「町おこし」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。
そこでしか食べられない絶品グルメ、インスタ映えする絶景、愛らしいゆるキャラ…
世の中には多様な形の「町おこし」があります。
そんな中、愛媛の山あいの町・松野町では、「その土地で暮らしていると聞こえてくる音」をインターネットやアプリで配信する取り組みを始めました。
そんな形の町おこしは聞いたことがない!
耳よりな情報をキャッチした私は、松野町へ向かいました。
(NHK松山放送局 小野文明)
松野町の音、とは?
愛媛県南予にあり、高知県との県境に位置する内陸の町、松野町。
面積の8割以上が森林という、自然豊かな町です。
そんな松野町で聞こえてくる様々な音を、音楽のストリーミングサービスや
配信を手がける民間の事業者のホームページなどで聞くことができます。
この取り組みは、町役場が中心となって去年12月から始めました。
どんな音が聞けるのか、いくつか紹介していきます。
まずは、町内にある国立公園・滑床渓谷を流れる清流の音。
クリックすると音声を聞くことができます
日本の棚田百選に選ばれている、「奥内の棚田」で秋に聞こえる虫の鳴き声、という音源もありました。
クリックすると音声を聞くことができます
地元の音を、様々な場面で聞いてもらいたい
松野町は、こうした「地元の音」が、幅広いシーンで活用されたらと期待しています。
例えば、自宅でリラックスしたいときや作業するときのBGMとして。
最近はリモートワークをする人も増えましたよね。
さらに個人の利用だけではなく、「松野町の音」を商業的に利用することもできます。
松野町は、これらの音源を飲食店や小売店など店舗のBGM、YouTuberが配信する動画やTVゲームでの効果音として使用されることも想定していて
この場合、ユーザーは音源を使用する権利を1曲500円購入する必要があります。
自治体には収益の3割が入り、山や川の保全活動などに役立てられるという仕組みです。
現場では、これらの音をどのように録っているのか。松野町を訪ねました。
8月下旬。この日録っていたのは、地元で栽培されている早場米を収穫する音。
稲穂を一つ一つ鎌を使って刈り取る「ザクッ、ザクッ」という音は、松野町で夏の終わりと秋の始まりを感じさせる音だといいます。
クリックすると音声を聞くことができます
高音質の配信にも対応した高性能のレコーダーを回していたのは、川嶋健佑さん(28)。
大学時代から俳句が趣味で、俳人・芝不器男を生んだ松野町で働いてみたいという思いから
3年前、地域おこし協力隊として大阪から松野町へ移住してきました。
町役場の職員と一緒に、「地域の音」を収録・配信する事業に携わっています。
小野
「この事業に携わるようになって、苦労した点は?」
川嶋さん
「音を収録するという仕事はしたことがなかったので、初めはちゃんと録れているか不安でした。道沿いだと車の音などが入ることがあるので、長い時間 環境音だけ録るのは想像以上に難しいと思いました」
小野
「町内の音を録り始めて、松野町のイメージは変わった?」
川嶋さん
「俳句の冬の季語で「水枯れて」というのがあるのですが、録音のために冬の川を訪れると水がどんどん少なくなってきていて、音でも違いが分かるんです。実際に現場に行って音を録ったとき、四季折々の違いに気付けるのは面白いなと思います」
今この瞬間に聞こえる音も、町の財産!
松野町の「音」を配信する取り組みには、地域の音を「町の財産」として捉えて保存し、後世に伝えたいという職員の思いも込められています。
松野町ふるさと創生課課長の井上靖さん(51)。
松野町で生まれ育ち、松山市の大学に進学。卒業後は松野町へ戻って就職しました。
松野町へ戻ってきてしばらく経った頃、数十年ぶりに参加したお盆の伝統行事である異変に気付いたといいます。
井上さん
「行事では地元の子供たちが太鼓やかねを打ち鳴らすのが恒例だったのですが、大人になって参加したとき、太鼓やかねの音がカセットテープの再生で聞こえてきたんです。子供の数が減ったことが原因だと聞いています。長年使っていたからかテープの音がノビノビになっていて、地元が廃れてしまったような、寂しい気持ちになりました」
クリックすると音声を聞くことができます
その後、太鼓やかねの演奏は、担い手を募り、地域のお年寄りに演奏方法を教わることで、生演奏が再開されました。
ただ、井上さんはこの一件で、地域の「音」も町の財産だという意識を持つようになったといいます。
井上さん
「生活から出る音や伝統行事から流れてくる音、山や川の音など、今しか残せない音ってかなりあるんじゃないか、と思うようになりました」
井上さんは当初、次の世代に遺すために「地域の音」を保存し、行事の継承などに役立ててもらおうと考えていました。
そんな中、知り合いから音の配信事業のことを聞き、「町のPRになるならば」という思いで取り組みを始め、今に至ります。
現在、松野町を含め全国8つの自治体が、地域の音の配信事業に取り組んでいます。
取り組みを、より実りのあるものにするには
この配信事業の特長は、音源のトラック名を単に「川の音」としないで「滑床渓谷の川の音」など地域の具体名を必ず入れているところです。
こうすることで全国の人に広く松野町のことを認知してもらい、コロナが収まったあとの観光の呼び水にできたら、と先ほどの井上さん。
ただ、取り組みが始まったばかりで、町役場には目立った反響はまだなく
「松野町の音」がどれほどの人に届いているか確かな手ごたえには至っていないというのが現状です。
そこで、観光学が専門の愛媛大学社会共創学部准教授・井口梓さんにお話を伺いました。
小野
「具体的な地名と一緒に地域の音を配信する取り組みはどう評価?」
井口さん
「山や川の音を聞いて「これはどこの音なんだろう」と思ってインターネットなどで調べる。このプロセスを経ると、色んな情報が頭の中に積み重なっていきます。そのうえでもう一度を聞くと、音と風景がセットになり、固有の音として認識できると思います。ですから、とても興味深い取り組みだと思いました」
小野
「この取り組みを、より実りのあるものにするためにはどんなことが必要?」
井口さん
「音を届ける先の「ターゲット」を絞ることが重要です。たとえば、その地域の出身者や、そこを一度訪れたことのある人。今コロナ禍で「戻りたくても戻れない」「でも故郷を応援したい」という潜在的なユーザーはたくさんいると思います。こうした人たちに「ふるさと」を思い起こさせるパッケージに「音」をどうやって付加価値として乗せていくか、工夫なさると良いと思います」
井口准教授によると、故郷から遠く離れたところで暮らしていても「その土地の特産品を購入することで応援したい」という人がいる中、こうした人が利用するインターネット通販のサイトなどで「地域の音」に触れられる仕組みを作るのも一つの方法だということです。
出身者などからの反響が、この取り組みの新たな価値につながっていくかもしれません。
松野町のこれからに、耳を澄ませて気にしていきたいと思います。