2022年2月24日

珍しい きっぷの委託販売 -JR卯之町駅のミラクル-

年度末、そしてダイヤ改正も近づくこの頃。
鉄道の世界では、駅の無人化や窓口の廃止、はたまた特急列車の定期運用終了など、様々なものが「終わり」を迎える時期でもあります。
そうした中、愛媛で新たに「始まった」ものがあります。
このご時世に大変珍しいものなんです。

(NHK松山放送局 後藤茂文)

無人駅の外で

JR予讃線の卯之町駅。

特急も停車する愛媛県西予市の中心部に位置する駅です。
しかし利用者の減少傾向が続き、コロナ禍でのJR四国の経営難も背景に、去年10月から無人駅になりました。

有人の窓口を閉める最後の瞬間(2021年9月30日)

卯之町駅の無人化の話題は去年、すでに別記事で詳しくお届けしました。

その後の卯之町駅は、西予市による駅前再開発と駅舎のリニューアルが進められています。
駅舎建て替えに伴いかつての駅舎は取り壊され、代わりに仮の待合室が設けられました。
新幹線の自由席券も購入できる券売機が置かれているものの、学生や通勤客が定期券を買うには隣の市の八幡浜駅などに出かけざるを得ない状態が続いていました。

そんな中、今年2月、ある張り紙が駅に貼られました。
なんと、駅の外できっぷの販売が始まったのです。

駅前再開発に合わせて、去年誕生した複合施設「ゆるりあん」。
その1階で地元の特産品を販売したり、食事を提供したりする店舗が「どんぶり館 駅前店 あおぞら」です。

どんぶり館 駅前店 あおぞら 尾下由美店長

「こちらできっぷと定期券を販売しています!」

まるで軟券の“宝石箱”

2月1日から販売しているのは、卯之町駅から松山、八幡浜、宇和島、伊予大洲への片道乗車券。
それに卯之町~松山間の特急自由席が利用できる往復タイプの「Sきっぷ」。
さらには、八幡浜や宇和島などへの定期券も。

常備定期券

片道乗車券は、到着駅をスタンプで押して作る、「補充片道乗車券」で用意しています。
自動改札機には通らない、薄い紙で出来た「軟券」と呼ばれる種類のきっぷです。

また定期券は、発着駅があらかじめ印字された、いわゆる「常備定期券」という形式のもので、いまでは全国的にも非常に珍しいものとなっています。

委託を受けたのは

この店できっぷを売っているのは、もちろんJRの駅員ではありません。
店がJRから委託を受けて、きっぷの販売をしています。

どんぶり館の館長、大西康司さんです。
これまで西予宇和インターチェンジ近くの道の駅「どんぶり館」を運営し、2号店として、駅前店を去年オープン。
駅前店でのきっぷ委託販売は、5年ほど前から目指していたといいます。

どんぶり館 館長 大西康司さん

「いずれは時代の流れで、卯之町駅が無人駅になるだろうと思っていました。それで5年ほど前から、店頭できっぷの委託販売をする準備だけはしたいと思いました。委託販売をしている近永駅(愛媛県)や日和佐駅(徳島県)を視察しました。日和佐の道の駅の方が『きっぷの販売は簡単ですよ』と言っていたことに後押しされました。こんなに早く卯之町駅が無人化されるとは想像していませんでしたが、急きょJRの方から指導を受けて委託販売にこぎ着けました」

簡易委託とは

JRをはじめとする鉄道会社が、きっぷの販売など駅業務の一部を委託することを簡易委託といいます。
JRが駅員を置かないような地方の駅では、自治体や観光協会、商工会といった団体がきっぷの販売を受託し、駅窓口に係員を置いてきっぷを売るケースが全国的に見られます。

JR近永駅

四国だと、JR予土線の近永駅(愛媛県鬼北町)が、町の負担でJRのOBを雇い、窓口で「補充券」を使って手書きのきっぷなどを販売し続けています。
このほか、JR牟岐線の日和佐駅(徳島県美波町)では、併設されている道の駅できっぷが販売されています。

近永駅のきっぷ売り場

ローカル線の駅を訪れたとき、窓口の中にいる係員が制服ではなく、私服を着ていたら、おそらくその駅は簡易委託の駅でしょう。
地元の自治体や団体などが、みずからの負担で人を置いてきっぷの販売を続け、なんとか駅が無人にならないようにしているのです。

簡易委託の中には、駅舎の中ではなく、外できっぷを売っている例もあります。
駅前の個人商店などできっぷを売るケースです。

消えゆく簡易委託

ICカードもなければ、自動券売機すら普及していない昭和の時代には、駅前の店できっぷを売る光景は全国各地で見られました。

しかし利用者の減少や自動券売機の普及、受託者の高齢化や商店の後継者不足なども背景に、徐々に駅前での委託販売は姿を消していきました。

伊予中山駅そばの特産品センターで

JR四国でも、2000年代以降から駅前での委託販売が次々と消え、昨年末でほぼすべてなくなってしまいました。

くりの産地として知られる、愛媛県伊予市中山町の伊予中山駅では、駅のそばにある特産品センターで、きっぷが販売されていました。
しかし去年3月末をもって、販売が終了しました。

去年11月にはJR土讃線の大田口駅(高知県大豊町)の駅前商店で委託販売が終了。

そして昨年末には牟岐線の阿波赤石駅(徳島県小松島市)で、駅前の駐輪場にある詰所で行われていたきっぷの販売が終了しました。

JR阿波赤石駅

どちらも、ホームページ上での販売終了の告知は行われませんでした。
店頭でだけ、ひっそりと販売終了の告知が出されていました。

年末に販売が終了した阿波赤石駅については、SNS上で販売終了するという情報が拡散。
12月下旬には関東を始め、遠方から収集家たちが次々と訪れました。
ここでは、列車の本数が多く乗客も多い朝方を中心に受託者がきっぷを売っていました。

「きっぷが買える」

阿波赤石駅の駐輪場にある詰め所

遅ればせながら私も、年末にこの駅を訪れました。
仕事を終え、最終便の高速バスで松山市駅前を出発。
徳島駅近くの宿に前泊し、朝6時すぎの列車に乗って阿波赤石駅で下車。
もし受託者が来なければ、松山から訪問したのが徒労に終わる…
空振りを覚悟しながら駐輪場の詰所に向かうと、先客がいました。
「きっぷが買える!」

阿波赤石駅前で販売されていたきっぷ(一部)

安どしながら、当時在庫が残っていた片道や往復の乗車券を全種類購入。
1万円以上かかってしまいましたが、なんとか駅前できっぷを購入することができました。
ピンク色の片道乗車券は、その形状から「千切り」とか「短冊」などと収集家から呼ばれている、軟券です。
この種の軟券は、JR九州の一部の簡易委託駅などではまだ扱われているものの、四国で去年の時点で購入できたのは伊予中山駅や大田口駅、阿波赤石駅くらいだと言われていました。
JR四国の駅前で、こうしてきっぷを買う機会は、ほぼなくなってしまったのです。

なぜ今 委託販売が始まったのか

話は戻ってJR卯之町駅。
全国で駅前での委託販売が姿を消しつつある中、新規に店舗での委託販売が始まったのは、全国的にも異例です。
また、この委託販売のために、新たに手売りするきっぷが作られたのも、極めて珍しい事態です。
特に定期券は、絶滅寸前といえる「常備定期券」の形式で売られているのも見逃せません。

卯之町駅前での委託販売の開始は、JR四国のホームページなどでは告知されず、駅や店の中での貼り紙で周知されていました。
しかし、販売開始から数日たって、SNSで情報が拡散。
全国の鉄道ファンに知られるところとなりました。
私も訪れた際、高額な定期券は手が出ませんでしたが、乗車券は一応全種類購入しました。

補充片道乗車券

「鉄道ファンがわざわざ遠くから来て、たくさんきっぷを買っています。神奈川から来て、6万円以上する定期券を買う方がいて、大変驚きました。今はファンの購入の方が多いですが、これからは地元の人にもっと買ってもらえるよう周知したいです」

大西館長は、始まったばかりのきっぷ委託販売をさらに広げたいと話しています。

「今は、一部の片道乗車券や通学定期、Sきっぷと限定されていますが、要望があれば、いずれはもっと幅広く販売したいと思っています。駅に券売機がありますが、慣れていない年配の方には難しいと思います。昔は、『宇和島まで大人1枚』と言えばよかったし、人との触れ合いがありました。私たちも、そうした触れ合いを大切にきっぷを売っていきたいです」

終わりに

廃止直後の宇和島駅・みどりの窓口(愛媛県宇和島市 2022年1月31日)

コロナ禍で全国の鉄道会社が経営難に陥り、駅の無人化やきっぷ販売の窓口廃止といった合理化が急速に進んでいます。

そうした中で、新たにきっぷを売る場が誕生したことは何とも明るい話題です。
それも鉄道会社ではなく、危機感を持った地元企業が販売を受託するということも注目に値します。
受託者にとって、きっぷの販売は手間や人件費などの負担が発生しますし、そもそも無人化されるような場所なので、数多くきっぷを売り続けることは決して容易なことではありません。
そうした中でも地元自治体や企業が、乗車券や定期券を販売し、地域の利便性を確保するという形は、いまこそ再評価すべきかもしれません。

付録:興味深い全国の簡易委託

簡易委託で興味深いきっぷの売り方をしている駅はまだ全国各地にあります。

JR室蘭本線の糸井駅(北海道苫小牧市)では、下りホーム(苫小牧駅方面)に列車が到着する少し前に受託者の男性が現れ、ホーム上できっぷを立ち売りすることで知られています。
残念ながら、ことし3月中にきっぷの委託販売を終了する予定です。


JR函館本線の銀山駅(北海道仁木町)では、駅から数分歩いた所にある個人商店できっぷが販売されています。
この駅を含む、函館本線の余市~長万部間は、2030年度末の北海道新幹線の札幌延伸に伴い、バスに転換することが沿線自治体の協議会で確認されています。
ここできっぷを買う機会も、貴重なものになりそうです。

このほか九州では、近永駅のように補充券を使って手書きのきっぷを発券している簡易委託駅が、いまも各地に残っています。

今回取り上げた卯之町駅は、愛媛県歴史文化博物館の最寄り駅で、一帯は江戸中期から昭和初期の商家が立ち並ぶ地域としても知られています。

こうした個性的な簡易委託駅をめぐるのを、旅の目的にしてもいいかもしれません。

この記事を書いた人

後藤 茂文

後藤 茂文

津局、大分局を経て2020年から松山局勤務。遊軍担当として、公共交通や農業、文化などを取材。全国のJR線の約98%を乗車済み。