じました。部活動は子どもたちにとって教室では得られない貴重な学びの場でもあります。地域移行された後もこうした機会をなくさないよう地域の実情に応じた具体的な検討が求められていると思います。

この記事を書いた人

川原 の乃

川原 の乃

2022年入局。関心分野は教育・福祉。
大学時代は登山をしていました。
最近はキャンプ道具探しにはまっています。