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話し手写真

話し手

松尾裕治さん

香川大学
四国危機管理教育・研究・地域連携推進機構
客員教授
(2017年10月現在)

地震・津波 危機管理

2017/10/16放送ラジオ第1

テーマ 我が国最古の津波碑 康曆(こうりゃく)の碑の紹介

音声の公開は終了しました音声の公開は終了しました  

お話

四国には、古くから災害体験や教訓が、言い伝えや石碑、古文書などの形で防災風土資源として多く残っています。この防災風土資源の中から、今年の7月20日国連本部で行われた「第3回 国連 水と災害特別会合」での皇太子殿下の基調講演において紹介された我が国最古の津波碑について、地域を知る防災という視点から紹介します。
この康暦の碑は、徳島県美波町由岐にある650年以上前の南海地震津波の石碑で日本における津波災害に関する現存最古のものと言われています。
表面には、今では見えにくくなっていますが、釈迦三尊を示す梵字と、その下に60余名の人々の名前や康暦2年11月26日という日付等が刻まれています。康暦の碑と呼ばれるこの石碑は、室町時代前期、南北朝時代、1361年に起こった正平の大地震とそれに伴う大津波で亡くなった人々を供養するために、お経を写して土の中に埋めて法要を行ったことを示しており、発生19年後の康暦2年すなわち1380年に建立されています。
古文書記録では、南海トラフ地震は、684年の白鳳地震から1946年の昭和南海地震まで9回発生したとされ、その中で正平地震は、宝永地震や安政地震と同じように津波被害の著しい南海トラフ地震だったと言われています。


太平記』によると、

阿波の雪(由岐)の湊と伝浦には、俄(にわか)に大山の如くなる潮漲来て、在家一千七百余宇、悉(ことごとく)塩引に連て海底に沈し・・・男女、牛馬、鶏犬、一も残らず底の藻屑と成りけり。

と被害の惨状を伝えています。

四国には、地震や津波が発生した地点に、こうした「子孫に同じ轍を踏ますまい」と警鐘文を刻字した石碑などが点在して残っています。この碑一つだけを取れば過去に起こった一つの津波災害を記した記念碑にすぎませんが、これらは、それぞれ地震の発生年や津波到達地点、被害の規模を示す貴重な手掛かりとなっています。
津波石碑は、四国の沿岸域は南海地震津波で大きな被害を受ける可能性が高いこと、何度も繰り返し、人間のライフスパンを超えた長い間隔で発生することを教えています。
このような災害伝承石碑は四国の防災風土資源として、四国防災共同教育センターホームページで公開しています。是非、過去の災害教訓を、今の社会の防災・減災を考える素材として生かしてください。

教訓

昭和南海地震から71 年経過し、次にいつ発生してもおかしくない南海トラフ巨大地震・津波災害に備えるため、歴史から学び地域を知ることは,将来発生する災害の規模や範囲を推定するといった手掛かりになることを教えています。

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