NHK松山放送局 アナウンサー・キャスターページ
<伯方島から見た瀬戸内海>

瀬戸内の島のご出身。島育ちならではのエピソードはありますか?

私は、今治市と広島県尾道市を結ぶ「しまなみ海道」を愛媛側から渡って2つ目の島、伯方島出身です。
小・中学校は島の学校に通っていましたが、高校は今治市内でした。当時はまだ橋が架かっていなかったので瀬戸内の島々を結ぶフェリーで、毎日1時間ほどかけて通っていました。
春先の瀬戸内海は濃い霧が発生することが多く、そうなると船が欠航してしまって学校に行けないことが年に数回ほどありました。実家の私の部屋からは、沖にある鵜島がいつもはっきりと見えるんですが、起きてカーテンを開けた時、鵜島が霧で見えないとだいたい船は欠航するんです。高校3年間でそれが分かるようになりました。

フェリー通学は島ならではですね。苦労したことはありますか?

毎朝6時台の船で通学していたので早起きが大変で時には寝坊して乗り遅れることもありました。ただ乗り遅れると直後に出る高速船で行くことになって、運賃は余分にかかりますが学校には間に合います。もっとピンチな状況が、帰りの便で寝過ごしてしまうことで、隣の岩城島かさらに離れた島まで行ってしまう可能性もあります。それが最終便だと伯方島に帰れなくなるんです。とはいえ、伯方島で降りる誰かが気付いて起こしてくれることが多く、島の人たちの温かさを実感する日々でした。
そんなフェリー通学でしたが、海風に当たりながら友達とたくさん話をしたり、テスト期間中は船の中でみんなと必死になって勉強したり、今思うと島育ちだからこその素敵な体験だったなと思います。私より早起きして毎朝おいしいお弁当を作ってくれていた母には感謝の気持ちでいっぱいです。

学生時代、夢中になっていたことはありますか?

父の影響で昔からスポーツ観戦、特に野球観戦が大好きでした。
学生時代は巨人の大ファンで、試合の中継はもちろん、スポーツニュースを見るのも楽しみにしていました。試合を見て結果は知っているのに、映像とナレーション、インタビューの編集にあらためて感動し、試合だけでは分からなかった選手やチームの情報も得ることができ、毎日、夢中になって見ていました。
そんなスポーツニュースの魅力にひかれたことも、この仕事を志すきっかけになったと思いますし、放送をたくさん見て学んだことは、その後、自分で原稿を書くようになった時にとても役立ちました。

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