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堀江 清市

どじょう掬いでテレビに出ました

堀江清市です。

これがその映像です。

 

どじょう掬いでテレビに出ました
 
影で出演したのです。

実は、私のどじょう掬いの師匠、荒木 八洲雄さんは、終戦直前、海軍航空隊の特攻兵でした。

松江放送局の木村カメラマンが、荒木師匠の特攻体験をこの夏、取材しました。

どじょう掬いでテレビに出ました

荒木師匠は、娯楽の少なかった軍隊で、特攻の仲間の為に「どじょう掬い」

を踊ったというのです。番組の題は『平和のどじょうすくい』です。

その踊りのイメージ映像を、弟子の私が引き受けました。

 

私は以前『特攻兵を見送った町知覧』と言う題の45分のラジオの録音構成の番組を作りました。

この番組を荒木師匠に聞いてもらった事があります。「堀江さん。この通りだったよ。

朝一緒に食事をした仲間が、特攻に出撃した夜にはいないものね。彼らが生きていたら、戦後の復興に力を発揮したはず」と話してくれた事があります。

今回のテレビの取材では「仲間は次々に出撃して亡くなる。そして自分も出撃命令の恐怖にさらされていた」と語っていました。

荒木師匠の講演にも同行しました。師匠の息子が私の高校時代の親友です。

「親父は、退院直後で健康が心配だ。堀江君、一緒に行って欲しい」と言われたのです。

荒木師匠は、特攻の体験を話し、平和の大切さを訴えました。

どじょう掬いでテレビに出ました

そして、私も師匠に続いて、どじょう掬いを踊りました。

どじょう掬いでテレビに出ました

荒木師匠は、戦後は警察官になったもののすぐやめ、どじょう掬い等を披露する「芸能社」を作ったのです。

そしてボランティアで外国にも出かけ、どじょう掬いを披露しました。

どじょう掬いでテレビに出ました

戦争を防ぐには、外国の人との相互理解が必要だ。ユーモラスなどじょう掬いを外国の人たちに見てもらう事で、友情が生まれると考えたのです。

どじょう掬いでテレビに出ました

木村カメラマンのインタビューに講演の参加者が「島根のどじょうすくいが平和の為に活躍する事が誇らしいです」と答えていました。

『平和のどじょうすくい』は荒木師匠の願いが伝わる放送になりました。

 

投稿者:堀江 清市 | 投稿時間:17:07

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