2022年2月22日

2代目「伊予灘ものがたり」いよいよデビュー
車両デザイナーの松岡哲也さんに聞く

<松岡さんと鉄道写真家 坪内政美さんの対談を音声でも楽しめます>

かつてここまで地域に愛された鉄道車両がほかにあっただろうか。
美しい伊予灘に沿って走るJR四国の観光列車「伊予灘ものがたり」である。
キハ47形を改造した初代は去年12月に引退し、ことし4月に2代目がリニューアルデビューする予定だ。
国鉄時代の特急車両キハ185系を改造した新車両。デザインを手がけたJR四国の松岡哲也さんに話を聞いた。

(NHK松山放送局 宇和島支局 山下文子)

松岡哲也さん

伊予灘の夕日をイメージした茜色と黄金色の車両。
デザインを担当したのは、松山市出身のJR四国の一社員、デザインプロジェクト担当室長の松岡哲也さん(53歳)だ。

松岡さんは、入社31年目。
もともと建築士として駅舎などを設計していたが、ある日、当時の鉄道事業本部長から「車両のデザインをしてみないかね」と声をかけられたという。
四国と本州を結ぶマリンライナーの外装や特急車両のデザインを手がけたのが始まりだ。

松岡さん
「自分が車両を手がけるとは思ってもいませんでした。気がつくと会社に30年勤めて、その3分の1を車両デザインに費やしています。本格的にデザインを担当したのは、8600系特急列車ですが、四国にしかないデザインの列車を作りたいと考え、思いっきり大胆なデザインにしました。四角い顔の列車を丸くしたのですが、SLをイメージしたのもあって鉄道ファンにすごく注目されました」

松岡さんがデザインした8600系特急列車

2010年頃から鉄道業界では観光列車が注目されるようになり、JR四国でも本格的な観光列車が誕生した。
それが2014年7月にデビューした「伊予灘ものがたり」だ。

初代「伊予灘ものがたり」

ベースは国鉄時代から運用されてきた普通列車キハ47形。
なんの変哲もないディーゼル車両で、廃車になりそうな旧式の車両を思い切って改造することになった。
デザインを任されたのは松岡さんだった。

松岡さん
「僕は松山市出身で列車が走る予讃線(愛ある伊予灘線)はなじみもあったので、イメージは湧きやすかったです。当時の社長がすごく積極的でどんどんアイデアが出る人だったので、僕は、社長のアイデアを元にイメージを膨らませていきました」

列車が走り始めると、沿線の住民たちは車両に向かって自発的にお手振りを始めた。
乗客に向かって手を振るおもてなしだ。
時を重ねるごとに沿線のおもてなしはどんどん増えてすっかり列車の魅力となっていった。
これまで何度か廃線の危機があった路線だっただけに、観光列車がもたらしたにぎわいは大きかった。

松岡さん
「僕らもおもてなしをしてくれる皆さんに感謝の気持ちを伝えようと沿線に顔を出しますが、いつも喜んで迎えてくれます。『お茶飲んでいきさいや』と温かい交流が続いていて、列車をとても大事に愛してくれているのが伝わってくるのです」

左:四国まんなか千年ものがたり 右:志国土佐時代(とき)の夜明けのものがたり

松岡さんは、その後も徳島と香川を結ぶ「四国まんなか千年ものがたり」、高知県を走る「志国土佐時代(とき)の夜明けのものがたり」など次々と観光列車のデザインを続けてきた。
デザインで心がけているのは、地域の特色を出すことだと言う松岡さん。
ヒントは意外にも社内にあるのだという。

「JR四国は、四国各地の出身者が多いので、手がかりはその人たちのふるさとなんです。例えば高知ならどんなイメージかと聞いたら出身者はやっぱり『坂本龍馬でしょ』みたいな話になるんですよ。それから高知の人たちに愛されるデザインでかつ、公共性もあり、地域の魅力も・・・という風に考えていく。色も大事で、まず最初に名前を決めてからデザインしていきます」

どの観光列車も沿線の人々は、乗客に向かって手を振っている。
まるで『観光列車を私たちの街に走らせてくれてありがとう』という気持ちがあふれているようだ。
笑顔で手を振る人たちを見た客は笑顔になり、笑顔の輪が広がっていく。
地域と列車が結ばれていく瞬間。列車に乗るたびに私も何度も感じている。

「伊予灘ものがたり」 2代目車両

そして2月21日、4月にデビューとなる「伊予灘ものがたり」の2代目車両がお披露目された。
コンセプトは前回同様、レトロモダンをベースとしていて、どこかなつかしい暖かい雰囲気を継承している。

愛媛といえば、みかんということで車内の照明はみかんをモチーフにした丸くて暖かなデザインになっている。
1号車は「伊予灘を染めていく夕焼け空」のイメージを、2号車は「沿線に降り注ぐ太陽や愛媛自慢のかんきつ」のイメージとこれまでの雰囲気を残しつつ、ゆったりとした空間を作り出している。

新たに加わった3号車は、グリーン個室となっていて1両まるごと貸し切ることができる。
アーチになった通路を抜けると広がる8席のみの特別な個室空間で、壁には桜がデザインされている。
壁そのものも桜の木というこだわりで、木のぬくもりに包まれているようだ。
さらに海に面したテーブルは鏡面になっていて、外の景色が車内に反射するという仕掛けもあり、乗っているだけでワクワクするようなデザインだ。

松岡さん
「沿線の大洲や八幡浜は、古風な情緒も残っているので、レトロモダンという基本的なデザインは変えていません。これまで乗車した人たちや地元の人たちに安心感も感じて欲しいからです。でもせっかくなので上質感もプラスして、みかんの照明はまるでお祭りのぼんぼりみたいなイメージで配置しました。通路にも鏡面を施すことで、乗客がいない通路部分には、お手振りしてくれる沿線の人たちが映り込むようにしています。実際に乗客が車内で見ている景色が映り込むことで、中と外に一体感が生まれます。キハ185系は窓が大きくて外がよく見えますし、あえて背もたれが低い椅子を配置することで空間が『和』となるようにデザインしています」

松岡さんにとって、車両デザインとは一体何か。その真髄を聞いてみた。

松岡さん
「列車というのは、公共デザインですのでたくさんの人の目にとまりますし、そのプレッシャーはあります。でも一番は地域に愛される列車になって欲しいです。地域の顔として、ずっと走って欲しいという気持ちです」

(写真はすべて坪内政美さん撮影)

山下の感想

松岡さんは、子どもの頃、テレビで見たSFの世界が自身のデザインに大きく関わっているという。『未来はこんな乗り物が走ってるのか』と子ども心をくすぐられたのだ。松岡さんは大人になった今でもそのワクワク感を常に抱いている。鉄道のみならず、私も乗り物が大好きだ。車両そのもののデザインももちろんだが、内装のひとつひとつまでドキドキしながら見てしまう。『誰がどんなことを考えながらこんなデザインにしたのだろう』と思いを巡らせるだけでも楽しくなってくるのだ。四国には、四国にしかないオンリーワンの車両がある。松岡さんが生み出したデザインに、多くの人々が心を動かされ、地域全体を動かすきっかけになっているような気がする。

【音声ファイル】
松岡さんと鉄道写真家 坪内政美さんの対談

この記事を書いた人

山下文子(やました・あやこ)

山下文子(やました・あやこ)

2012年から宇和島支局を拠点として地域取材に奔走する日々。
鉄道のみならず、車やバイク、昭和生まれの乗り物に夢中。
実は覆面レスラーをこよなく愛す。