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話し手写真

話し手

松尾裕治さん

香川大学
四国危機管理教育・研究・地域連携推進機構 客員教授
(2019年5月現在)

風水害

2019/5/20放送ラジオ第1

テーマ 吉野川の水防竹林から水防災を学ぶ

音声の公開は終了しました音声の公開は終了しました  

お話

吉野川には、三好市池田町周辺から吉野川市川島町にかけての中流域に、水防竹林が多く残っています。その規模は日本一であるといわれています。

藩政時代、吉野川の岩津(阿波市)より上流は、徳島平野の遊水池としての役割も担わされていました。そのため地域では堤防を作ることも許されていませんでした。その頃、洪水が発生しても水勢を弱め、河岸を浸食から守ったのが、吉野川沿岸の竹林です。
竹は、その地下茎がからみあって繁茂するために、地盤を強くし水の侵食作用から川岸を守る働きがあります。万一、川が氾濫し水が急襲してきても、密に生えた竹が水の勢いをそぐため、そこで氾濫が静まり、人家や田畑を守る機能があります。岩や砂れきなどの田畑への侵入を防ぐだけでなく、かえって沃土(よくど)を堆積するために河川敷の竹は良く育ち、田畑は肥沃になるという効果もありました。

吉野川の竹林は、明治32年の大洪水をきっかけに、当時の三庄村(現在の東みよし町三加茂)の村長・国安邦太郎によってさらに拡大が図られました。植林は延長820m・幅18mにわたり、竹林の水防機能を強化させました。そのことは、東みよし町三庄公民館にある水防竹林記念碑(大正11年4月建立)に記されています。
こうした吉野川の洪水と闘う流域住民の知恵から生まれた水防竹林は、洪水被害を和らげるとともに、竹材としての利用により生活を豊かにしてきました。住民も、その竹林を大切に育み、保全してきました。

早明浦ダム建設を契機として、昭和40年から着手した岩津から上流の堤防整備も、現在、ようやく記念碑のある東みよし町まで進められています。竹林は堤防や護岸などの整備によって、水防としての役割が小さくなってきています。しかし最近は、これまで経験したことがないような大洪水が各地で発生しています。今後、吉野川の防御水準を超える大洪水に備えて、水防竹林の水防機能を生かすことが必要です。

教訓

水害の難を逃れるために竹林の水防機能を巧みに利用した防災の知恵は、現在も吉野川の洪水から地域を守るために役立っています。整備が進む堤防とあわせ、万が一洪水が発生しても被害の軽減が見込める竹林を、二重の備えとして保全していくことが必要です。

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