古屋兎丸

漫画界の鬼才「古屋兎丸」が登場!
94年に「月刊漫画ガロ」で、鮮烈なデビュー。代表作は「Palepoli」「自殺サークル」「ライチ☆光クラブ」。強烈な風刺と人間の暗部が描かれた作品を、独創的な画風で描き、熱狂的な支持を受ける。
今回は連載中の2作品「帝一の國」「女子高生に殺されたい」の現場に密着した。多彩な道具、そして手法を自由自在に駆使。「実験」と「発見」を繰り返すことで、読者を驚かせる画面を生み出そうと苦闘する姿に迫る。

密着した作品

漫画家のペン先

密着撮影することによってとらえた 「漫画が生まれる瞬間」

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女子高生の涙

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美男子の目や唇(番組未公開)

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鉛筆画 顔を見開きで(番組未公開)

古屋兎丸×浦沢直樹

表情は、ミリ単位で変わっちゃうじゃない。本当に、ペン先がミリずれると、「あっ、違う」って。(浦沢)
(描く)顔が小さくなるほど、0.1ミリ単位の作業ですからね。だから丸ペンを使うんでしょうね。0.1ミリ単位の作業には、適していると言うか。(古屋)
そうか。そうかもね。でもこれだけの表情を、割と一発で決めている感じするけどね。(浦沢)
要所、要所を決めていくんですね。目尻の位置、目頭の位置、口角の位置とか。簡単に言うと、点で打ってそこを結んでいる、そんな感じかもしれないですね。(古屋)

シワ、ぼく大好きなんですよね。シワを描いている時が、一番楽しいんじゃないかなって思うぐらい、シワが好きなんです。人のズボンを見ていて、“菱形のシワ”が重なったようになっているというのを発見したときに、「あっ」って。(古屋)
その“菱形のシワ”。あれはすごくある。ワイシャツのひじのあたりとかに。(浦沢)
そう、できますよね。(古屋)
僕ら絵描きの、その“気づきの喜び”みたいなのね。(浦沢)

こうやって話している間も、浦沢さんの後頭部の形とかが、気になってしょうがない。後頭部がすごくきれいな形をしているなと、ずっと思いながら話しているんですけど。(古屋)
そう、絵描きはずっとそんなことを考えていますよね。(浦沢)
やっぱりその発見の集積なので、漫画を描くのを休めないのは、そこが一番大きくて。たぶん、半年休んだら、その集積の内の何割かを忘れちゃうだろうなと思うんですよ。(古屋)
なるほど。それは本当にそうですね。(浦沢)

漫画家って、自分の中に、プロデューサーがいて、監督がいて、脚本家がいて。その先に絵描きがいる。一番無垢な、純朴な子が絵描きでね。(浦沢)
本当に一番下っ端というか。だまされやすいんですよ、絵描きは。(古屋)
プロデューサーみたいな、山師みたいな人格もいて。(浦沢)
「フルちゃん、大丈夫、大丈夫。描けるって」みたいな、そういう感じなんですよね。(古屋)
しゃあしゃあとね、「見渡す限りのデモ隊がですね」とかって言っているんですよ。絵描きのことをまったく考えていないんです。(浦沢)
憎みますよね、過去の自分を。で、もうそうなったら、どうやったらそれを自分が楽しく描けるか、と頭を切り換えるしかないですね。(古屋)
そう、人をびっくりさせてやるぞ、とね。(浦沢)

何をやるにしても、確信を持ってやっていない。やりながら「いいのかな、これで」と常に思っていますね。(古屋)
でも、「前やった手法で片づけよう」みたいな安易な方向に行くと、自分がつまんなくなっちゃう。(浦沢)
なんか、自分のうまさに自信がないというか、自分の絵に自信がないから、いろんなことをやってみることによって、なんか良い絵ができるんじゃないかっていう。もがき苦しんでいると言った方がいいのかもしれないですね。(古屋)

よく「漫画家になりたい」という人がアドバイスを求めてくるんですけども、まあ、描ければそれでいいじゃないかって。(「月刊漫画ガロ」に初掲載されたとき)ギャラが出る、出ないとか、まったく関係なく、もう載っているだけでうれしくて。立体作品の個展とかをやっていた頃は、自分でお金を出して、展覧会場を借りて、ダイレクトメールを刷って。それに比べたら、タダで発表できていることのありがたさ。タダな上に、何千人、何万人という人が読んでくれている。その感動というのが、すごくありました。(古屋)
漫画の成功例なんて、(まずは)雑誌に載ったことなんですよ。それで、何人かの人に見てもらったっていう。まずそこに立ち返らないとね。(浦沢)

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読む漫勉

漫画家同士が語り合うことで飛び出した言葉の数々。本編で入りきらなかった未公開部分を、お楽しみください。

浦沢(表情を描くということについて)学校で教えていたときに、学生に言っていた。「絵を描く学校に来る前に、まず演劇学校に行ったほうがいいかもよ」って。 古屋ああ、そうです。僕も学生時代に演劇をやっていたので、その経験が、少しは役に立っているかもしれない。 浦沢まずは演劇の勉強をして、表情とはなんなのか、泣くとはどういうことか、笑うとはどういうことか。実はそっちのほうが、重要なのかもしれない。

浦沢(古屋さんは)人物の目を、すごくちゃんと描くよね。光彩までちゃんと描くっていう。 古屋目を描くの、好きなんですね。目と唇はちゃんと描きたいなって。鼻とかは描きすぎると気持ち悪くなるでしょ。目と唇って「描きがいがある」というか。でも、おじさんの唇をあんまり丁寧に描くと気持ち悪くなるので、唇を丁寧に描くのは美少年に限るという。 浦沢僕は、昔「浦沢くんのキャラは、アップに耐えられないよね」って言われたことある。 古屋そうなんですか? 浦沢うん。なんとなく、わりと「引き」ですよね、僕の場合。ぐっと寄らない。なんか照れちゃうんですよ。 古屋ああ、そうですね。でも、アップに耐える工夫として描き始めたっていうのが、一番あるかもしれないですね。目の光彩とか唇は。

古屋この漫画(『女子高生に殺されたい』)では、「涙」は割とリアルに描くけど、『帝一の國』だったら、ボロボロボロって大粒の涙とか。リアルの段階というか、(作品によって)デフォルメしていい範囲っていうのがある。 浦沢昔で言う大映ドラマみたいな、ああいうものは「ボロボロボロボロ」って泣いてもいいけど、山田太一ドラマだと、「ポロっ」となるとか、ありますもんね。 古屋そうですね。

浦沢やっぱり、丸尾末広さんの影響は大きいですか。 古屋『ライチ☆光クラブ』とかに関してはそうだし、丸尾先生はすごく尊敬する漫画家の1人です。ただ、江口寿史先生の影響とかも大きいですし、他にも影響を受けた作家の方は、いっぱいいますね。 浦沢今はもう、江口さんが生み出した感覚みたいなものが、あまりにも一般的になっちゃったんですけど、女性を、「あっ、本当に女の子だ」って思える描き方をしたのは、やっぱり江口さんのすごく先駆的なところ。女子高生を女子高生だっていうふうに見えるように描くっていう。 古屋あと服のシワとかそういうのも、記号的じゃなかったんですよ。すごく衝撃でしたね、中学生のときに。 浦沢シワって、こういうふうに入るんだっていう。大友克洋さんとかもそうですけど、ワイシャツに入る皺と、毛糸のセーターに入る皺がまったく違うんだって。それを気付いて描いてみたら、「あっ、本当にブラウスに皺が寄っているように見える」って、描けた瞬間の喜びね。 古屋その理論を発見したときの喜びって、ありますね。

浦沢しかし、(『帝一の國』の)生徒会長になるためのドラマって、すごいよね。 古屋『白い巨塔』が好きで。山崎豊子先生的な、昭和のあの感じが好きで。 浦沢「おまえもまだ若いな……」とか言われるやつね。 古屋そうですね。自分の上に立つ者の犬になるみたいな、あの感じとか。「手のひら返し」とか、裏切りとか。ゾクゾクするんですね。 浦沢集団ヒステリーみたいな、ああいうのも、ちょっと面白いよね。1つのことで、みんながおかしくなっていく感じが。 古屋僕、閉鎖された空間において、人々が妄信的になっていく姿とか、そういうドラマに、惹かれる傾向があって。学生運動のあさま山荘事件的な。

古屋どうやったら、おもしろい漫画を描けますか。ここを押さえておけば、おもしろくなる、という方法を教えてください(笑) 浦沢うーん、それがないよね。考えれば考えるほど、分からなくなるよね。でもやっぱり、(古屋さんがやっている)1枚の絵を作るときに、どうやって描こうって試行錯誤することと、ストーリーをおもしろくするというのは、非常に近いことだと思うんですよ。ここに墨を使って、ここにぼかしを使って……って。それって、人がおもしろがるストーリーを考えるのと、非常に似た「ものの考え方」なんだと思うんだよね。人を「はっ」とさせたり、惹きつけたりするっていうことの。 古屋そうですね。ストーリーでも、全体がまとまるかどうかとかは、やってみないと分からないですもんね。 浦沢うん。そうやった上で、何か奇跡が起きるときが、一番、自分にとってもおもしろい。狙いどおりにおもしろくなったではなく、自分の思惑を超えておもしろくなったときが、描いていて一番おもしろいじゃない。だからある意味、ちょっと奇跡が起きてくれないかな、なんて思って描いている。 古屋じゃあ、「奇跡を起こす方法論」というか。 浦沢それは、ちょっとあるかもしれない。それにちょっと任せる感じね。ここまで自分は踏ん張るけど、あとは運任せみたいなところ、ちょっとね。 古屋なるほど。

古屋(自分には)ちょっと依存症的な部分があって、「描いていると落ちつく」っていうのがありますね。描いていないときのほうが、ちょっと精神的によくないのかもしれないです。 浦沢うん。 古屋僕、ちょっと依存体質で、一時期パチンコにはまったりとかね。とにかく何かにはまっちゃうと、ずっとそれやっているんですよ。だから、今はこれが仕事になっているからありがたい。依存症でも、周りに文句言われない。 浦沢いや、漫画描いている人なんて、みんなそうでしょう。絵描きの依存症でしょう。 古屋そうですよね、たぶん。

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※手書きはすべて 浦沢直樹・自筆

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