2021年4月22日

ようこそ四国へ!海を渡ったブルートレイン

<鉄道写真家の坪内政美さんと山下記者による取材裏話が音声でお聞きいただけます>

春にしては冷たい雨の降る日、青いアイツはやってきた。九州・鹿児島の地で静かに朽ち果てようとしていたブルートレインだ。昭和から平成にかけて、国鉄時代を経て日本人の旅情をかき立ててきたあの青い車体は、寝台特急として多くの人たちのドラマを運び続けた。四国にやってきたブルートレインを取材した。

(NHK松山放送局 宇和島支局 山下文子)

4月17日、九州と四国を結ぶ八幡浜港。海には霧がかかり、前の晩から冷たい雨が降り続いていた。フェリーの船着き場には、その時が来るのを人びとが待っている。

大分県臼杵港からやってきたフェリーの積み荷には「ブルートレイン」。かつて多くの人の人生とドラマを運んできた寝台特急である。青色の車体からそう呼ばれ、鉄道ファンのみならず、日本人の旅情をかきたてる車両の一つだ。トレーラーに移され運ばれたのは、24系客車の「オハネフ25 206」と「オハネフ25 2209」。ともに宿泊用の2段ベッドが設置され、京都と熊本を結ぶ寝台特急「なは」として、(※デビュー当時は大阪と西鹿児島を結んだ)2008年まで使用されていた。

客車はその役目を終えると、鹿児島県の阿久根駅に静態保存され、いったんは地域の宿泊施設として生まれ変わったものの、運営していたNPO法人が2014年に解散して営業は停止。そのまま、雨ざらしの状態で放置されていた。

岸井正樹さん

岸井正樹さん

「朽ち果てる前になんとか手に入れることはできないか」

そんな熱い思いを抱いたのは、1人の男性だった。香川県善通寺市の岸井正樹さん(60歳)だ。
岸井さんはビニールハウスを利用したうどん屋の店主で、豪快な肉うどんが人気だ。幼い頃から鉄道車両が好きだった岸井さんが、運命の出会いをしたのは岡山駅で見たブルートレイン「瀬戸」だった。当時は、まだ瀬戸大橋が建設される前でブルートレインに出会える一番近い駅が岡山だったのだ。中学生だった岸井さんは、その旅情あふれる青い車体を一目見た瞬間にどっぷりと惚れ込んだ。

よく父が「出張の時には、ブルートレインに乗って缶ビールを飲みながら行くのが良い」と話していたことに感動を覚え、自身もサラリーマン時代に何度も先輩たちと缶ビールを持ち込んで利用したという。子どもの頃に夢見たブルートレインへの思いは、大人になっても変わることなく岸井さんの愛が冷めることはなかった。夜を徹して走るブルートレインの姿は、岸井さんにとっては青春そのものであり、夢そのものであったのだ。

残念ながら、愛媛にはいわゆる『寝台特急』はなかったが、14形客車と呼ばれる青い車体が1995年から2008年まで夜行臨時快速列車「ムーンライト松山」として京都と松山を結んでいた。
愛媛の人びとにとって、ブルートレインは縁が薄いかもしれない。だが、今回やってきた「なは」が上陸した八幡浜港には多くの見物人が集まっていた。車両は、港に約12時間留め置かれていた。その間に噂を聞きつけた鉄道ファンや地元の人たちが入れ替わり立ち替わりやってきたのだ。

熱心に写真を撮る人もいれば、「懐かしいなあ、若い頃この青い列車に乗ったことがあったな」と話す高齢の男性や、「初めて見ましたが、日本にこんな車両が走っていたんですね。ベッドがあるのには驚きました」と目を丸くする若い女性も。さまざまな反応があった。
岸井さんは車両の取得から四国への運送、設置までにかかる費用を、自らの貯金に加えてクラウドファンディングでまかなった。賛同した人は多く、のべ906人から目標を上回る1700万円が集まった。ブルートレインがいかに特別で岸井さんの情熱に心を動かされた人が全国に数多くいることを物語っている。

四国の地に到着したブルートレインの姿を見て、岸井さんは

「どうしても四国にブルートレインを呼びたかった。今涙が出るほどうれしい。ここまで本当に多くの人が僕の思いを後押ししてくれた。これからみんなが喜ぶようなものにして、地域にも恩返しをしていきたい」

と声を震わせていた。

4月17日夜、2台ブルートレインは専用の大型トレーラーに乗せられ、八幡浜港から香川県観音寺市に向かった。陸路180キロを超える四国横断の旅だ。設置場所は山頂に「天空のブランコ」があることで知られる雲辺寺ロープウエイ駅の駐車場。新たな観光資源にと、車両を宿泊施設として今秋よみがえる予定だ。

トラックの荷台に載せられた車両は街灯の光を浴びて輝いていた。阿久根の駅でさび付いていたあの車両と同じとは思えないほど生き生きとして見えた。寝台特急だった頃と同じようにこれからもまた多くの旅人を受け入れるであろうその車両を見送り、私もまた再会の日を夢に見るのだった。

ブルートレイン輸送に密着しプロジェクトのキーマン。
鉄道写真家の「どつぼさん」こと坪内政美さん(NHKラジオ第1「ラジオまどんな」にも出演)に聞いてみた。

【音声ファイル】
取材の裏話はこちらから

この記事を書いた人

山下文子(やました・あやこ)

山下文子(やました・あやこ)

2012年から宇和島支局を拠点として地域取材に奔走する日々。
鉄道のみならず、車やバイク、昭和生まれの乗り物に夢中。