松山市内を走る路面電車。中でも、レトロ感を漂わせながら街を走っているのがモハ50形。一番古いものは走り始めて70年を超える現役最古参の車両だ。
8月下旬、鉄道ファン向けにこの車両を運転できるイベントが開催され、私も少しだけ運転させてもらった。それは実に味わい深い体験だった。
(NHK松山放送局 松田 利仁亜)
伊予鉄道の市内電車は、観光名所の道後温泉や松山城最寄りの大街道、交通の結節点である松山市駅などを結んでいる。
観光客だけでなく、松山に暮らす人たちにとっても生活に欠かせない路面電車だ。
市内電車で活躍する38両のうちの13両、約3分の1を占めるのが、モハ50形。
昭和を感じるデザインが特徴的で、内部の壁や床、さらには天井部分にも木が使われている。
また、いわゆるチンチン電車のイメージ通り、発車時や降車ボタンを押したときに、ベルがチーンと鳴り響く様子は実に趣きがある。
このモハ50形が初めて導入されたのは1951年(昭和26年)。
私は現在、2度目の松山局勤務だが、前回松山で暮らし始め、初めてこの電車に乗ったときの驚きが忘れられない。
それまで、内装に木が用いられている車両に乗ったことはなく、自分の親とほぼ同い年の電車が現役バリバリで走り続けているなんて考えもしなかったからだ。以後、しみじみすごいなぁとある種の尊敬の念さえ感じて今に至っている。
でも、これだけ歴史がある車両を整備し、走らせ続けるのは難しくないのだろうか?
「大変な部分もありますが、比較的構造が単純なので、直そうと思えば直せる。部品なども作ろうと思えば作れる部分もある。皆さんに安心して利用してもらえるようにメンテナンスをしっかりして今後も使用していきたい」
運転体験会には全国からファンが
今回、伊予鉄道はこのモハ50形の導入70年を記念し、一般の人を対象にした運転体験会を開催した。
会社の車両基地内で30分間、電車の運転ができるのだが、参加費は1人5万円!
決して安くはない金額だが、それでも、4日間で16人が参加。
取材した日は、地元松山市だけでなく、東京や京都から鉄道ファンがモハ50形の運転を体験した。
運転する車両は“みかん電車“
実際運転するのは、モハ50形の内でも、一番古い51号だ。
この車両は、今は「みかん電車」として運行している。
つり革は本物そっくりのみかんの模型がつき、車内は愛媛の柑橘をアピールするポスターであふれている。より特別感のあるモハ50形を運転できるのだ。
そして、いざ運転タイム。
操作を大まかに説明すると、左手でノッチという、車で言うアクセルを動かし、一段一段ギアをあげるように加速する。
一方の右手はブレーキハンドルなのだが、このブレーキ操作が実に難しい。
わずかに右手を動かし、うまくコントロールしないと、ブレーキが効きすぎて急停車してしまうのだ。
参加者も30分の体験時間中、なかなかスムーズな制動ができず、苦心しているようだった。
鉄道ファン
「運転手さんはすごいなと。その気持ちだけです。想像の10倍くらい難しかった」
電車の運転を初体験
そして、私も車両基地の中で1往復だけ運転体験させてもらった。
もちろん電車の運転は初めて。「ドアが閉まります」というアナウンスやブレーキ解除のエアが抜ける音など何もかもが本物なので「大丈夫なのか」という不安と緊張でやたらと汗をかいてしまう。
いざ運転すると、スピードが増す怖さもあって、早めにブレーキをかけたくなるが、やはり感覚がつかめず、停止した瞬間に体が前につんのめってしまう。何度か挑戦してもまったくスムーズ停車とはならなかった。
実はモハ50形はその古さゆえにくせが強い車両で、実際の運転士も営業運転に出るまでに半年はかかるそうだ。
さまざまな安全確認に加えて乗客がきちんと運賃を支払っているかのチェックや、1日乗車券の販売など運転士の皆さんのマルチタスクぶりがよくわかり、いかに大変な仕事なのかということを痛感した。
松田の感想
取材後、街中でモハ50形、特に運転を体験したみかん電車を見かけると、実に貴重な体験をさせてもらったなと、より親近感を感じるようになった。それと同時に、道後温泉本館や松山城という松山の象徴である歴史的建造物と、このモハ50形のレトロ感は実によくマッチして街の魅力アップにつながっているとも思う。バリアフリーで車いすやベビーカーでも乗り降りしやすい新型車両の快適さもいいけれど、松山を走りつづけ、街の変遷を見続けてきたモハ50形に、これからも末永く元気に走り続けてほしいと心から思う。