2021年03月11日 (木)震災10年インタビュー① 「"節目"なんかない(大和田 新さん)」(川崎 寛司)


 

東日本大震災の発生から3月11日で10年。
『ほっとぐんま630』では、3月5日(金)から1週間、群馬のお隣、福島に、最前線で向き合ってきた人たちのインタビューをお届けしています。
テーマは「福島をつなげよう」
去年秋まで福島放送局で勤務し、震災や原発事故の取材を担当していた私が福島へ伺い、お話を聞きました。

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第1回は、大和田新さん
福島の地元ラジオ局『ラジオ福島』のアナウンサーとして、巨大地震と津波、そして東京電力福島第一原子力発電所の事故というさまざまな危機に直面した福島で、刻一刻と変わる情報を伝え続けました。

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緊迫する局面にどんな思いでマイクに向かっていたのか。
アナウンサーの大先輩である大和田さんにぜひ聞いてみたいと思っていたところ、今回、震災から10年の機会に伺うことができました。改めて気づかされたのは、まだ、“この災害は終わっていない”ということでした。

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以下に、大和田さんのインタビューの一部を記させていただきます。

 

私たちメディアは、「震災から10年ですね」と、ひとつの“節目”的な表現が非常に多くなってくる。でもいろんな方に話を聞いてみると、「決して“節目”なんかないな」というのが現実なんですね。

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道路が通れるようになった、堤防ができた、新しい医療施設ができた、学校ができた・・・、確かにうれしいですよね。でもそれは、「復興じゃなくて復旧だな」という感じがしますね。本当の復興って、やっぱり、家族を亡くした人たちが、その人たちの分まで一歩前に進んで頑張ろうと思った時に、初めてね、復興なんじゃないかな。心の問題なんじゃないかなって。

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(川崎)大和田さんはこれからどんなことを伝えていきたいですか?
震災から3年くらい経った時に、ある高校で講演をして帰ろうとしていると、その高校の男子生徒が、「大和田さん、将来の夢って何ですか」って聞いてきたんですね。「俺、来年、『ラジオ福島』を退職するし、その後は健康で長生きかな」と言ったら、その男子生徒はニヤッとして、「将来の夢を語れない大人ってカッコ悪いですよ」って言っていたんですね。「やられたな」と・・・。夢を尋ねてきたのに、自分の夢をちゃんと答えられないっていうね。

その出来事があってから、今後、「将来の夢は何ですか」って聞かれた時は「原発の廃炉を見届ける」と言うようになったんです。あと40年ですよね。50年になるかもしれません。40年だと、私105歳なんですね。だからあと40年、原発の廃炉をちゃんと見届けられるような健康管理を自分でしていく。だから、若者たちに負の遺産を押し付けるんじゃなくて、一緒に原発の廃炉を見届けるぐらい、こっちも健康に気をつけながら、頑張っていくのがひとつの夢ですかね。

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以上、大和田さんのインタビューでした。

 

「105歳まで生きて、福島第一原発の廃炉を見届けたい」と語っていた大和田さん。それまでに廃炉が終わっているという見通しがあるわけではありませんが、その夢を人生の目標に掲げる姿に、歴史的な事故を伝えた当事者としての強い思いを感じました。

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この1週間、以下のラインナップでお届けしていきます。

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大和田さん、ありがとうございました
(真ん中は、一緒に取材し、撮影を担当した前橋局の八重樫チーフディレクター)。

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投稿者:川崎寛司 | 投稿時間:11:33

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