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話し手写真

話し手

松尾裕治さん

香川大学
四国危機管理教育・研究・地域連携推進機構
客員教授
(2018年5月現在)

地震・津波 風水害

2018/5/14放送ラジオ第1

テーマ 安政伊賀上野地震での満濃池決壊

お話

幕末の安政伊賀上野地震で香川県にある満濃池が決壊した「ため池災害」について紹介したいと思います。
香川県にある満濃池は、大宝年間(701~704年)に讃岐の国守、道守朝臣(みちもりあそん)が金倉川をせき止めて創築し、空海が821年に完成させたと言われています。以来、現在に至る迄、洪水による数多くの決壊と修復が繰り返され、多くの先人の労苦により、現在のような、日本一のため池になりました。

満濃池は、安政伊賀上野地震(1854年)で決壊し、その後16年間、明治初期まで復興されることはありませんでした。
歴史学者の磯田道史氏は、著書『天災から日本史を読みなおす』の中で満濃池決壊について、「1854年6月の伊賀上野地震は、各地でため池を決壊させた。なんと遠方の香川県の満濃池にダメージを与え、漏水がはじまった満濃池は一ヶ月たらずに決壊した。」としています。

満濃池は、この地震により石造りの底樋が緩み堤が決壊しました。郷土史料には、池守の居宅が流れてしまい死者が出たという記録がありますが、漏水の発見後、早々に周辺の住民に周知し警戒した事により、被害を最小限に押さえることが出来たとも記されています。東日本大震災では、福島県にある藤沼湖が決壊しました。このときは、多量の貯水が濁流となって下流の集落を襲い、死者・行方不明者8名、家屋全壊22戸等の甚大な被害が発生しています。以来、行政では、ため池のハザードマップを示し、住民の皆さんに日ごろから、浸水想定区域や避難経路を確認するなど、迅速な避難行動や災害応急対応を行えるように促しています。

ただ、164年前の安政伊賀上野地震で満濃池が被害を受け、しかも16年間復興できず農業用水が確保できなかった当時の艱難辛苦を知る人は、地域にほとんどいないのが現状です。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とならないように、地震によって各地で「ため池の決壊」が起こったことを忘れないでください。
特に、ため池が多い四国地方では、ため池決壊を、他人事や昔のことと考えてはいけません。南海トラフ巨大地震に備えて、もしもの時の迅速な避難行動に、ため池のハザードマップを活かしてください。是非、地域を知る防災として、満濃池の地震による決壊から学び、現在、そして未来に伝承して、「ため池災害」に備えてほしいと思います。

教訓

地震災害によって満濃池が長い間復興できなかった辛い経験と厳しい史実は、今後発生するであろう南海トラフ巨大地震に備えた「ため池の防災対策」が大事であると教えてくれています。

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