2022年4月25日

5歳男児のヘアドネーション~髪に託す特別な思い~

皆さんは“ヘアドネーション”をご存じでしょうか?
病気や事故など、さまざまな事情により医療用のかつらを必要としている人たちがいます。そうした人たちに医療用のかつらを提供するため、髪の寄付を受けている団体があり、こうした団体に髪を寄付することを“ヘアドネーション”といいます。
この春、4年半にわたり伸ばし続けた髪を切り、ヘアドネーションを行った5歳の男の子が新居浜市内にいます。
彼にはある事情があり、特別な思いが髪に託されました。
髪の寄付を決めた親子を取材しました。

(NHK松山放送局 新居浜支局 岡本智洋)

髪を切る前、“彼”の1日はお母さんに髪を結んでもらうことから始まります。
中西翔夢くん、5歳の男の子です。
身長1メートルほどに対し髪の長さはおよそ60センチ、体の半分以上もあります。
いちごと恐竜が大好きで、保育園では友達と一緒にゲームをしたり、園庭でかけっこや縄跳びをしたりして過ごします。
家に帰ると、3つ違いの兄と図鑑を見ながら、サメやトラなどいかにも強そうな動物について教えてもらいます。

今は元気いっぱいで、何事にも興味津々の翔夢くんですが、実はつらい過去があります。

翔夢くんの母親のともみさんです。

母親のともみさん

「生後7か月の時、突然おう吐を繰り返し、それまでできていたお座りもできなくなって…」

新居浜市内の病院で検査を受けたところ、脳腫瘍の疑いがあるとして、すぐに50キロほど離れた大学病院に緊急搬送されました。

そこで告げられたのは、『ダンディウォーカー症候群』という聞き慣れない病名でした。

ともみさんは、当時の状況を次のように振り返ります。

「初めて聞く病名で何がなんやらわからないまま、もう2日後には手術と言われた。カンファレンス室に行ったら40人くらいの先生や看護師さんたちがいて『この子はとてつもない病気なんやな』と。『障害は残るんですか』とは聞いたんですけど、もうそれも『答えられん』と言われた」

入院中の翔夢くん

『ダンディウォーカー症候群』は、先天性の疾患で、脳の一部が肥大化するなどして脳内を圧迫するもので、重い障害が残ることを覚悟しなければいけませんでした。

手術は、無事成功。心配していた障害も残りませんでした。

しかし、手術はわずか2か月の間に4回も行われ、翔夢くんの頭には大きな傷痕が残りました。

なぜ髪を伸ばしたままに

母親のともみさんは、手術後、どうしても翔夢くんの髪を切ることができなかったといいます。

「傷口もすごく目立ち他人に『頭の手術をしている』と言われるのがつらかった。伸ばし始めて気がついたら結構な長さになっていて、切るタイミングを失っていたというのが正直なところです。でも今はすごく元気に育ってくれているのでありがたいです」

闘病生活を支えてくれた友達

一方で、翔夢くんの髪が長くなるにつれて入院中の闘病生活を支えてくれたある友達の存在が大きくなっていました。

「翔夢が入院中、同じ病棟に一緒にいた友達のほとんどが小児がんの子でした。抗がん剤の副作用で髪の毛が抜け落ちてくる子がほとんどだったのでそういう子たちに少しでも笑顔でいてほしいしウイッグを着けて少しでも外に出られる機会を増やしてあげたいなと思うようになりました」

記者「どうして髪を伸ばしているの?」

「びょうきでかみのけないひとにあげるためです」

伸ばした髪を寄付する“ヘアドネーション”を行うことを決め、小学校に入学する前に、短い髪に慣れてもらおうと年長になるタイミングで髪を切ることにしました。
髪を切る前日、ともみさんが、どんな髪型がいいか尋ねると、翔夢くんは人気漫画の主人公の名前を挙げていました。

髪に込めた思い

そして、迎えたヘアカット当日。
医療用のかつらに使うために必要な長さが確保できていることを確認したうえで、丁寧にハサミが入れられます。
翔夢くんは、初めてのヘアカットと、鏡越しに見る新しい自分の姿に少し戸惑っているようでした。
このあと、バリカンや美容室でのシャンプーも初めて体験し、希望した人気漫画の主人公のようなすっきりとした短い髪に仕上げてもらいました。

切り終えた髪の長さは45センチほど。
医療用のかつらを作る団体に送るため、みずから封筒に入れました。

「ちょっと何かひと言入れて、この子とも相談して手紙を書くなりして郵便局に持っていこうと思います」

「びょうきでかみのけないひとにあげる。たいせつにつかってほしい」

ヘアカット後、兄(左)と翔夢くん

岡本の感想

ヘアドネーションという言葉は耳にしたことがあっても、それに臨む人の思いをしっかりと聞いたのは今回が初めてでした。
翔夢くんと母親のともみさんの思いがつながり、誰かを笑顔にしてくれることを願わずにはいられません。
ヘアドネーションは、年齢や性別に関係なく誰でもできる善意の行動なので、こうした取り組みが広がっていってほしいとも思います。
また取材を通して、髪を伸ばすということが自分以外の誰かのために行われることもあるんだ、ということを1人でも多くの人に知ってもらいたいと思いました。

なお、実際にヘアドネーションをする場合にはいくつか注意点があります。
どの団体も極端にもろい髪でなければ、毛染めした髪やパーマをあてた髪、白髪であっても受け付けています。ただ、長さはおおむね31センチ以上で、乾いた状態で細く束ねて送る必要があります。
このほか団体ごとにかつらを作る目的や基準が異なりますので、詳細は各団体のホームページなどで確認してください。

この記事を書いた人

岡本智洋

岡本智洋

2020年春まで約2年間、今治支局担当。以降は出身地の新居浜支局。地域の魅力を掘り出し中。30代前半は海外で過ごす