愛媛県南予地方、西予市にあるJR予讃線の卯之町駅(うのまち)。ことしで開業80年を迎えた駅は、10月から無人駅となりました。
駅員がいる当たり前の風景がなくなる、その最終日を取材しました。
(NHK松山放送局 後藤茂文記者 藤田理世ディレクター)
卯之町駅とは
西予市中心部にある、JR予讃線の卯之町駅。
ことし9月までは駅員が配置され、きっぷの販売や改札業務を行ってきましたが、10月1日から無人化されました。
ことしで開業80年を迎えた、この駅の無人化についてJR四国は、人手不足や経営悪化などが理由だとしています。
特急も停車する卯之町駅ですが、沿線人口の減少などを背景に、おととしにはみどりの窓口が廃止され、去年からは駅員のいる時間帯は平日の早朝から日中までに縮小されました。
そして、ついに駅を無人化するに至ったのです。
9月30日 卯之町駅にて
有人で営業する最終日の9月30日。
後藤と、松山放送局の藤田理世ディレクターが駅の様子を取材しました。
私(=後藤)が気になったのは、どんな人が窓口を訪れるかです。
駅の出札窓口が廃止されたり、無人化される最終日には、鉄道ファンが多く押しかける傾向があります。
卯之町駅にはふだん、駅員は1人しかいませんが、この日は追加で駅員が派遣され、さらには本社から営業部の課長や広報室の副長、そして宇和島駅の駅長も駆けつけていました。
窓口には、行列が出来た場合には整理券を配布することを知らせる張り紙がありました。
JR四国は万全の体制でこの日に臨みましたが、利用客が殺到する事態にはなりませんでした。
この日は、高尾駅(東京都八王子市)をはじめ、全国各地の複数の駅でみどりの窓口が営業を終了したほか、翌日10月1日には、上越新幹線を走る2階建て新幹線、E4系が定期運行を終了するなど、ファンの関心を集める出来事が多々ありました。
SNSの投稿などを見ると、高尾駅には行列ができ、貴重な「定期入場券」を買うファンもいたようですが、四国の山あいにある卯之町駅は静かに時が過ぎていきました。
「最後」をかみしめる鉄道ファン
それでも、卯之町駅には時折ファンが訪れ、入場券や乗車券を買い求めていました。
<松山市から来た鉄道ファン>
「昔から卯之町駅を利用していましたが、時代かな、寂しい。写真とか撮らせていただいて切符も買わせていただきました。(卯之町駅の歴史を)後世に伝えて行けたらなと思います」
私も、きっぷを買わせていただきました。
入場券と乗車券、特急「宇和海」の指定券、そして、四国外の特急指定券。
このうち四国外の指定券は、駅員がほかの有人駅に電話をかけ、座席確保を依頼します。
そして「料金専用補充券」という紙のきっぷに座席番号を手書きし、発券します。
愛媛県内では、伊予市駅が同様の発券の仕方をしていますが、こうしたちょっと珍しいきっぷをこの駅で買えるのも、最後になりました。
ほかにも窓口では、駅のスタンプを押す人の姿も目立ちました。
中には、自前の用紙を持参し、ウェットティッシュでゴム印をきれいな状態に掃除して、納得がいくまで何枚も押すファンもいました。
JRや私鉄の記念スタンプを押して集める鉄道ファンのことを、俗に「押し鉄」といいます。
「乗り鉄」や「撮り鉄」と比べると目立たないかもしれませんが、ご当地感が感じられるスタンプをコレクションすることに魅力を感じるファンは、少なくありません。
私はそこまで熱心な「押し鉄」ではありません。
しかし、無人化される駅では記念スタンプも廃止されることが多いため、そうした駅などでは、なるべくスタンプを押すようにしています。
これまで駅窓口で管理してきた卯之町駅のスタンプですが、10月以降は駅前の施設『どんぶり館駅前店あおぞら』に設置され、押すことができるということです。
駅員、最後の1日を追って
藤田ディレクターは、窓口に立つ駅員の最後の1日に密着しました。
《午前5:45》
有人駅としての最終日。
早朝6時前、卯之町駅に駅員がやってきました。鈴木菜摘さん(21)です。
所属は宇和島駅ですが、新人だったおととしの冬から助勤という形で卯之町駅に派遣されて1人で働いてきました。
ここで働くのもこの日が最後です。
《午前6:40》
定期を見せて、慌ただしく通る学生たち。無人化後は、この駅で定期券を買うことはできず、特急で15分以上かかる有人の八幡浜駅か宇和島駅に行く必要が出てきます。
《午後0:30》
平日は駅を毎日利用し、過去に忘れ物を鈴木さんに届けてもらったという女性がいました。
「ありがとうございました」
「マフラーやマスク忘れたりね、色々してね、届けてもらいましたよ。もう忘れ物はしておられませんね」
3年前の西日本豪雨のとき、卯之町駅で働いていたという元駅員も姿を見せました。
「西日本豪雨があって、そのときに列車が一時不通だったんですけど、いろんな人が力を合わせて復帰に向けて動かしてくれたので、列車が動き出したときは感動しました。卯之町駅には思い出が詰まってるなと思います」
卯之町駅名物 愛の火鉢
そして、多くの利用客が心配していたのは、冬になると待合室に置かれる火鉢のことです。昭和34年から駅の待合室に置かれ、「愛の火鉢」と呼ばれて60年以上も人々を暖めてきました。
<駅を利用する生徒>
「火鉢が置かれた時期にはまた駅員さんが(待合室に)来るのかなって楽しみにしていました」
<利用客>
「冬はここへくると火鉢があるので、5分10分の待ち時間でぬくもって、それがさてことしの冬からどうなるかなと」
《午後2:28》
有人駅として、最後の列車が到着します。
鈴木さんがここでアナウンスをするのも、これが最後です。
「卯之町、卯之町です。長らくのご乗車お疲れ様でした。車内にお忘れものなさいませんようご注意ください」
午後3時10分。業務を終え、窓口のカーテンをゆっくりと閉めました。
もう窓口に駅員が立つことは、ありません。
卯之町駅が開業してから80年、有人駅としての歴史に幕を閉じました。
「最初は不安ばっかりやったけど、周りにも支えられて、こうして無事最後を終えることができたので、ほっとしています。人はいなくなって寂しいかもしれませんが、寂しくない駅と思ってほしいですね。また思い出して欲しいです」
後藤の感想
卯之町駅が無人になって以降、鈴木さんは宇和島駅の勤務に戻っています。
10月9日に宇和島駅のイベントを取材した際に、偶然お会いしました。
卯之町駅は駅舎も含めた駅前の再開発が進められています。
新駅舎ができるまでの間は、プレハブの待合室に券売機を置き、乗客が利用することになります。
愛媛県内のJRの駅が無人化されるのは、三津浜駅など5駅が2010年に無人化されて以来で11年ぶりのことです。
この10年あまり、人口減少など厳しい経営環境が続き、さらにコロナ禍で、鉄道会社にとっては過酷な状況となっています。
全国の乗車券や指定席券を扱うJR四国のみどりの窓口は、今月20日に徳島県の穴吹駅で廃止されるのを皮切りに、宇和島駅をはじめ四国の16の駅で順次廃止されます。
最終的には今の半分の規模まで減ることになります。
駅の無人化や窓口の廃止といったサービスの縮小はJR四国に限らず、全国的に相次いでいます。
こうした中、私たちは新しい利用方法に慣れて、公共交通を積極的に使っていく必要がありそうです。
一方、大勢の学生が定期券を買い求める時期や、観光客の多い多客期などに、利便性をなるべく損なわずどう対応するかが、求められそうです。
藤田の感想
私が卯之町駅を取材し始めたきっかけは、昨秋、卯之町駅に貼られた掲示で「愛の火鉢」について知り、興味を抱いたことでした。駅員の鈴木さんは、冬の寒い日も利用客をあたためるために早朝から火鉢に火を入れていました。そうして鈴木さんがあたためた火に、人々が嬉しそうにあたる様子が印象的でした。
その後に知った卯之町駅の無人化。今回改めて卯之町駅の一日を取材し、何気なく使う駅にも、駅員や利用客の思いが行き交っており、それが町の文化となっていることを感じました。そして、駅の無人化は、町の文化が変わることでもあると思いました。
有人駅としての最終日、学生たちが駅で待ち合わせをしたり、利用客を家族が送迎に来たりする様子が見られました。そうした光景は、駅員が去っても残っていくのでしょう。駅員のいない卯之町駅で、これからどんな出会いや風景が生まれていくのか、また卯之町駅に行って、待合室に座りながら感じたいと思います。