2021年03月30日 (火)背負ってみました(伊﨑 都子)


 

キャスターの伊﨑です。

先日放送した「ぐんまびと」では、高崎市に工房を構える革職人の小野里健一さんをご紹介しました。

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革の財布やかばんといえば、なんとなく“大人の男性が使うもの”というイメージがあった私・・・。
ところが!取材してみると、革の魅力にすっかりはまってしまいました。
小野里さんが作る作品は、「栗のがま口」「UFOのストラップ」など、コロンとしていて思わず手に取りたくなるようなかわいらしさなんです!

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小野里さんは、多くの人に革製品を手に取ってもらうきっかけを作りたいと、ユニークな作品を生み出し続けています。
そのひとつが、購入した人が自分で組み立てる「手作りランドセル」です。

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自分で組み立てて手入れをすることで、革製品を長く大切に使ってほしいという思いが込められています。

ちなみに・・・
海外では、大人のファッションアイテムとしてランドセルが流行しているんだとか。
言われてみれば、丈夫でしっかりしていて、両手が自由に使え、パソコンやタブレットも安心して持ち運べる優れものです。

日本でも、大人がランドセルを背負って通勤する姿が見られる日が来るかも・・・!?しれません。

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投稿者:伊﨑都子 | 投稿時間:15:00 | カテゴリ:伊﨑都子 | 固定リンク

2021年03月17日 (水) 今週は出演者のヘアメイクにも注目してください♪(増田 一恵)



こんにちは。
を感じる陽気の日が多くなってきましたね。
花粉症のため、鼻水で目が覚める毎日です。

春といえば卒業のシーズンでもありますね。
今週1週間は、先日卒業式を終えた「高崎ビューティモード専門学校」の卒業生の皆さんが「ほっとぐんま630」出演者のヘアメイクをしてくださっています。

原口さんのヘアの担当は、美容師学科卒業生の岡田龍人さん。
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新村さんのヘアメイクの担当は、国際ビューティ学科卒業生の梅田奈々美さん。
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増田のヘアメイクの担当は、同じく国際ビューティ学科卒業生の宮路恵名さんです。
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感染防止対策をしながら、それぞれ顔だちや衣装にあった髪型を丁寧に造ってくださいました。

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3月16日の「ほっとぐんま630」の様子です。

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これから社会人として羽ばたく3人のプロフェッショナルの作品をぜひテレビ画面で見届けてください

 

投稿者:増田一恵 | 投稿時間:17:39 | カテゴリ:増田一恵 | 固定リンク

2021年03月17日 (水)震災10年インタビュー⑥「福島とどう関わるか(笠井 千晶 映画監督)」(川崎 寛司)


 

東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故から10年。『ほっとぐんま630』では、3月5日から毎日、最前線で向き合ってきた人たちの声をお伝えしてきました。

最終回の3月12日(金)は、映画監督の笠井 千晶さんです。

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10年間、福島に通い、震災と原発事故に苦悩する現地の人たちに密着し、その喜怒哀楽の瞬間を描いた映画『Life 生きてゆく』で、「山本美香記念 国際ジャーナリスト賞」を受賞しました。笠井さんは、この映画の取材を通して、福島との関わり方が見えてきたということです。

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 以下、笠井さんのインタビューの一部を記させていただきます。

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震災直後から福島・東北を訪れ、映像を撮ってはいましたが、それがどういう形になって、誰に届くかが決まっていませんでした。伝えたい人は誰、伝えたいことは何、伝えるべき人はどこの誰、どうやったら伝わるのかを考えることから始めました。

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私の役目は、語ってくれる人が何を伝えたいかを同じように理解し、汲みとって、伝える相手を探し、映像を通して伝えること。お子さんがいる方は、自分の子どもに重ねて見てくれたり、中高校生は、自分と同い年くらいだった子が津波で亡くなったとか、自分と重ね合わせて見てくれたりしている。

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今までもそうだったように、これからも、「時間が経つことで、ひとりの人の思いや環境がどう変わり、どういう年月を送っていくか」を伝えていきたい。
取材というよりも、「その人たちが今、元気かな」という気持ちが基本にある。10年だからおしまいということはなく、生涯続いていくのかなと思っているんです。「よく知っている人が、これからも安心して暮らしている」というのを私も知っていたい、そんな思いです。

以上、笠井さんのインタビューでした。

 

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一週間、お伝えしてきた6人の方のインタビューで、印象的だったことばをそれぞれ書き出してみました。

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皆さんからいただいた教訓を群馬の人たちも、ぜひ知っていただけたらと思います。
6人の皆さん、貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

 

投稿者:川崎寛司 | 投稿時間:15:00 | カテゴリ:川崎寛司 | 固定リンク

2021年03月16日 (火)震災10年インタビュー⑤「大切な人の命を守って(上野 敬幸さん)」(川崎 寛司)


 

東日本大震災と福島第一原発事故から10年。
3月5日から、『ほっとぐんま630』では、最前線で向き合ってきた人たちのインタビューを、毎日お伝えしました。
第5回の3月11日(木)は、津波で両親とわが子を失い、それでも前を向いて生きる上野 敬幸さんです。

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この日は、スタジオに、ディレクターの八重樫 伊知郎デスクが出演してお伝えしました。八重樫デスクは、震災直後とその5年後の2度、福島放送局で勤務し、この10年間、上野さんの取材を続けてきました。

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震災から10年たった今、上野さんが改めて伝えたいと強く訴えたことがあります。

以下、上野さんのインタビューの一部を記させていただきます。

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人それぞれ、時間の経過をどう思うかは全然違いますが、俺はあっという間。
「もうたっちゃうんだな」という感覚。10年というと、震災の年に娘が生まれて、もう小学校3年生になるという、長い期間ですが、俺らにとっては、あっという間。ついこの間、震災が起きたような感覚。

今、伝えたいことは、震災が「教訓」にされていないということ。
震災が「教訓」にされているとずっと思っていたんですが、そうじゃないと気づかされたのが、2015年の関東・東北豪雨の鬼怒川の決壊なんです。

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(濁流の中、家に取り残された人たちが)避難する選択肢を取らなかったことが許せなくて、映像を見た時に腹立たしくてしょうがなかった。

全く教訓にされていない-。

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震災の教訓だけが残ればいい。それ以外、何を残す必要があるのか。
悲しい過去や悲しいことを残す必要はない。

それよりも、そうならないために、今ある命をどうやって守っていくか。みんなが同じ思いをしないためには、どうすべきかを、みんなが考えないといけない。

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一番の理想は、子どもたちが、自分たちの判断で避難できるぐらい、学校などで教訓や危機管理を身につけること。でも、なかなか1年、2年でそうなるものではない。
だが、子どものことを守らなければいけないという当たり前のことをちゃんと考えれば、守れるはず。3月11日がそういうことを考えてもらうきっかけになればいいと思っている。

以上、上野さんのインタビューでした。

上野さん、貴重なお話を、ありがとうございました。

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(写真右は、上野さんを10年間、記録・伝えてきた、映画監督の笠井 千晶さん。震災10年インタビュー⑥(最終回)で登場します)

上野さんについては、この10年を追った動画を八重樫デスクが制作しました。
NHK特設サイト『東日本大震災 あの日から10年~3.11ドキュメント~』の3月1日のページに掲載されています。ぜひご覧ください。

https://www3.nhk.or.jp/news/special/shinsai-portal/10/document/
(『それでも前を向いて ~福島 南相馬・新しい命と~』)

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投稿者:川崎寛司 | 投稿時間:17:00 | カテゴリ:川崎寛司 | 固定リンク

2021年03月16日 (火)震災10年インタビュー④「苦しんでいる人をおもんぱかる世の中に(阿部 光裕 住職)」(川崎 寛司)



東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故から10年。『ほっとぐんま630』では、3月5日から毎日、この問題に最前線で向き合ってきた人たちのインタビューをお届けしました。

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第4回の3月10日(水)は、福島市にある常円寺の住職、阿部 光裕(こうゆう)さんです。
阿部さんは、原発事故で不安を抱えた被災者に寄り添う活動を続けています。

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こうした経験は、いまの新型コロナウイルスに翻弄される世界でも生かせると話していました。以下、阿部住職のインタビューを一部、記させていただきます。

川崎)ふるさとを失う、なかなか自宅に帰れないでいるということは、ご本人にとっては本当に大きいことだと思いますが。

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大きい。何でもそうですが、その当事者にならないと、その人の心の中や思いはわからない。人間は知恵の生き物だから、人の気持ちをおもんぱかって、寄り添える人間であってもらいたい。

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このコロナ禍で苦しんでいる人に対し、「自分がもしその立場に立ったならば、どうなんだろう」と思いながら、日常に気をつける。

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そして、苦しんでいる人には思いを寄せる。お互いが、人としての知恵を持って温かく生きていく姿があればと思います。

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世界ではまともな検査や医療を受けられず、コロナ禍で命と向き合い、苦悩している人が大勢いることを考えると、世界中いたるところでつながる世の中であってもらいたい。

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だから、群馬の人も福島の人も、われわれが知らない国の子どもたちを思ってみたり、あるいは、そういう国の人たちが、行ったことがない日本の福島や群馬の人を思ってみたり、そういうことが自然にできる世の中になっていけたらと思います。

以上、阿部住職のインタビューでした。

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(右は、一緒に取材し、撮影を担当した前橋局の八重樫チーフディレクター)。

阿部さん、ありがとうございました。

 

投稿者:川崎寛司 | 投稿時間:10:00 | カテゴリ:川崎寛司 | 固定リンク

2021年03月15日 (月)震災10年インタビュー③「原発事故がもたらしたもの(開沼 博さん)」(川崎 寛司)



東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故から10年。
3月5日から毎日、この問題に最前線で向き合ってきた人たちのインタビューをお届けしました。
第3回の3月9日(火)は、原発の廃炉やトリチウムという放射性物質を含んだ水の処分などについて地元の立場から発信をしている、福島県いわき市出身で、立命館大学准教授の開沼 博さんです。

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地域で、いま、原発事故にどのように向き合っているのか、伺いました。
以下に、開沼さんのインタビューの一部を記させていただきます。

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いろいろ変化はある。10年たって、実際多くの人にとっては日常が戻ってきて久しい。「10年前のこと」と、良い意味でも悪い意味でも、風化している。特に子どもにとって10年前というのは、高校生でも幼稚園、保育園に通っていた時の思い出があるかないか。

これからそういう世代がどんどん増えていくと、そうした若い世代にどのような教訓を伝えられるのかは、あの経験をした人たちに課された大きな課題なのかなと思っています。

一方、震災と原発事故が起きたが故に、前向きに感じる変化もあります。

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何となくファンのような気持ちになって福島を支えていこうという動きは、震災原発事故がなかったら、おそらく、これほど福島に対してなかったのではと思います。今、私の周りには、福島ファンのオジサンたちがいろんな形で活動などをしています。

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(去年、福島県双葉町に開館した『東日本大震災・原子力災害伝承館』を訪れる人たち)

彼らは、ボランティアや仕事・出張で福島に来て、すごく気に入ったから、プライベートの休みも福島に通うようになった。そうすることで地元の人との関係ができて、そのつど訪れ、泊まって一緒に飲むとか。そういう良い形で、(福島の)内側と外側の交流が生まれてきたことは、重要なことと思っています。

川崎)群馬県の人たちができることはありますか?
福島に来てもらうことが大事。実は、先日、福島の原発周辺地域に私が仕事で行った時に、高崎にある高校の生徒たちが学習旅行で訪れ、とても熱心にいろいろなところを見学していた。

こうした活動も生徒たちの保護者の皆さんの理解があってのことだと思うし、そのような子どもたちが聞いたことを「伝える」ことは、大人たちも聞いて感化されたりする。
ちょっとしたきっかけで、福島だからこそ学ぶことがあるのかもしれないし、逆に福島にいる私たちが、群馬に伺った時に新しい発見があるかもしれない。
新しい出会いや可能性が待っていると思うので、ぜひ福島に来ていただき、またこちらからも群馬に赴くという動きが活発になればな、と思っています。

以上、開沼さんのインタビューでした。開沼さん、ありがとうございました。

 

投稿者:川崎寛司 | 投稿時間:19:00 | カテゴリ:川崎寛司 | 固定リンク

2021年03月11日 (木)震災10年インタビュー②「住民の健康や食品への影響は(坪倉 正治 医師)」(川崎 寛司)


 

震災と原発事故から10年となる今週、この問題に最前線で向き合ってきた人たちのインタビューをお伝えしています。
第2回の3月8日(月)は、原発事故による健康への影響などを調べ続けてきた福島県立医科大学の医師、坪倉正治 主任教授です。

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10年前の原発事故で、放射線量が上昇し、懸念されたのが、体内に取り込んだ放射性物質による住民の内部被ばくでした。坪倉さんは、原発事故直後から、いち早く福島県に入り、検査にとりかかり、この10年で行ったその内部被ばく検査は15万人に上りました。住民のためにと、地域にずっと寄り添ってきました。

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10年経った今、住民の健康や食品への影響はどうなっているのか。放射線研究のスペシャリストとして、福島を見続けてきた坪倉さんに伺いました。

以下に、坪倉医師のインタビューの一部を記させていただきます。

 

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最初の頃は、放射線の量や被ばくの量が(社会の)最大の関心事で問題でしたが、内部被ばくとか外部被ばくなど、被ばくの検査が淡々と行われる中で、住民の方々の被ばく量は、(被ばくが)あったとしても大きなものではないことが科学的に分かってきた。また、それによって健康影響を危惧する状況には基本的にはないことも分かってきた。

空間線量も健康影響を危惧する状況には基本的にはないレベルまで下がってきた。そうしたことについて、10年経って、「そうなの?」「どうなの?」と聞かれるし、知識が定着しづらい部分でもあるので、もう一度、広くお伝えしたいなと思っている。

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川崎)大きな課題になった食品への影響についてはどう感じていますか。
現在、福島県内で、食事などで内部被ばくするという状況では全然ない。食品の安全性はすごく確保されているという状況がデータとしてあります。福島は、やっぱり10年いて、ごはんもおいしいし、人がいいし、良いところがいっぱいあるので、交流がより進めばいいなと思いますね。

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一方で、原発事故による偏見や差別があってはならないが、そういうものに対してちゃんと反論したり、打ち返せるような力を持ってほしい。そのために医療者として、例えばお子さんに何かを伝えたり、小さい子どもを持つお母さんに伝えたりするために、今、こういう状況だというデータをまとめる仕事は続けなければいけないと思っています。

以上、坪倉医師のインタビューでした。

 

坪倉さん、お忙しいところインタビューに応じてくださり、ありがとうございました

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 (右は、一緒に取材し、撮影を担当した前橋局の八重樫ディレクター)。

 

投稿者:川崎寛司 | 投稿時間:14:00 | カテゴリ:川崎寛司 | 固定リンク

2021年03月11日 (木)震災10年インタビュー① 「"節目"なんかない(大和田 新さん)」(川崎 寛司)


 

東日本大震災の発生から3月11日で10年。
『ほっとぐんま630』では、3月5日(金)から1週間、群馬のお隣、福島に、最前線で向き合ってきた人たちのインタビューをお届けしています。
テーマは「福島をつなげよう」
去年秋まで福島放送局で勤務し、震災や原発事故の取材を担当していた私が福島へ伺い、お話を聞きました。

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第1回は、大和田新さん
福島の地元ラジオ局『ラジオ福島』のアナウンサーとして、巨大地震と津波、そして東京電力福島第一原子力発電所の事故というさまざまな危機に直面した福島で、刻一刻と変わる情報を伝え続けました。

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緊迫する局面にどんな思いでマイクに向かっていたのか。
アナウンサーの大先輩である大和田さんにぜひ聞いてみたいと思っていたところ、今回、震災から10年の機会に伺うことができました。改めて気づかされたのは、まだ、“この災害は終わっていない”ということでした。

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以下に、大和田さんのインタビューの一部を記させていただきます。

 

私たちメディアは、「震災から10年ですね」と、ひとつの“節目”的な表現が非常に多くなってくる。でもいろんな方に話を聞いてみると、「決して“節目”なんかないな」というのが現実なんですね。

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道路が通れるようになった、堤防ができた、新しい医療施設ができた、学校ができた・・・、確かにうれしいですよね。でもそれは、「復興じゃなくて復旧だな」という感じがしますね。本当の復興って、やっぱり、家族を亡くした人たちが、その人たちの分まで一歩前に進んで頑張ろうと思った時に、初めてね、復興なんじゃないかな。心の問題なんじゃないかなって。

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(川崎)大和田さんはこれからどんなことを伝えていきたいですか?
震災から3年くらい経った時に、ある高校で講演をして帰ろうとしていると、その高校の男子生徒が、「大和田さん、将来の夢って何ですか」って聞いてきたんですね。「俺、来年、『ラジオ福島』を退職するし、その後は健康で長生きかな」と言ったら、その男子生徒はニヤッとして、「将来の夢を語れない大人ってカッコ悪いですよ」って言っていたんですね。「やられたな」と・・・。夢を尋ねてきたのに、自分の夢をちゃんと答えられないっていうね。

その出来事があってから、今後、「将来の夢は何ですか」って聞かれた時は「原発の廃炉を見届ける」と言うようになったんです。あと40年ですよね。50年になるかもしれません。40年だと、私105歳なんですね。だからあと40年、原発の廃炉をちゃんと見届けられるような健康管理を自分でしていく。だから、若者たちに負の遺産を押し付けるんじゃなくて、一緒に原発の廃炉を見届けるぐらい、こっちも健康に気をつけながら、頑張っていくのがひとつの夢ですかね。

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以上、大和田さんのインタビューでした。

 

「105歳まで生きて、福島第一原発の廃炉を見届けたい」と語っていた大和田さん。それまでに廃炉が終わっているという見通しがあるわけではありませんが、その夢を人生の目標に掲げる姿に、歴史的な事故を伝えた当事者としての強い思いを感じました。

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この1週間、以下のラインナップでお届けしていきます。

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大和田さん、ありがとうございました
(真ん中は、一緒に取材し、撮影を担当した前橋局の八重樫チーフディレクター)。

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投稿者:川崎寛司 | 投稿時間:11:33 | カテゴリ:川崎寛司 | 固定リンク

2021年03月10日 (水)目指せB1昇格 群馬クレインサンダーズ(大森 華子)


 

2月22日の「ほっとスポーツ」では、プロバスケットボールBリーグ2部、B2群馬クレインサンダーズをご紹介しました。
今回、クレインサンダーズを取材して一番印象的だったのが、ブースター(=バスケットボールファンに対する呼称)の皆さんの【サンダーズ愛】でした。

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「応援」という言葉は、私の好きな言葉の一つです。
だれかがひたむきに頑張る姿を応援することで、自分の中にも前向きな気持ちが生まれますよね。

試合会場では、サンダーズのブースターの皆さんに「チームの魅力」を取材させていただきました。
かっこいいプレーに感動されるのはもちろんですが、コート上だけでなく、ベンチの選手やコート外でのしぐさなど、選手一人ひとりの内面に秘めた魅力など細かい部分まで見ているんだなと感じました。
また、チームの話をされるブースターの皆さんは、とても明るく頼もしく、放送では伝えきれないたくさんのお話を伺うことができました。ご協力、本当に感謝いたします。

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選手と観客、それに会場の一体感にも驚かされました。
コートと観客の距離も近いですし、チームとともに喜び、みんなで興奮し、気付けば両隣の全く知らない観客とも仲良くなってしまいます。これもスポーツ観戦の魅力ですよね!

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新型コロナウイルスの影響で、現在、声を出しての観戦はできませんが、音楽に合わせて手拍子をしたり、オリジナルグッズを掲げたりして必死に応援されていました。
このようなブースターの皆さんの思いが選手を後押ししているのだと改めて実感しました。

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迫力満点なダンクシュートや懸命にボールを追う選手の姿は、胸が熱くなるような興奮やスカッとするような爽快感があります!
まだ、間近で試合を見たことがない県民の皆さん、ぜひブースターの皆さんと一緒に感動を味わってみませんか。楽しいですよ~。

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投稿者:大森華子 | 投稿時間:10:50 | カテゴリ:大森華子 | 固定リンク

2021年03月10日 (水)これが群馬の"いいカンジ"⑥"階段ひな人形"に込めた思い(川崎 寛司)



皆さん、こんにちは。
3月3日(水)の『ほっとぐんま630』で放送した『これが群馬の“いいカンジ”』。
6回目のこの日の話題は、ひな祭り

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ですが、ただのひな人形ではありません。飾られているのは、階段なんです。
階段を使ったひな人形7段飾りです。

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この“階段ひな飾り”は、高崎市の和食店『つかさ』の1階から2階に上がる階段に飾られています。

なぜ、階段にひな人形を?
店主の後閑泰司さんは「2階は宴会場ですが、新型コロナウィルスの影響で、この1年、2階を使ったのはたったの1回だけ。階段が寂しくて殺風景だったので、ひな人形を飾ってみました。お客さんからの評判も上々です」と話してくださいました。

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このひな人形、16年ぶりに飾られたそうです。つまり、16年間、この箱に入っていました(箱はその一部です)。

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そして、久しぶりに開けたひな人形の箱からは、ひな人形と一緒に、16年前は小学校3年生だった子どもさんの国語のテストが出てきたそうです。

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後閑さんは、「この16年、桃の節句をお祝いできないほど忙しく働いてきました。でも今は、その忙しさがコロナの影響でなくなってしまいました。営業時間の短縮要請も解除されたので、これから、また家族と一緒に、店の“再生”に向けて頑張っていきます」と話していらっしゃいました。

私たちも、応援しています。
コロナ禍でも前を向いて頑張ろうという思いがこもった後閑さんの“階段ひな飾り”は、“いいカンジ”でした。

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後閑さん、妻の幸子さん、ありがとうございました。

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ちなみに、後閑さんは、先月・2月の“いいカンジ”の放送をご覧になられて、NHKに投稿を送って頂きました。“いいカンジ”の投稿をいただいた方のところに伺って生中継をさせて頂いたのは、今回が初めてでした。私自身もこうした双方向のやりとりが放送で実現でき、とってもうれしいです。今後も投稿をいただいた方のもとに伺って、県内の“いいカンジ”を発信したいと思います。

番組ではあなたの“いいカンジ”を募集しています。
投稿はこちらから。

 

投稿者:川崎寛司 | 投稿時間:10:00 | カテゴリ:川崎寛司 | 固定リンク


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