群馬在住 ウクライナ出身パフォーマー 公演で表現した“祈り”
- 2022年05月10日
「今、願うことは1つだけ。戦争が終わって欲しい」
4月、前橋市で開かれたチャリティー公演を終えたウクライナ出身の女性は、私の目をじっと見て静かに語りました。
アクロバットのパフォーマンスを行った彼女。ステージで表現したのは、母国の惨状に対する「胸が裂けるような思い」、「心の叫び」、そして「平和への祈り」でした。
(前橋放送局記者 岩澤歩加/2022年4月取材)
“遠い”母国
4月22日、前橋市のステージに立ったのは、ウクライナ出身でみどり市に住むビラ・オリガさんです。
13年前から日本とウクライナを行き来し、アクロバットのパフォーマンスを披露してきました。
ただ、新型コロナウイルスの影響でおととしからは帰国できていません。感染状況が落ち着いたらすぐに戻るつもりでしたが、その前にロシアの侵攻を受け、実現していません。
美しい街が戦禍に
このステージの2週間ほど前、練習の様子を取材させてもらいました。
ストレッチをしていたオリガさんが、スマートフォンを見ていました。
「何を見ているんだろう」
そう思い彼女に近づくと、オリガさんの方から日本語で声をかけてくれました。
「ウクライナの街は、すごくきれいなの」
自然があり、公園があり、歴史的な建物もある。
愛する母国を魅力的に紹介してくれたオリガさんとの会話は自然と盛り上がっていました。
その流れで私は「スマートフォンで何を見ていたのか」と尋ねました。
その質問で会話の流れが一変しました。
彼女の表情から笑顔が消えたのです。
少し沈黙したあと発したのは「現地のニュースを見ている」というひと言でした。
ロシアによる軍事侵攻が続く母国の状況を逐一チェックしているというオリガさん。ただ、伝えられるあまりに残酷な現状、そして、変わり果てた街の姿に辛くなり、途中で見るのをやめてしまうこともあるといいます。
ビラ・オリガさん(日本語)
「こんなきれいなものを全部壊して、なんで…。次にウクライナに行く時、ウクライナはどんな感じ?もう私…考え(ることが)できない」
時折、言葉を詰まらせながら、抑えていた感情とともにその目には涙があふれていました。
どう助ければいいのか
公演までこの日で11日。
“ふるさと”の状況を考えると、ステージに立つことへの迷いが強くありました。公演についてのアイデアも全く浮かんでいませんでした。
練習後、現状についての思いを改めて尋ねると、ウクライナ語で語りました。
ビラ・オリガさん(ウクライナ語)
「ひと言で言うとひどいです。ニュースを見る度、泣かずにはいられません。何でこんなことになったのか、理解できません。胸が裂けそうです。痛い、痛い、とても痛いです。ウクライナは今とても苦しんでいます。私にできることがあるのなら…どう助けてあげればいいのか、分かりません」
ウクライナに残る母
オリガさんがアクロバットの道を歩み始めたのは、サーカス学校で講師を務める母の影響でした。
母親のティシェンコ・ナディーヤさんは今も首都・キーウに残っています。オリガさんの6歳下の弟がウクライナ軍に従軍していることもあり、ウクライナを離れないという決断をしました。
その母とは毎日、電話やアプリで連絡をとっています。
この日も練習後にテレビ電話で話をしました。
「オリガちゃん」と呼びかけ画面越しに手を振る母。オリガさんも笑顔がこぼれます。
「ベランダの野菜畑を見せてあげましょうか。私のトマトを見せてあげましょうか」
「畑だ!畑、畑だね」
「(畑に)苗を植える準備をしています。苗を育てています。(戦争が)何とか終息したらトマトを育てます」
「1日も早く終息することを祈っています」
「これは全部もう…怖いよ、オリガちゃん、怖いよ。とても嫌なんだよ。爆発音と大きな音がしたり、爆発が起きたりするとぞっとするの」
母と話をする時間は、ほっとする瞬間である一方、不安が消えることはありません。
公演当日の“決意”
オリガさんの葛藤は、公演のその日まで続いてきました。
それでも、なんとかみずからを奮い立たせている様子でした。
ビラ・オリガさん(ウクライナ語)
「ウクライナの文化を知ってもらい、少しでも日本の人にウクライナのことを考えてもらいたい。それだけでもウクライナへの支援につながると思う」
公演の前、オリガさんの元へ向かうと、笑顔で手を振りあいさつを返してくれました。
「緊張していますか?」
「いいえ!全然!」
「でも話すのが緊張する。日本語上手じゃないから…」
公演ではパフォーマンスを披露したあと、ウクライナの歴史や家庭料理などの文化をオリガさんが紹介するトークショーも行われることになっていました。
メークをしながら、そこで話す内容を書いた紙に目を落とし、何度も練習する姿からうかがえたのは「ウクライナのことを、しっかり伝えたい」、その強い決意でした。
“麦”が意味するもの
いよいよ、幕が上がりました。
会場に集まったのは500人近い人たち。
オリガさんとパートナーの男性が登場すると、大きな拍手が送られていました。
前半は、アットホームな雰囲気に包まれました。
オリガさんたちは客席を走り回ったり、お客さんを巻き込んだりしながら、コミカルな演技を交えたパフォーマンスを披露。会場からは笑い声もあがっていました。
しかし後半、その雰囲気ががらっと変わりました。
それは2人がウクライナの民族衣装「ヴィシヴァンカ」に着替えて再登場した、演技のクライマックスでした。
手に持っていたのは「麦」。
ウクライナ国旗の色、黄は「麦畑」、青は「青空」を意味するといいます。その「麦」を「ウクライナの人」として表す演出を考えました。
2人は冒頭、麦を手に、楽しげに走り回りました。
軍事侵攻の前まで当たり前だった「日常」を表します。人々が出会い、愛を育み、子どもが生まれ、次の世代へつないでいく。オリガさんが話す「普通に生きていた」ウクライナの人たちの姿です。
しかし突然、2人が倒れました。
手に持った麦は舞台の上にバラバラに散らばってしまいます。
そしてオリガさんが麦の代わりに手にしたのは赤い布、表しているのは血です。
市民を巻き込んだロシアの攻撃によって、バラバラに引き裂かれ、血を流すウクライナの人たち。目を背けたくなる現実を全身を使って表現する精いっぱいのパフォーマンスに、訪れた人たちが引き込まれていました。
最後に、オリガさんは壇上に散らばった麦の数本を拾い集め、大事そうに抱えました。
その意味するものは何なのか、公演後、日本語で語ってくれました。
ビラ・オリガさん(日本語)
「ウクライナ人、頑張っている。頑張って、頑張って、最後(に)集めて、麦(を)。 いっぱいじゃない(けれど)ちょっとだけ守りたい。次の世代のために息をしてほしい」
目を覆いたくなる現実の中でも希望を見いだし、生き抜いて欲しいという祈りが込められていました。その悲しげにも映る「祈り」の表情に、胸が締め付けられました。
殺されたら戻らない
パフォーマンス終了後のトークショー。日本語で必死に会場の人たちに語りかけました。
「(ロシアが侵攻してきたとき)ニュースでロシアが攻めると言ってたのでお母さんたちに伝えけれど、お母さんたちは『それはパニックにさせるための嘘だ』と言っていました。だから(本当に)ロシアが攻めたときは信じられなかった」
そして美しい街と、破壊された街の写真をスライドで紹介しながら話を続けました。
「建物はいい。もう一度建て直せば直るから。でも、殺された人たちは戻らない。殺された子どもたちは戻らない」
感情が高ぶり、涙ぐみながらもなんとか最後まで伝えきりました。
願い
すべてのプログラムを終えて、改めて話を聞きました。
「公演はどうでしたか」
「すごいよかったです」
そして、最後に尋ねました。
「今、改めて願うことはどういうことですか?」
オリガさんは日本語で答えました。
「今、願うことはたぶんひとつしかない。戦争、終わりたい」
続けて、日本に住む私たちへの思いを語りました。
「(ひとりひとりの人たちが)時々、ウクライナのことを考えるだけでも平和につながると思います。(みなさんの)エナジーをウクライナの人にあげれば、ウクライナ人はもっと強くなります」
1日に1度でもいい。
今この瞬間も傷ついているウクライナの人たちに、少しでも思いを巡らせて欲しい。
オリガさんの切なる願いです。