2022年2月28日

貝にはワクチンが効かない 愛媛の真珠どう守る

真珠の生産量日本一の愛媛県が大きな危機に直面しています。
3年前から真珠の養殖に使われるアコヤガイの稚貝が大量に死ぬ被害が発生しているのです。
原因がわからない状況が続いていましたが、国や県の研究機関の調査で「新型ウイルス」が原因であることが初めて特定されました。
ただ、貝は抗体が作れないためワクチンは効かないそうです。
では、どのような対策が取れるのでしょうか。

(NHK松山放送局 後藤駿介)

謎の大量死

宇和海は真珠の養殖が盛ん

愛媛県の真珠の生産量(2020年)は6755キロで12年連続で全国1位でした。
しかし、懸念されているのが、養殖に使われるアコヤガイの大量死の影響です。
愛媛の海で何が起きているのでしょうか。

真珠の養殖にはアコヤガイという二枚貝が使われます。
この貝の体内に丸い「核」を入れると表面に真珠層というものができ、成長させると真珠の玉になります。

死んだ状態のアコヤガイの稚貝(2019年)

しかし、2019年に宇和海沿岸でアコヤガイの稚貝が大量に死んでいるのが見つかりました。
この現象は翌年以降も続き、去年(2021年)は育てた稚貝のうち残ったのは例年の3割ほどにとどまり、真珠の生産に大きな影響が出ることが危惧されています。

原因は新型ウイルス

愛媛県水産研究センター

稚貝の大量死について、国と県の研究機関が調べたところ、ついに原因が突き止められました。
それは「ビルナウイルス科の新種」という、“新型ウイルス”が原因でした。

このウイルスに感染すると軟体部(身)が萎縮し、症状が見られた貝では大半が死亡することが確認されたといいます。
一方で、このウイルスはPCR検査によって検出できるため、有効な対策につながることが期待されています。

愛媛県水産研究センター 桧垣俊司センター長

「当初は原因がわからず、水温の温暖化や毒物など様々な推測があり、暗中模索の状況でした。今回、研究で原因が新型ウイルスと特定され、PCRという確実な検査手法が確立されたので、 ようやくスタート地点に立ったというのが正直なところです」

貝にワクチンは効かない

しかし、話を聞いていると、貝特有の対策の難しさがあることもわかってきました。
それは、貝に「ワクチン」が効かないということです。

新型コロナウイルスについて、人間はワクチンを接種すれば体に抗体ができるため発症を防ぐ効果があるとされています。
家畜や養殖の魚の場合も同じように対策が取れます。
しかし、桧垣さんによるとアコヤガイのような二枚貝には抗原抗体反応という防御機能がないそうです。
ワクチンが打てないとなるとどういう対策が取れるのでしょうか。

「ウイルスに感染しても死ににくい貝を見つけて、何度も交配させて耐性の強い貝を作るという手法が検討されています。しかし、時間がかかるため、短期的にできる別の対策も両輪で進めていく必要があります」

どんな対策があるのか

そこで今できる対策として検討されているのが「貝の移動」です。
海水のサンプルをPCR検査して、問題のウイルスが検出されていない海域を選び、養殖場所を移動させようというのです。

「人間が新型コロナの感染対策で密を避けましょうというのと同じことです。貝が多く集まる場所ではどうしても被害が大きくなる傾向があります。PCR検査で比較較的安全な海域を見つけて、場所を変えながら養殖するのが効果的だと思います」

生産者の不安は続く

中山長治さん

しかし、原因と対処の仕方がわかっても生産者の懸念はなくなってはいません。
宇和島市でアコヤガイの稚貝を育てている中山長治さんの表情は曇ったままです。

「人間でもまだコロナと戦っていますし、貝の大量死の原因がわかっても本当にウイルスに打ち勝てるのか不安があります。貝を移動させながら育てるということも手間やコストがかさみますし、二の足を踏んでしまいます。例えば、もっと沖の潮の流れが速いところに移動させるとなると、台風が来たら漁場が壊れる可能性もあると思います」

アコヤガイの大量死が始まってからもう3年になります。
中山さんは、これから対策を始めても改善されない状況が続けば、愛媛の真珠産業が失われてしまうという危機感を感じています。

「被害が3年も続き、この地区では収入が激減して大変なんです。養殖業者は高齢化も進み、大量死がこのまま続けば、廃業を視野に入れないといけないとまで思っています。産業を残すためにも、国などにはウイルス対策と同時に経済的な支援もお願いしたいのが本音です」

取材を終えて

アコヤガイの大量死の原因が「新型ウイルス」と特定され、PCR検査で検出できるようになったことは対策に向けた大きな進展だと言えます。
しかし、本当の戦いはこれからで、生産者も研究者も「今からがスタートだ」と口を揃えて言います。
取材で一番印象に残ったのは、養殖業者の中山さんが話した「状況が改善しなければ、廃業する人も増え、産業自体が揺らぐ可能性がある」という言葉です。
真珠は鉱山を掘る宝石と違って自然を傷つけないことから「サステイナブル(持続可能)な装飾品」として、中国やヨーロッパなどで再注目されているそうです。
全国の生産量の4割を超える愛媛の生産現場が衰退すれば、輸出を強化している日本の真珠産業にも大きな影響が出てしまいます。
「ウイルス対策」と「生産者支援」を両輪で進めていくことが何よりも求められています。
全国の人にも関心を持ってもらい、応援してくれる人が増えるよう私も現場で取材を続けていきます。

担当記者

後藤駿介

後藤駿介

2016年入局。前任地は福島県の南相馬支局、震災と原発事故について取材してきました。
これまでの取材で一番惚れたのは逆境の中、大漁を目指す相馬の漁師。愛媛でも大漁目指して取材に邁進します。