2021年12月28日

どんなデパートなら通いますか? ~地方デパートの革新~

デパートの1階といえば、どのような売り場を思い浮かべるだろうか。今年12月、大規模な改装を終えてグランドオープンした「松山三越」では、重厚な入り口の先に、高級なイメージとは異なる光景が……。
大胆なリニューアルは、地方のデパートの新たなモデルとして、業界から注目が集まっているという。舞台裏を取材した。

(NHK松山放送局 河崎眞子)

固定観念を覆す、フロア構成

今年で開店から75年を迎えた「松山三越」。愛媛県松山市の中心部で、人通りの多い商店街の入り口にそびえ立っている。

大規模な改装工事は1年以上におよび、段階的なリニューアルオープンを経て、12月に全フロアで営業を開始した。
これまでと何が大きく変わったのか。それは、一般的なデパートとはまったく異なる“フロア構成”だ。

1階

化粧品売り場だった1階は、フードコートに様変わりした。レストランは最上階に入るのが王道だが、デパートの顔となる1階に据えたのだ。
中央の約550席を囲むように15店舗を配置し、たこ焼きやラーメンなどの定番を押さえつつ、寿司や焼き肉、クラフトビール専門店などが特別感を添えている。中には、宇和島鯛めしや瀬戸内のしらすなど、地域の食材を生かした店も多い。

7階・8階

さらに、上層階の7階と8階には、全国のデパートでも珍しい高級ホテルが入った。客室は11部屋のみで、すべてにフィンランド式のサウナが付いている。

家具も北欧デザインでそろえられ、ホテル滞在そのものを堪能できる。その代わり、料金は1泊1人あたり3万5000円からだ。
観光地として人気の松山ならではの発想で、経営するのは地元の温泉旅館。県内外の40代以上の客を、主なターゲットにしているという。

2階~6階

このほか、5階と6階は美と健康をコンセプトに、高級エステや美容グッズ販売店などを展開。デパートの主力である婦人服や紳士服も含めた売り場は2階から4階に限られ、従来の3分の1ほどに縮小したという。

大改革を迫られた背景は

松山三越 浅田徹社長

この大胆な改革を指揮したのが、「松山三越」の浅田徹社長だ。昭和61年に伊勢丹に入社。紳士服に長年携わり、静岡伊勢丹の社長などを務めたあと、飲食やブライダル事業も手がけた。

「数億円をかけた中途半端な改装もできますが、それで失敗した店舗をいっぱい見てきました。だから、やるなら全部をガラッと変えるくらいの大きな覚悟を持たなければ、絶対にV字回復できないと思いました。『成功する』しか道はないんです」

この危機感の背景には、全国のデパートの厳しい現状がある。デパートの売り上げは、ピーク時の1991年に9.7兆円ほどあったが、去年は新型コロナウイルスの影響も受けて4.2兆円と、市場規模が4割余りにまで縮小したのだ。

なかでも「松山三越」は、ほかの商業施設やネット販売に押されるなどして、昨年度まで11年連続の赤字。抜本的な立て直しが急務だった。

計画は難航

しかし、すでに改装の準備が始まっていた2019年末、東京のグループ本社から、改革に慎重さを求める声が強まった。フロア構成をはじめ、前例のない計画だったからだ。

浅田社長は、その時のショックをこう振り返る。

「『これからどうしよう』と、ぼう然としました。社員や地域のみんなでがんばってきたのに、自分が説得しきれなかったことが悔しかったです。でも、落ち込むのは3日間だけと決めていました」

何度も計画を練り直す中で、浅田社長たちが重視したのは、データの活用だ。従来から、会員カードの登録内容や利用履歴はマーケティングに用いてきたが、これはロイヤルカスタマーの情報にすぎないため、そこから連続赤字の根本的な原因を読み取ることができなかった。そこで始めたのが、実際の客層を「見える化」することだ。

その一例が、「フォトサーべイ」と呼ばれる調査だ。商店街に面している1階と、駐車場となっている7階、この2か所の入り口にカメラを設置し、5分ごとに自動でシャッターを切る。
個人情報に配慮した上で、客の服装や持ち物などを分析した。すると、常連客の富裕層は7階から、地元客は1階からの出入りが多いとわかったのだ。

これには、浅田社長も驚いたという。それまで1階は富裕層を意識して高級感のあるフロアにし、上層階には催事場を置いて地元客の誘客を狙っていたが、実際の出入りは逆だったからだ。

こうしたデータの裏付けを積み重ね、改めて本社に答申し、ふたたび計画が動き出した。

「五感を使って調査したことが自信につながったし、データに基づいたアイデアは、やはり説得力が違うと思います。本社からも『松山三越を黒字化するためだけなら、1円も投資せずに閉めたほうがよいけれど、他店舗のモデルになりえるなら価値がある』と言ってもらえました」

地方のモデル店舗へ

浅田社長は、今回のグランドオープンを再スタートとしてとらえ、変化を繰り返して成長し、来年度以降の黒字化を目指す。三越伊勢丹グループは、このような松山の改革を、地方店舗のロールモデルの1つに位置づけ、後押ししているという。

12月10日のグランドオープンの日。開店前に、浅田社長は約500人のスタッフに向けて、力強く語りかけた。

「開店すれば、店頭で接客する人、物流、警備の人などいろんな役割がありますが、皆さんがプロフェッショナルです。プロたちが助け合い、チームワークを組んで進んでいけば、お客様の期待や地域の期待を大きく超えていくことができます。この瞬間を、500人の皆様と楽しんでいきたいと思います」

記者の目

グランドオープン前日、報道機関向けに開かれたお披露目会では、東京や沖縄など愛媛県外からも多くのメディアが押しかけていた。地方のモデル店という期待感を、目に見える形として、私もその重みを感じ取った。
大改装を実現できた要因の1つは、浅田社長のすさまじい熱量だろう。取材中も、1つの質問に丁寧に熱っぽく答える姿を見て、自ら細部に関わり、数え切れない多くの人たちに説明してきたのだろうと想像できた。
今回の投資は、長年低迷していた業界に、追い打ちをかけるようにコロナが襲いかかった頃に決断されたものだ。まさに、生き残るための頼みの綱である。11年連続赤字という、慢性的な赤字体質から脱却できるのか。これからも変化を続け、証明していく必要がある。

この記事を書いた人

NHK記河崎眞子(かわさきまあこ)

NHK記者
河崎眞子(かわさきまあこ)

現在は経済・金融担当。
東京や中華圏で長らく生活し、愛媛が初めての地方暮らし。趣味は、お笑いとインテリア。