ながやす巧

日本を代表する漫画界の巨匠「ながやす巧(68)」が、なんとテレビ初出演!ちばてつやに憧れ、熊本から上京。貸本劇画作家としてデビューし、72年に発表した代表作「愛と誠」で一世を風靡する。その後、浅田次郎原作「ラブ・レター」「鉄道員」の世界を忠実に緻密に描写した作品は、浅田自身からも絶賛されている。今回は2010年に第39回日本漫画家協会賞・優秀賞を受賞した「壬生義士伝」の執筆に密着。デビューから今まで、アシスタントは一切使わない主義を貫き、すべて一人で作業してきたという誰も見たことない現場に初めてカメラが入った。そこで発見したのは、一切妥協のない姿勢で、執筆に取り組む真摯な姿だった。

密着した作品

漫画家のペン先

密着撮影することによってとらえた 「漫画が生まれる瞬間」

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時代劇の衣装や小道具 研究を重ねて

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後悔の表情 感情表現にこだわる

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扉絵に魂を込めて(番組未公開)

ながやす巧×浦沢直樹

毎日、何時間ぐらい描かれているんですか?(浦沢)
眠くなるまで。(ながやす)
眠くなるまで(笑)。わかりやすいですね。本当に自然のまま、なるがままで絵に生きる、と。(浦沢)

(描きたい原作と出会って)7回ぐらい読みまして、やっと涙が出なくなったので始める。(ながやす)
涙が出なくなったところで。(浦沢)
どうしてもね、泣いちゃうんですよ。そうするとね、ダメなんです。(ながやす)
創作する側ではなく、お客さんにさせられてしまうのかもしれないですね。(浦沢)
うん。そうしたら冷静にできないですから。(ながやす)
冷静に演出をしなければいけないわけですからね。(浦沢)

(詳細に描いた設定資料を見ながら)うわ。すごくちゃんと描いている。これ、誰に見せるわけじゃなく、やっているじゃないですか。結局、好きなんでしょうね。(浦沢)
楽しいです。(ながやす)
絶対そうですよね。きっとながやす先生からしたら、ここからもう本番なんだろうな。この段階の作業に、どれくらいかけられるんですか。(浦沢)
2年。(ながやす)
2年!? 2年間、設定資料を描かれる。ながやす先生に「だいたい」っていう言葉はないような気がしますね。(浦沢)
正確に描かないと、っていう気持ちはあります。間違いがあっちゃいけないという、そういう緊張感の中で、ずっと描いていますね。(ながやす)

僕は『愛と誠』で、絵のタッチは違うんですけど、ちばてつや先生の影響をフッて感じたんですよ。(浦沢)
そうですね、よく影響受けてますよ。『ちかいの魔球』とか『紫電改のタカ』もそうですけど。大好きですから。(ながやす)
手塚治虫先生の日本漫画で打ち立てた一つの大きな道というのは、もちろんあるけど、もう一本大事な道筋に、ちばてつや先生の作り上げたものがあるような気がするんですよね。“感情の積み重ね”みたいなことを、初めて克明にやられたっていう感じがする。表情だけで感情を伝えるとかね。(浦沢)
そうですね。「ちば先生の漫画世界をもっとリアルな絵でやったら、こうなる」っていうことで始めたんですけどね。(ながやす)

目が決まらないと、あとはもう無理なんですよ、いくら描いてもね。(ながやす)
この作品は、命のやり取りをするようなシーンが多い。そのときの人間の目を、どう描けばいいのかって、難しいところはあるんじゃないですかね。殺気を込めないといけないですよね、目にね。(浦沢)
そうですね。刀を抜いて今から切るわけですから。(ながやす)
でも、こういうときも、(ながやすさんの絵は)目線にはちょっと、悲しみが宿りますよね。(浦沢)

まったくおひとりで、休みなく淡々と作業をされている、というので、求道者的なイメージで捉えていたんですけど、もしかしたら、シンプルにご自身が楽しんでらっしゃるだけかな、みたいな感じがします。(浦沢)
そうですね。楽しいですね。今が一番幸せです。好きなことをやっていますから。(ながやす)
ただひたすら絵を描くのが好きっていう、そういう姿を見させていただいたんだなって、感動しました。(浦沢)
いや、恥ずかしいです。やっぱり腕が落ちたなとは思いますね。1本1本、1話1話、とにかく「完璧に仕上げたい」っていう気持ちがあるので、そのへんがジレンマですよね。(ながやす)
剣の達人がザッと居合抜きして、「腕が落ちたな」っていう。(浦沢)

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読む漫勉

漫画家同士が語り合うことで飛び出した言葉の数々。本編で入りきらなかった未公開部分を、お楽しみください。

浦沢やっぱり本来、漫画って一人の世界で描くもんだと思うんですよね。スタッフと描くことになったのは、やっぱり週刊誌文化。 ながやすうん、そうですね。 浦沢締め切りがどんどん来るっていう文化の中で、仕方なく始まっちゃったもの。漫画家一人の頭の中にあるものが紙の上に出てくるっていう、そういうものだったはずなんですけどね。その初期衝動みたいなものをずっと持ちながらやってらっしゃるのは、本当に素晴らしいことだと思います。 ながやすいや、不器用なんですね。人に頼めないっていうか、自分で全部やりたいクチなんで。 浦沢「体がきつい」のとどっちを取るかということで、「人が手伝うと精神的に辛い」という……そっちの方が辛いということですもんね。 ながやすそうですね。

浦沢『愛と誠』のときは週刊誌ですから、毎週16ページとか18ページとか否応なくですよね。お一人でそれこなすって、もうかなりの地獄ですよね。ああ、楽しいから地獄じゃないのか。でも寝る時間なんかまったくないですよね。 ながやす寝る時間ないですね。ですから机に2時間ほど突っ伏して仮眠する。で、原稿が全部あがったところで布団に寝る。 浦沢ちゃんと寝ちゃうと、起きられなくなっちゃうっていう。 ながやすそれはありますね。 浦沢わかります、それ。いかんですよ、週刊連載は。 ながやす今はもう全然できない。若かったからできたんですね。 浦沢いやいや、それとはまたちょっと違う話みたいな気がするな。だって、あのクオリティですもの。あのクオリティを一人で描くって、あり得ないですよ。

ながやす今の絵柄って、僕、描けないんですよ。 浦沢いわゆる萌え系の絵とか、そういうやつですか。 ながやすそれもそうだし、はやりの絵というか、今の若手の人の絵は無理なんですよね。ドラマを描こうとすると、この絵じゃないと描けないんです。ですからこの絵をずっと完成させるしかないんですよね。 浦沢ながやすさんの頭の中にある役者さんたちなんでしょうね。 ながやすはい、そうです。だからどんなに古いと言われても、やっぱりこうしか描けないというのが本当ですね。

浦沢やっぱり武士が泣くっていう、そこの難しさがね。 ながやすそうですね。難しいですよ、こういうシーンは。特に斎藤一は難しいです。 浦沢難しいキャラっているんですよね。斎藤は難しいですか。 ながやすはい。描いていて一番楽しいのは斎藤なんですけど、だからこそ、余計に難しいんです。(主人公の)吉村貫一郎のほうが、描きたくないというか。 浦沢ああ。あの人はぼんやりした人ですもんね、ほわーっとしている。 ながやすいつもニコニコしてるので。斎藤のほうが結構自由に感情が出せるんですよね。

浦沢この長時間、机に向かって、背景から何から、全部自分でやっていく。気の遠くなるような下準備の作業から何から、よくそんなしんどいことができるなって思いますけど、これらすべてが「楽しい」ということで成り立っているんだったら、それは別の話だな、と。おそらく、楽しんでいらっしゃるんだろうなって。 ながやすはい。楽しいですよ、描いていることが。今は、自分で描きたいものを描いているという喜びのほうが大きいですね。でも、体力的にも精神的にもだんだんきつくなっている。きつさを出したくないんですね。それを感じさせないように描くには、(『壬生義士伝』を)早く完成させないと。最後のほうは元気がないと描けない部分もありますので、それで焦りもあるんですけどね。浦沢さんは、今が一番調子が出ているっていうか、「いくらでも描けるな」という感じが、見ていてするんですけどね。 浦沢僕ですか(笑)。 ながやすええ。僕もそういう時期があったので。 浦沢はい、頑張ります。

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※手書きはすべて 浦沢直樹・自筆

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