近年、全国的に人気が高まっているクラフトビール。
一般的に小規模な醸造所(ブルワリー)で作られるビールなどがそう呼ばれている。
果物やスパイスを使用するなど、それぞれに特徴を持ったクラフトビールを作っており、奥深い世界に魅了される人が急増中だ。
そうしたなか、愛媛でも次々と新たな醸造所が誕生。
なかには全国的に注目される醸造所もできるなど、県内外のクラフトビールファンから熱い視線が注がれている。
その盛り上げに一役買っているのが、UターンやIターンで愛媛に移り住んだ人々だ。
松山市で注目される2つの醸造所に向かってみた。
(NHK松山放送局アナウンサー 山口寛明)
まず訪ねたのは2019年、松山市中心部にできた醸造所。
一見すると、アパレル店にしか見えない。
店内に足を踏み入れても、まだ目につくのは洋服ばかりだ。
店舗の半分ほどまで進むと、カウンターやテーブル、そして奥には…
ガラス越しに、ビールの醸造所が見えてきた。
このように、敷地の出入り口付近はアパレルショップだが、奥には醸造所があり、一角では新鮮なクラフトビールが楽しめるようになっている。
この店を展開する会社の代表、山之内 圭太さん(32)。
出身は松山市だが、大学進学以降は県外で過ごしてきた。
大学卒業後、大手メーカーに就職した山之内さん。
仕事をする傍ら大好きなビールづくりに携わりたいという思いが膨らみ、海外の文献を読み込むなど独学で学び始めた。そうした中、東京・渋谷で醸造所を立ち上げようという人たちと出会い、なんとヘッドブルワー(醸造長)として迎え入れられることになったのだ。
メーカーを退社し、プロの醸造家に転身した山之内さんであったが、再び転機が訪れた。松山でアパレルショップを経営する父親が体調を崩したのだ。
故郷に12年ぶりに戻って家業を継ぐことになったが、東京での仕事をあきらめなければならないという葛藤はなかったという。
山之内代表
「会社を継ぐ一方で、松山に戻ってもクラフトビール作りは続けようと思っていました。“松山で好きなことができる”という前向きな気持ちの方が大きかったですね」
洋服とクラフトビール。
「どちらも暮らしを豊かにするもの」という信念のもと、2019年、その相乗効果を狙った新しいタイプの店がリニューアルオープンした。
実際に、クラフトビールを楽しみに来た客が洋服やアクセサリーなどを買っていく光景も珍しくないという。
2019年のオープンからこれまでに製造したクラフトビールは110種以上。
自身で摘み取った県産のレモンを使ったものや、県内の霊峰・石鎚山の天然水を使ったものなども手掛けてきた。
山之内代表
「愛媛のものを無理やり使おうとしているわけではないんですが、愛媛にはいいものがたくさんある。質の高いビールを作ろうとしたとき、たまたま、地元にいいものがたくさんあったんですよね」
山之内さんが仲間と共に製造したクラフトビールは国際大会で複数の賞を受賞したほか、これまでに全国で200ほどの酒屋や飲食店に卸すなど、県内にとどまらない人気を獲得している。
山之内さんがいま最も力を入れているのは、松山から“世界”に向けて展開することだ。
世界を目指して山之内さんが作った「第二工場」。
松山市内の倉庫を改装した建物だ。
中には醸造に使うタンクなどが次々と運び込まれており、近々、本格的に稼働すれば、生産量は最大で今のおよそ10倍。大幅に増える見通しだ。
ことし、香港に初めてビールを卸し、念願だった海外展開も進め始めた山之内さん。
第二工場ではこれまで生産していなかった“缶ビール”の生産も始め、一層販路を広げたい考えだ。
山之内さんに、今後の展望を聞いてみた。
山之内代表
「“世界に通用するものをもっと作りたい”という思いが強いです。一方で、松山からクラフトビール業界を活性化したい、という思いもあります。実際にコンサルティングとして、新しくクラフトビールを始めたいという人の相談にも乗っています。もっと選択肢が増え、“みかんのまち”として知られる松山が“ビールのまち”としても認識されて、世界中から人が来るようになったらいいなと思っています」
次に訪ねたのは、松山市郊外に去年誕生したばかりの醸造所だ。
こちらも、通りからは、一見クラフトビールの醸造所には見えない。
中をのぞくと、やはり独特だった。
中を進むと、見えてきたのは、座敷に…
シャワールームやトイレ…
…キッチンもあった。
ここは、クラフトビールの醸造所とバーがあるゲストハウスだ。
開いたのは、広島県出身の木和田 伝さん(37)。
妻と、ことし4歳になる娘とともに、去年、松山市の三津に移り住んだ。
木和田さんはこれまでオーストラリアのゲストハウスやバーなどで働き、酒の営業販売にも携わったあと、広島で観光に関する仕事をしていた。
そのときに知ったのが、松山市三津浜地区(三津)だった。
木和田さん
「最初に三津に来たのは2019年の3月2日。“三津の日”でした。街ではイベントが開かれていました。橋の上で音楽の演奏を行っている光景などを見て、いい雰囲気の街だなあ、と惹かれました」
三津を訪れたことを機に、ずっと夢だったというゲストハウスの運営をこの場所で行おうと決意した木和田さん。
複数の醸造所でクラフトビールづくりについて学び、ゲストハウスで提供することにした。
木和田さんが作ったもののほか、木和田さんが選んだ国内外のクラフトビールが常時6,7種類ほど楽しめるゲストハウスは、地元で大いに歓迎された。
木和田さん
「泊まった人が“また帰ってきたい”と思える場所を作りたいと思ったんです。そして、クラフトビールを提供することで、お客さんと地元の人とが交流する場も提供できる。この場所を“玄関口”として、やってくるお客さんに三津のことをもっと知ってほしいと思いました」
そこに立ちはだかったのが、新型コロナウイルスの感染拡大だった。
2020年の3月にゲストハウスをオープンして間もなく、感染拡大に伴って宿泊客は激減した。
木和田さん
「ゲストハウスの運営だけをしていたら、正直やっていけなかったと思います。クラフトビールの製造・販売もしていたからこそ、あの時期をなんとか乗り越えることができました」
去年末には地元の神社から声をかけられ、神棚に供えたあとに気軽に飲んでもらえる“お供えビール”を作った。三津に溶け込み、三津の人々に受け入れられた木和田さんだからこそ作れたクラフトビールだった。また、販売するクラフトビールを詰める瓶のラベルは地元在住のデザイナーに描いてもらうなど、地元に密着した製造・販売スタイルを続けている。
木和田さんに、改めて、なぜ三津なのか、聞いてみた。
木和田さん
「海外でも働いてきましたが、三津は本当に“カラフル”な街だな、と思っています。ものづくりをする人やミュージシャン、Uターンで帰ってくる人…いろいろな人が地域を彩っています。移住者と地元の人たちとのバランスもいいんです。“ゲストが地域の人と飲んで地域の人を知る”というコンセプトをこれからも大事にしていきたいです。私も“地域活性化”を目指すのではなく、“地域の一部になりたい”と思っています」
今回は松山市で新たに注目される醸造所を訪ねたが、県内では東予や南予でも新たな醸造所が次々と誕生している。
地元の人々の交流の場になるだけでなく、県外からの観光客の誘致や、県産の農産物の有効活用、新たな雇用の促進などにもつながっている。
コロナ禍で思うように販路が広げられないなどの障壁もあるが、国内外でクラフトビール人気が高まるなか、クラフトビールを軸にどのように街や人々が変化していくのか、この先も見つめていきたい。