7月27日、「野球王国・愛媛」でオールスターゲームが行われた。
ロッテの佐々木朗希投手の球宴最速タイとなる162キロの剛速球に2万5000人が湧いた。
松山で10年ぶり、3回目となるオールスターの盛り上がりに、大きな貢献をしたのが地元出身のイラストレーター、茂本ヒデキチさんだ。
松山では誰もが見たことのある豪快な墨絵にはどんな気持ちが込められていたのだろうか。
(NHK松山放送局 清水瑶平)
松山市役所に巨大なバッターが
オールスターゲームの1か月前の6月。
松山市役所の壁面に巨大なバッターのイラストが登場した。
遠くから見てもはっきりとスイングの豪快さを感じられる。
近づくと、まるで風を切る音が聞こえてきそうだ。
この墨絵を描いたのは松山市出身の「墨絵アーティスト」茂本ヒデキチさんだ。
茂本さんはこれまで、20年以上にわたって「墨」による独特の画風でスポーツ選手を描き続けてきた。
今にも動き出しそうな躍動感。
国内外で高く評価され、東京オリンピック・パラリンピックの際は羽田空港にイメージイラストが掲げられた。
茂本さんは完成までに何十枚も同じ絵を描く。
少し角度を変えたり、1つだけ線を足してみたり。何枚描けば完成なのか、茂本さん自身にもわからない。
茂本さん
「“動き”というのは強く意識します。その人の持っている“オーラ”のようなものを絵になんとか表せないかと思いながらやっていますね。
ゴールはないんです。それ以上のものが描けないなと思ったときに終わる。そういう精神とかスピリッツとかはアスリートに似ているかも知れないですね」
ホームランを打つひと振りのために、何百回も素振りをするバッターが、茂本さんに重なって見えた。
野球伝来150年の節目に
茂本さんはことし節目となる作品を描いた。
それが、日本野球機構などによるこのロゴマークだ。
ことしは野球がアメリカから伝わってちょうど150年。
その普及に大きく貢献したのは、同じ松山出身の俳人、正岡子規だった。
「この仕事は本当に光栄でしたね。高校野球の選手が、ステッカーでこのマークを貼ってくれていたんですよ。うれしかったなあ」
ロゴマークからは打球音が聞こえてきそうだ。
ボールは絵を飛び出して飛んでいくのではないかという勢いがある。
この躍動感にほれ込んだのが、愛媛県と松山市。
ぜひオールスターゲームを盛り上げるためのイラストを描いてほしいと頼み込んだ。
「まさにこの躍動感、まさにこのイメージでした」
知っていましたか?あの絵のヒミツ
そして完成したのが、冒頭で紹介したイラストだ。
懸垂幕によって市役所の壁面、全体を覆っている。
6月に公開されてすぐに松山市民に強烈なインパクトを残した。
ところで、この絵にはちょっとした仕掛けがある。
なぜ左バッターが描かれているのか、皆さんわかりますか?
「実はですね、この市役所から県庁のドームまでボールが飛んでいって、それを“みきゃん”が追いかけている、というストーリーなんです」
市役所の北側、およそ200メートル先にあるのは県庁。
その頂上にあるドームは、オールスターに向けた装飾として野球のボールの形にあしらわれている。
あのボールは、実はこのイラストから飛んでいったボールだったのだ。
それを追いかけるのは、県のキャラクター「みきゃん」。
なんと町全体をスタジアムに見立てた、ダイナミックな仕掛けだった。
「まるでボールが飛び出したよう」な絵だと思っていたら、本当にボールが飛び出していたとは・・・。
「気づいてほしいですよね!あの絵から打ったボールは県庁にあるんだよって。本当にいいコンセプトだと思います」
いたずらっぽく笑う茂本さんは本当に楽しそうだった。
みずから感染も コロナ禍の故郷にパワーを
絵によって町にパワーをくれる茂本さん。
実はこの1年、自分でもそれを強く意識するようになったきっかけがあった。
オリンピックのさなかだった去年7月、新型コロナに感染したのだ。
基礎疾患もあった茂本さんはおよそ1か月入院したという。
退院以降、茂本さんの絵が少し変わったという。
周囲から「前にも増して鬼気迫るものがある」と言われるようになった。
「僕の絵を見てくれる人にパワーを与え、絵の中に力を見つけてほしいという思いがある。コロナ禍で町に元気がない中ではなおさらです。だからこそ、自分が弱っていたらそれはできない。コロナぐらいで負けてられんなという思いがありました」
7月27日、松山市で行われたオールスターゲーム第2戦。
私はテレビでの観戦だったが、日本を代表する選手たちが「野球王国・愛媛」で共演するさまに心を躍らせた。
スポーツは私たちを元気にしてくれる。選手が魂を込めて積み重ねてきたもの同士がぶつかる、その一瞬を見せてくれるからだろう。
それと同じ力が、茂本さんの絵にもある。
インタビューを終え、私にはそう感じられた。