2021年6月9日

40歳でプロレスラーに 凡人パルプ(四国中央市出身)

2016年に設立されたプロレス団体「愛媛プロレス」をご存じだろうか。全国津々浦々に存在する「ご当地プロレス」は、ひそかにその数を増やし、ふるさと愛媛でも着々と根付いている。もうすっかりファンのあなたにも、まだ知らないあなたにも、この地域愛にあふれるこの団体の魅力を紹介したい。
1回目となる今回は、四国ヘビー級チャンピオン(2021年6月1日現在)で四国中央市在住、凡人パルプ選手に話を聞いた。

(NHK松山放送局 宇和島支局 山下文子)

四国中央市

四国中央市

四国中央市。
宇和島市出身・在住の私にとって、同じ県内ながら未知の部分が多い土地である。南予、中予、東予は地域ごとに気性も特徴が異なり、骨の髄まで南予人の私にとって東予人は遠い存在で、もしかしてわかり合えないのではないか、とさえ感じていた。
がしかし!それは違っていた。大好きなプロレスを通じて出会った東予人のプロレスラーは、極めて人なつこく、強くてかっこいい兄貴のような存在だったのだ!

生粋の東予人こと愛媛プロレス所属・凡人パルプ。
タイガーマスクをはじめ、私は昭和のプロレス界における覆面レスラーが大好きなのだが、この凡人パルプもまた覆面レスラーである。生まれも育ちも「紙のまち」四国中央市だという。よく見ると覆面の頭から白いものが生えている。そう頭のてっぺんにあるのはティッシュペーパーなのだ!!

「トレードマークなんです。紙のまちなんでね」

四国中央市は紙の生産量が日本一。直近の2018年の出荷額は5000億円を超え、世界最大級の製紙工場まであるのだ。地域最大の産業をPRするためリング名を紙の原料でもあるパルプと命名した。無駄遣いされた紙の怨念から誕生したというレスラーだ。

「ネーミングは、自分で決めました。超人ハルクにちなんで凡人パルプ」

※音声が流れます。周囲の環境にご留意ください

対戦中、凡人パルプが油断した瞬間、相手選手にティッシュを抜き取られる。するとたちまち力が奪われ、弱々とリングに倒れ込んでしまうのだ。
ごろごろとリングをのたうち回るパルプ選手。と、そこに観客がリングのそばに駆け寄り、ポケットからティッシュを取り出して、パルプの頭にティッシュを詰め込む。
すると「こ、これだ・・私にはこれが必要なのだ・・」と声を上げ、勢いよく立ち上がっていく。
な、なんということだ。パルプの勝利を呼び込んだのは、間違いなくあの1枚のティッシュだった。地べたから不死鳥のように立ち上がる姿に、もうリング下の観客は心をわしづかみにされるのである。

「実は、プロレスラーになったのは40歳のときだったんです」

パルプ選手がプロレスラーになったのは、愛媛プロレスが設立された2016年。愛媛プロレスのプロテストを受け、その年の10月にプロデビューを果たした。子どもの頃によく見ていたアントニオ猪木選手やジャンボ鶴田選手、そして憧れのタイガーマスクのようにプロレスのリングに上がるという夢を実現したのだ。

「初めてリングに上がった時は感動しましたよ。でもプロデビューするまでは周りの誰にも言わなかったんですよ。柔道や空手だと、後ろに倒れることってまずないんですね。その恐怖感というのは初めてで、恐怖感を拭うまでにちょっと時間がかかりましたね」

それまでも柔道や空手など格闘技はやっていたが、プロレスはちょっと勝手が違う。プロを目指した当初は、未知の恐怖と戦う日々だったという。

プロレスには、ブレーンバスターやジャーマンスープレックスなど、後ろ向きに投げられたり倒されたりする技がある。観客側の私から見れば、大技で見応えはたっぷりだが、やられる立場からすれば、それはもう命がけだ。相手だけでなく自ら後ろに倒れ込み、相手をリングに叩き落とすその技は、生死を分けるほどの危険を伴う。それでもなおプロレスデビューへの思いは募るばかり。日々練習を重ねたという。

ブレーンバスターをかけられる凡人パルプ

ブレーンバスターをかけられる凡人パルプ

「ただプロレスをやりたい、リングに上がりたいという思いだけでやってました。プロレスの良いところは、すごい技をくらっても倒れても、必ず立ち上がるっていうところです。そこだけを見てほしいくらい。何度も立ち上がる。それが僕にとってもプロレスのすごいところで、最大の魅力だと思うんです」

屈強なプロレスラーとしてリングへの情熱を燃やし続けるパルプ選手。デビュー以来、何度沈んだリングのマットから立ち上がったことだろう。これまで99試合(6月1日現在)出場し、若手選手や他団体のベテラン選手とリングで激闘を繰り広げている。

プロレスラーになってから、もう一つ抱いた夢があった。それは、四国中央市の観光大使になることだ。「プロであるかぎり、四国中央市を背負ってやる。僕が生まれ育ったまちは四国中央市やぞ!」
大きな使命感のようなものを胸にリングに上がり続けた。

そんな姿を地元の人たちはしっかりと見ていた。そして2019年4月、念願の観光大使を委嘱された。市長直々に「しこちゅ~観光大使」を授かったのだ。

しこちゅ~観光大使の任命式

「うれしかったですね。実は、愛媛の中でも四国中央市っていうのはあんまりメジャーじゃないってことにびっくりしましたし、これはもう僕がアピールしていかなあかんと、こつこつ地道に試合に出るたびに紙のまち、四国中央市とゆうてました」

KURUSHIMAとの対戦

KURUSHIMAとの対戦

さらに2020年9月にはSHC四国統一ヘビー級王座を戴冠。相手は若手で空中殺法と狡猾なインサイドワーク(頭脳プレー)を得意とするKURUSHIMA選手だったが、凡人パルプは相手に飛びつき、相手が前転する形から転がり込んだ両足をキャッチし、スリーカウントを取るTPホールド(TP=トイレットペーパー)で見事に勝利した。そのあとの王座をかけた試合にも勝利し、今日にいたるまでベルトは凡人パルプの腰にある。

実はパルプ選手、日頃は四国中央市で会社勤めをしている。もちろん紙関係の会社だ。

「プロレスをはじめて、もう全然病気もしなくなりました。体を鍛えてトレーニングを続けて他の選手と一緒の時にも気持ちが高ぶってるから、それが仕事のやる気にもなっています。若い選手と一緒にいるので、仕事場でも年の差がある若い子ともコミュニケーションが取れるなど、仕事にもいい影響しかないです」

日々の仕事とプロレスラーを両立させるパルプ選手にこれからの夢を聞いた。

「愛媛プロレスが次の世代にもつながっていくように、若手と練習を重ねていくことで愛媛プロレスが長く続いていくのが僕の夢かな。若い選手にもまだまだ負けないぞという気持ちで前を向いて、自分にも負けないで目標を持って日々こつこつとやっていくだけですね。試合に来てくれる皆さんからもパワーや元気をもらってますから。まだまだやりますのでがんばりますよ」

覆面の下からのぞく瞳は少年のようであり、にかっと笑う口元からはプロレスへの愛情がとめどなく溢れ出てくる。
インタビューの最中もティッシュの箱を大切に抱えながら地元への愛を徹底して貫く凡人パルプ選手。次の防衛戦は未定だが、私は必ずやポケットにティッシュを忍ばせて応援に駆けつけようと思う。

この記事を書いた人

山下文子(やました・あやこ)

山下文子(やました・あやこ)

2012年から宇和島支局を拠点として地域取材に奔走する日々。
鉄道のみならず、車やバイク、昭和生まれの乗り物に夢中。
実は覆面レスラーをこよなく愛す。