2022年8月22日

水の事故をなくしたい 1人息子失った母の思い

毎年各地で相次ぐ水の事故。今から10年前の平成24年には西条市の川で当時5歳の男の子が流され亡くなりました。男の子の母親は同じような悲劇を2度と繰り返したくないと、子どもの水の事故をなくすための活動を続けています。事故から10年、母親の今の思いを取材しました。

(NHK松山放送局 有坂太信)

10年前の事故とは

吉川慎之介君です。
10年前の平成24年7月20日、通っていた幼稚園の職員の引率のもと、ほかの園児らと西条市の加茂川に遊びに来ていました。慎之介君は川に入り水遊びしていたところ、急に増水した川で流され亡くなります。5歳でした。その日、周辺では雨は降っていませんでしたが、上流部では大雨となっていたのです。慎之介くんはライフジャケットを身につけていませんでした。

悲劇を繰り返さないために

吉川優子さん

慎之介君の母、優子さんです。
優子さんはライフジャケットがあれば慎之介君は助かったのではないかと、ずっと考えています。事故の後、愛媛から県外に転居しましたが、子どもの水の事故をなくすための活動をずっと続けています。大切な1人息子を奪った水の事故をなくしたい。活動の原動力となっているのは二度と自分と同じような思いをする人が出てほしくないという思いです。

優子さん
「一番の思いは同じことが二度と起きない。再発防止の願いというのが本当に1番強いです。子どもの安全を守る、そして社会全体でみんなで子どもを育んでいこうという思いを持ってずっと活動を続けてきました」

語り続ける

事故から10年となることし7月、優子さんは久しぶりに西条市を訪れました。水の事故防止について考えるシンポジウムに参加するためです。集まった教員や母親などを前に自身の体験を語りました。

優子さん
「慎之介の同級生の子どもたちは高校1年生になりました。西条は慎之介にとっても私にとってもほんとに大事な生きた思い出がたくさんある大切な場所です。慎之介はもういないですけれども、この10年間、活動を続けてきて、子どもの命の重さ、尊さを実感しています」

さらに会場では水の事故から子どもをどう守ればいいのかグループに分かれてディスカッションが行われ、課題や必要な対策についてそれぞれの立場から意見を交わしました。ある保護者からは子どもの危機感の低さを懸念する声があがりました。

(6年生の女の子の母親)
「娘が学校で仲のいい友達から川に泳ぎに行こうと誘われ、『怖いから』と言って断るとその友達に『25メートル泳げるなら大丈夫だよ』と言われたと聞きました。子どもは川が怖いという意識が薄いのかなと思いました」

子どもは水の怖さを十分に知らない。だからこそ周りの大人がきちんと水の怖さを教えるなどして、地域全体で水の事故から子どもを守らなければならない。優子さんは思いを新たにしました。

優子さん
「遺族だけが頑張っても前に進みませんので、やはり地域であったり本当に一人でも多くの理解者の方が一緒に活動を進めていく、取り組みを進めていくっていうことは非常に重要だと思っています」

地元で広がる共感の輪

久保一平さん(左)

優子さんの思いをつないでいこうという動きも西条市で出ています。市内でアウトドアショップを経営する久保一平さんです。久保さんは子どもたちにライフジャケットの正しい着用法などについて教える活動を去年から続けています。

夏休みを控えた7月のある日、市内の小学校で行われた総合学習の授業です。久保さんは優子さんと一緒に講師として招かれました。久保さんが子どもたちにまず伝えたのは水の怖さです。子どもたちは服を着たまま水が張られたプールに入ります。水を吸った服は重くなり、子どもたちは思うように体を動かせません。思いがけない状況に慌てふためく子どももいました。続いて子どもたちは服の上にライフジャケットをつけた状態で同じように水に入ります。体の力を抜くと簡単に浮くことができ、ライフジャケットの効果を身をもって学びました。その様子を優子さんは目を細めながら見守っていました。

(参加した子ども)
「川とか海に行くときは必ずライフジャケットなど浮くものを持っていって大人と一緒に行くようにしたいと思いました」

(久保一平さん)
「慎之介君の事故をそのまま終わらせてしまうのは悲しいので、事故から学んで次にどうするべきか考えていきたい。水難事故ゼロを目指して、川で遊ぶときにはライフジャケットの着用が常識になるよう、取り組みを続けたいと思います」

事故の教訓を伝え続けたい

大切な慎之介君の命を奪った悲惨な事故。教訓を生かし再発を防ごうという地域の取り組み。その広がりに優子さんは確かな手応えを感じています。

優子さん
「子どもたちがこうした授業で学んだことを次世代に引き継いでほしいなと思います。慎之介がもういないという現実は変えることができないので悲しみというのは日々、深まっていくんですけども、地域で取り組みが具体的に1つずつ広がっているところに、希望を感じていますし、これからも続いてほしいなという思いでいます」

取材後記

事故から10年が経っても、慎之介君を亡くした優子さんの悲しみが癒えることはありません。取材の中で「遺族だけでなく一人でも多くの人が自分事として考えることが大切」と話す優子さんの言葉が印象的でした。私はふだん事件事故の取材を担当しています。悲惨な事故から子どもの命を守るため、一つ一つの事件事故を自分事として受け止め、再発防止のために何ができるか考えていきたいと思いました。

この記事を書いた人

有坂 太信

有坂 太信

2020年入局。警察担当として事件事故を取材。趣味はラジオや野球観戦。