2021年7月14日

「誰だって、ヒーローなんだ」
~愛媛プロレス代表・キューティエリー・ザ・エヒメに聞く~

「プロレスで愛媛を元気に」をスローガンに掲げ、愛媛を拠点に県内外で活動するご当地プロレス団体「愛媛プロレス」。この団体を率いているのが代表のキューティエリー・ザ・エヒメさんだ。2016年4月の旗揚げから一貫してふるさと愛媛への熱い思いで突き進む。運営するだけでなく、試合になるとリングでその姿を見せることから、エリーさんを一目見たいというファンも多い。プロレスを軸に郷土愛を貫くエリーさんに話を聞いた。

(NHK松山放送局 宇和島支局 山下文子)

愛媛プロレスに所属するレスラーは皆、地域のご当地自慢がモチーフとなっている。前回紹介した「凡人パルプ」は、紙のまち四国中央市在住。覆面マスクの頭頂部からチョロっと飛び出るティッシュがトレードマークだ。その弟分で八幡浜市在住、キレキレの蹴り技が得意なのは「ジャコ天☆KID」、今治市在住、メキシコ仕込みのルチャスタイルで華麗な空中殺法を繰り出すのは「イマバリタオル・マスカラス」。ヒールで頭脳派、俊敏な動きで相手を翻弄する「KURUSHIMA」に、わが町宇和島には、牛鬼の化身レスラー「牛神ウシオニ・キング」がいる。趣味は闘牛観戦だとか。

目を奪われた1人の女性

振り返れば2017年4月。宇和島市長を表敬訪問したウシオニ・キングの取材で、私は同行していた美しい1人の女性に目を奪われた。その人こそ、キューティエリー・ザ・エヒメ、その人だった。
黒いボディスーツに身を包み、バニーマスクからのぞく瞳が輝いていた。物腰も柔らかく、取材に対してとても丁寧に対応してくれた。

実はエリーさんは、愛媛プロレスを立ち上げる前まではプロレスとボクシングの違いもわからないほどの素人だったという。

「プロレスは戦後まもなく多くの人を熱狂させた国民的スポーツで、プロレスラーは当時の日本人にとって強くてたくましいまさにヒーローだったんですね。選手1人1人にドラマがあってそこにストーリーがある。最高のエンターテイメントなのではないかと気がついたんです。旗揚げから最初の1年2年はもうがむしゃらにプロレスというパフォーマンスで愛媛を元気にできるやり方を模索していました」

旗揚げ当初は年間10回ほどしかなかったイベントも、2019年には年100回を超えるまでに増えた。

被災地でボランティア(2018年8月)

被災地でボランティア(2018年8月)

地域にも貢献している。3年前の西日本豪雨では、レスラーたちは何度も被災地を訪れ、土砂を撤去するなどボランティアをした。それだけでなく、復興支援として被災地で観覧無料のリングを設営し、子どもからお年寄りまで多くの人びとに元気と笑顔を届けた。

コロナで売り上げ98%減

しかし、2020年は新型コロナウイルスの感染拡大で、プロレス業界は大きな影響を受けた。
独自のイベントとして開催できたのはわずか20回ほど。密を避けるためにこれまでより入場者数を減らしたり、リングや客席などこまめな消毒を行うなど感染対策にも力を入れたものの、愛媛プロレスの去年の売上は、実に98%(対前年比)も減少した。

コロナ禍は経営に打撃を与えたが、うれしいこともあったという。感染防止のため無観客の試合を企画しようと去年6月、インターネットを通じて資金を募集したところ、14日間で238人から合わせて275万円が集まったのだ。
ネットでは7試合を配信した。反響は大きく、エリーさんは「試合中に観戦したファンからたくさんの応援メッセージが送られてきて、ファンとのつながりを改めて感じることができた」と振り返る。

エリーさんはどういう人

愛媛プロレス ホームページ

愛媛プロレス ホームページ

エリーさんの公式プロフィールを見ると出身が松山であることと、スリーサイズが90・60・90であること、得意技がバニートラップとハイキックであることのほかは非公開で、多くは謎に包まれている。
愛媛プロレスの副代表を務め自らプロ選手でもある「石鎚山太郎」さんに聞いてみた。

石鎚山太郎

石鎚山太郎

「サラリーマンだった私が30歳を迎えるにあたり、このままでいいのだろうかと思っていた頃、愛媛プロレスに出会ったんです。僕は1期生として入団しましたが、プロレスについてはど素人でした。でもエリー代表と関わっていくうちに、知らない世界にチャレンジしようと思ったんですね。エリーさんは人を楽しませるのが好きで、全国のプロレス団体に頭を下げてプロレスを1から勉強したり、スポンサーに熱心に地元への思いを語ったり、一貫して愛媛を元気にしたいという絶対にぶれない思いがあります」

エリー代表から放たれた忘れられない言葉があるという。

『その日その試合を見てだめだと思ったらもう二度と来てもらえない』

石鎚山太郎さんは、選手としてリングに上がり、自分の闘う姿を見て「笑顔になった」「元気が出た」という観客の声を何度も耳にしてきた。すべての試合に全力を尽くすことが、見てくれる人たちを喜ばせることを実感し自信にもつながったという。エリーさんの徹底したエンターテインメイト精神が愛媛プロレスにしっかりと息づいている。

エリーさんは、副代表で右腕となった山太郎選手は愛媛プロレスの「第一フォロワー」だと語る。

「一番大切な存在っていうのはSNSを最初に始めた時についてくるいわゆる『第一フォロワー』だと思うんです。誰にその思いが伝わるかでそのあとの広がりが全然違うそんな気がします。だから山太郎さんは愛媛プロレスの思いをちゃんとわかって拡散してくれる『第一フォロワー』なんじゃないかな」

女子プロレスを始めた理由

愛媛プロレスはことし2月、女子プロレスラーの応募を始めた。どうして女子プロレスラーを育成しようと思ったのか、エリーさんに聞いた。

愛媛プロレスの女子練習生と

愛媛プロレスの女子練習生と

「そもそもなんで『女子レスラー』と言うのかということなんですよ。男子レスラーって言わないじゃないですか。男女の差はあるかもしれませんけど、ともに向かっていく目標や夢は同じでもいいのではないかと思うのです。
プロレスが好きだとか、プロレスで誰かを元気づけたいという思いは男女に関係なくあります。愛媛プロレスは男女混合、誰だってプロレスラーになれるということを示したかったのです」

エリーさん自身も、女性社長とか女性代表だと言われることにずっと違和感を抱いているという。

「そう言われるのは、絶対数として女性社長や女性代表が少ないからだと思うんです。性別を気にしなくて良いような平等な社会になっていくといいなと常に思っています」

愛媛のヒーローを子どもたちに見せたい

愛媛プロレスは、通常のマッチは小学生以下の観覧を無料にしている。これは、お母さんが子どもに見せたいプロレスを目指すというエリーさんの考えからだ。エリーさんはエンターテインメントは地産地消であるべきだと考えている。

「外国のアニメや東京から呼んだヒーローショーを見せるのではなく、愛媛産のヒーローを愛媛の子どもたちに見てもらい地元に愛着を持ってもらいたいんです」

ふるさとには、誇れるものがたくさんある。食べ物や観光名所だけでなく、強くてかっこいいヒーローだっている。かつて力道山やタイガーマスクがそうであったように、愛媛生まれのヒーローを未来を担う子どもたちに見てほしいというのだ。

山下の感想

コブラツイストをかけられる筆者

コブラツイストをかけられる筆者

「誰だって、ヒーローなんだ」
私は愛媛プロレスのこのフレーズが大好きだ。エリーさんのもとに集まってくる人たちは、みな夢を抱き、前を向いている。そんなヒーローたちに出会えるプロレスが、地元愛媛にあってよかったと私は思う。

エリーさんにこれからの夢を聞いた。

「目指すのは日本で一番のプロレス団体、愛媛プロレスならではのやり方で一番有名なご当地プロレス団体になりたいと思って夢を追いかけているところです。先輩ご当地プロレス団体に追い付け追い越せでがんばってます」

エリーさんもまた愛媛が生んだヒーローであり、多くの人に夢を与え続けているのだと実感した。

中央が筆者

この記事を書いた人

山下文子(やました・あやこ)

山下文子(やました・あやこ)

2012年から宇和島支局を拠点として地域取材に奔走する日々。
鉄道のみならず、車やバイク、昭和生まれの乗り物に夢中。
実は覆面レスラーをこよなく愛す。