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京都アニメーション放火事件 亡き友が残した物語を小説に

  • 2024年01月24日

「なんだか5人が動きたがっているような気がする」そのキャラクターは、亡くなった京アニの監督が残したものでした。再び動き出した物語に込められた思いとは。

(京都放送局 記者 福原健)

「もう1人の作者」の存在

去年11月に京都アニメーションから出版された小説「MOON FIGHTERS!」。宇宙旅行ができるようになった未来、月面で救助隊として働く5人のキャラクターがトラブルに立ち向かいながら絆を深める物語です。
 

執筆した作家、賀東招二さんは、これまで小説「フルメタル・パニック!」などの数々のヒット作を手がけてきました。その賀東さんが、小説のあとがきのほとんどを使って明らかにしたのが、「もう1人の作者」、京都アニメーションの人気監督だった武本康弘さんの存在です。

武本監督“よりよいものを”

事件で亡くなった武本さんは、賀東さんと15年以上にわたってタッグを組んできました。武本さんが監督としてアイデアを出し、賀東さんは脚本家としてそれを具体化する関係です。よく手がけたのはコメディ作品だったといいます。

(賀東さん)
「ギャグがすごくうまかったですね。オタク友だちといたずらを一緒にやってるという感覚で、とにかくすごいものをつくって、面白いものをつくって、『いい感じじゃない?』と発表するのが楽しかったです」

一方で、よいものをつくるためには妥協はしないという厳しい一面もありました。
あるときはキャラクターのセリフに納得がいかず、ふだん3、4回のやりとりでできあがる脚本が8回やりとりしてもなお完成しなかったこともあるといいます。

(賀東さん)
「『どうしても納得いかない』と言われ、毎週毎週書き直しては『これはどう?』『これも違う』の繰り返し。『どうしたらいいんだ』と聞くと『わからない』と返され、内容が固まった後でさえ『ごめん、その後自分で書き直した』と言われました」

武本監督「初」のオリジナル作品

アニメ作品の舞台あいさつする2人

2人が最後にタッグを組んだのは、2019年のことでした。
武本監督は、それまではすでにある原作をアニメ化していましたが、はじめてみずからストーリーを考えるオリジナル作品を手がけることになったといいます。

(賀東さん)
「ストーリーは、町の消防士さんの話でした。武本さんは、心に傷を持った主人公が立ち直っていく過程を描きたいと言っていて、そういうドラマを描きたかったのだと思います。あとは男どうしの友情みたいなものも描きたいと言っていました」

2人は毎月1回、京都アニメーションの第1スタジオで打ち合わせを重ねてきました。
武本さんは、作品に登場する5人の消防士のキャラクターをみずから描き、構成を練っていたといいます。
最後の打ち合わせは事件の1か月前で、終わったあとはいつものようにスタジオの近くでお酒を飲み、子育て談義に花咲かせました。

(賀東さん)
「互いの子どもがほぼ同じ年で、僕は保育園を見つけるのが大変だとか、子どもがアニメを見ず動画投稿サイトばかり見ていることを嘆いていた記憶があります。あとは僕らが好きなおもちゃの話だとか、本当にたわいのない話ばかりして『じゃあ』と言って別れました」

「動きたがっている」思わぬ言葉

事件直後、賀東さんが武本さんに実際に送ったメッセージ

賀東さんはあの日、事件の発生を知ってすぐに武本さんにメッセージを送りました。
しかし、返事が返ってくることはありませんでした。
“作者”を失い、企画は中止になりました。

もうどうにもならない、そう思っていた賀東さんでしたが、事件後に京都アニメーションで思わぬ言葉を聞きました。

(賀東さん)
「武本さんの同僚が『なんだかこの5人が、動きたがっているような気がして』と言ってくれて、それがすごく胸にくるものがありました。武本さんの考えた5人のキャラクターがお蔵入りになってしまうのは寂しい。5人を動すことができるのは自分しかいないと思いました」

再び動き出した物語

賀東さんは小説にすることを決め、物語は再び動き始めました。
手がかりにしたのは、武本さんが何枚も残していた漫画調のイラスト。そこにはたくさんのシーンが描かれていました。
消防士という設定を月面の救助隊員に変えるなどアレンジは加えていますが、キャラクターの名前やシーンはそのまま残しました。
 

MOON FIGHTERS!より

5人のキャラクターの名前は、▽「真朱(まそほ)」、▽「葡萄染(えびぞめ)」、▽「常盤(ときわ)」、▽「刈安(かりやす)」、▽「群青(ぐんじょう)」とすべて色の名前です。

いずれも武本さんが考えたもので、「アニメにした際にカラフルに見栄えがする方向で考えていたんだと思う」と賀東さんは想像していました。
 

MOON FIGHTERS!より

このシーンでは、水鉄砲を使って上司のたばこの火を消す救助隊員が描かれています。
これも反射的に火を消してしまうという武本さんが考えた消防士のキャラクターが元となっています。
賀東さんはこうした設定を残すことにこだわりました。

(賀東さん)
「キャラクターというのは、作者の考えが絶対に出てくる。それを残すということは、亡くなった武本さんの意識のかけらをつなぎあわせることになる。武本さんが考えた“純正”に一番近いキャラクターを残すことができたら、物事がプラスになるんじゃないかという思いがありました」

「見ててくれ」友への誓い

事件では武本さんをはじめとした多くの才能が失われました。
亡くなったアニメーターたちに思いを寄せながら、賀東さんは作品を出し続けていく決意です。

(賀東さん)
「もっといろんなものを生み出せたんですよね、あの人たちは。無念としかいいようがない。武本さんは『大変だからもう書くのはやめてくれ』と言うだろうけど、そこは『頑張ってやるから、見ててくれ』という感じです」

未完のオリジナル作品が形を変えて生まれた小説。
その中で、思いを背負った5人のキャラクターたちは輝いています。

取材後記

「息子が生前、賀東さんと構想していたものが出版されてね」。 
きっかけは武本さんのご両親のひと言でした。
小説を一気に読み進めたあとであとがきを読み、「武本さんが残したものと賀東さんが継いだ思いを伝えたい」と思いました。
「監督のオーラとか全然なかったですね」と笑いながら人柄を振り返る賀東さんの様子を見て、2人の関係性がすぐに想像できました。同時に、この2人だからこそ生み出せたものがあり、今回も生み出すはずだったのだと強く感じました。
小説が生まれたことも、小説のきっかけとなった「5人が動きたがっている」という言葉も、関わった人たちの心の中に、亡くなった武本さんが確かに存在している証しだと思います。
賀東さんが「作品は亡くなったあとにも残る。武本さんが新たに残す作品があってもいい」と話していたことが印象に残っています。
武本さんのお母さんは、「小説のキャラクターの名前は息子が考えたものだということで、うれしいし、息子も喜んでいると思います。事件がなかったらオリジナル作品が完成していたのだと思うと残念ですが、小説にしてもらい感謝しかありません。続きも読んでみたいです」と話していました。
2人のタッグが生み出す物語の続きを、これからも追いたいと思います。

  • 福原健

    京都放送局 記者

    福原健

    2018年入局
    警察・司法を担当
    初任地の福岡局を経て去年から京都局

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