2022年6月3日

100億円の船を買う ~世界経済の裏方「船主」~

原油や食糧、それにアマゾンで注文した商品。モノの輸送に欠かせない船舶のオーナーのことを「船主(せんしゅ)」と呼ぶ。大半は非上場企業で一般的な知名度は低いが、いったいどんな人たちなのか。日本経済はもとより、世界経済を裏方として支える「船主」の世界へ、ようこそ。

(NHK松山放送局 河崎眞子)

世界で知られる愛媛船主

スエズ運河で座礁したコンテナ船

2021年3月、愛媛県の船主が世界の注目を集めた。
エジプトのスエズ運河で大型のコンテナ船が座礁する事故が発生したが、この2万個を超えるコンテナを積める全長400メートルの巨大貨物船を所有していたのが、今治造船(今治市)のグループ会社だった。
岸に乗り上げた船は、1週間近くもスエズ運河の航行を止め、救出する作業の一部始終が世界のメディアに報じられた。
日本の地方都市の企業が世界のメディアからこれほど注目を集めたことはそうないだろう。

海事産業の構図

そもそも船主とは、何なのか。
海事産業には、主に4つの業者が関わっている。船を建造する「造船会社」とその船を所有する「船主=オーナー」、船主から船を借りて貨物を運搬する「海運会社」、そして船主に融資をする「金融機関」だ。

今治市は、こうした海事産業が集積する日本最大の海事都市とされている。
特に「外航船」という海外を行き来する貨物船の船主は、今治を中心に県内に70社ほどあり、外航船隻数の国内シェアは約3割を占める。
こうした「エヒメオーナー」は、海外の海運業界でも一目置かれる存在だという。

30万トンの鉱石船

船主の周りには巨額の資金が動く。
国内で船をつくる場合、全長300メートル以上で、積載量が約20万トンの大型船の相場は約70億円といわれている。
その費用全額を船主が支払うわけなので、金融機関は大口の顧客として昔から船主を大事にしてきた。
例えば、松山市に本店がある伊予銀行の国内船主向け(外航船)の貸出金残高は、ことし3月末で7684億円。
新型コロナからの経済回復で船舶の需要が高まっているのに伴い、2018年度から約3割増え、銀行全体の貸出金残高の15%余りを占める。

伊予銀行 本店

船主を訪ねてみた

そんな船主の会社には、どのような人たちが働いているのか。
県内最大級の船主で、今治市に本社がある「瀬野汽船」を訪ねた。

瀬野洋一郎社長

創業は戦後間もない1946年。瀬野洋一郎社長(74)は父親と叔父に次ぐ3代目だ。旭日双光章を受章した方だが、取材をしてみると、ランチに今治名物のB級グルメを誘ってくれたり、撮影準備も手伝ってくれたりと親しみやすかった。船主としての使命を聞いてみると・・・。

「船主として、国民生活に必要な食糧や原料などを海外から日本に安全に輸送して、国民に貢献したい」

本社ビルの応接室や会議室には、かつて所有した木造の船から最新鋭のタンカーまで、すべての船舶の写真が飾られている。
ほかにも船の名前が書かれた旗がきれいな状態で保存されていて、1隻1隻への深い愛情が見て取れた。

相手は世界 グローバル企業

緑と赤の印が会社所有の外航船

現在は、積載量10万トンから30万トンの外航船を約50隻所有し、新しい石炭船3隻の竣工も決まっている。最も高い買い物は、110億円に上る鉱石船だった。
上記の写真は、所有する船がどこにいるのかをリアルタイムで把握するシステムで、世界中を航行していることがわかる。
船だけでなく従業員もグローバルだ。
外航船部門の従業員25人のうち8人が外国人で、国籍は韓国、中国、そしてフィリピン。
さらに、船に乗り込む船員として、フィリピン、ミャンマー、韓国の出身者約1500人を抱えている。

「新型コロナの前は、フィリピンのマニラで船員研修を年に1回行い、船員とも家族ぐるみで付き合って信頼関係を築きました。フィリピンの男性船員は妻に弱い人が多いので、急な乗船をお願いする時はまず妻に話をして説得してもらうとスムーズでした(笑)」

海運会社はパートナー

船主にとって重要なビジネスパートナーが、海運会社だ。

船主は所有する貨物船を海運会社に15年間など一定期間貸す契約をする。
海運会社は用船料と呼ばれるいわばレンタル料を支払い、それが船主の収入になる。
この会社は、日本郵船や商船三井、川崎汽船など日本の大手と付き合いが深い。
例えば、石炭や鉄鉱石を運んでオーストラリアと消費地の中国、日本を行き来するタンカーの用船料は1日につき2万ドル(約265万円)になるという。

ある日の今治市

実際に船が航行する時の両者の役割は少々複雑だ。

船のメンテナンスや船員の管理は「船主」が担う。一方、航路を決めて船長に指示を出すのは「海運会社」だ。

愛媛船主のコンテナ船がスエズ運河で座礁事故を起こした時、事故の一義的な責任は船主である今治の企業が負うことになった。
もっとも保険に入るのは必須で、ある程度はカバーされるものの、船に対する大きな責任を伴うのが船主の宿命である。

コロナの影響は

船主のビジネスも新型コロナの影響を受けている。

特に、港での新型コロナの水際対策は国によって異なるため、保有する船が出入港する国の最新状況を常に把握しておくことが求められる。
この会社では、去年、オーストラリアに向かっていた貨物船の中でフィリピン出身の船員が新型コロナの感染が確認された。
そのままオーストラリアに入港する選択肢もあったが、瀬野社長は海運会社と協議した上で、急きょ航路を変更してフィリピンに向かうよう指示した。
ルートの変更や船員の交代などで船が稼働できなくなったのは41日間におよび、会社が負担した費用は7700万円にものぼった。
しかし、仮に予定通りオーストラリアに入港できたとしても、検査や消毒などのため出港が許されず、稼働できない日がさらに増えるリスクもある。
社長は結果的にルートを変更した判断は正しく、負担を最小限に抑えることができたと考えている。

また、船員の陽性が判明すると保険でまかなえる費用もあるが、単に濃厚接触者と認定されて乗船できなかった場合は、待機場所への往復の飛行機代や隔離期間のホテル滞在費、食費は船主が全額負担する。

「新型コロナの感染対策は致し方ないことです。私たちは同じ船員を長期間抱えていて、うちの外航船に何度も乗っている人ばかりなので船の取り扱い方をよくわかっています。非常事態の時でも安心して任せられる船員たちです」

ウクライナ情勢の影響

船主はもちろんウクライナ情勢とも無縁ではいられない。
船の燃料代は海運会社が負担するため、原油高騰の直接的な影響はほとんどないが、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻後、戦争などで受ける被害に備えた船舶の戦争保険料は大幅に値上がりしている。

船員の人件費も高騰している。
外航船の船員にウクライナ人も多く、一定の割合を占めているが、軍事侵攻の影響で、世界的に船員の数が不足がちになり、フィリピンなどほかの国の船員の契約料が値上がりしているという。

船員の食費代もそうだ。
この会社では、今は1人あたり1日で7.5ドル支給しているが、食糧価格の高騰で引き上げざるをえないと考えている。
微々たるものだと思うかもしれないが、常に1000人が世界のどこかで働いているため1ドル引き上げると1日あたり日本円で約13万円の負担増になる。

脱炭素への対応も

LNG焚き石炭船(計画図)

カーボンニュートラルへの対応も迫られる。
国内外の海運大手は脱炭素に向けて二酸化炭素の排出量が少ない船舶の確保を急いでいる。
この会社もLNG=液化天然ガスを燃料にする貨物船を所有しているが、海運会社と荷主のニーズに合わせてこれからも増やしていくつもりだ。

「2050年にかけてカーボンニュートラルの技術開発が進み、水素やアンモニアで運航する環境船の需要が高まるだろう。こうした船は通常より20億円ほど追加の費用がかかるため、今はしっかり働いてくれた船を売却するなどして備えている」

記者の目

船主が100億円の船を購入する時、まず20億円程度をキャッシュで支払うという。これまで漁業を取材した経験から海の仕事はダイナミックだと感じていたが、船主が動かしている資金は巨額で、瀬野社長が数字の話をする度に驚きを隠せなかった。
世界情勢に左右される船主は常に大きな決断を迫られるため、瀬野社長は豪快に見えるが、実は自身の経験と緻密な計算に基づいて判断していることがよくわかった。その穏やかな笑顔には、愛媛から世界経済を支えているという自負がみてとれた。

この記事を書いた人

NHK河崎眞子(かわさきまあこ)

NHK記者
河崎眞子(かわさきまあこ)

2017年入局の経済・金融担当。
東京や中華圏で長らく生活し、愛媛が初めての地方暮らし。趣味は、お笑いとインテリア。