熊本地震のリアル 女性たちの熊本地震
“お母さん、仕事辞めて…” 仕事か家庭か “ママ看護師”たちの苦悩

「お母さん、仕事辞めて」
突然、子どもからこんな言葉を投げかけられたら、あなたならどうしますか?
もし、思いがけない出来事で「仕事」か「子ども」か、どちらかを優先させなければならないとしたら・・・。
実は今、熊本ではそんな葛藤を抱える「働くお母さん」が少なくありません。

「″もう阿蘇に行かないで″ 娘のひと言が決定打 」

「決定打は子どもに言われた『もう阿蘇に行かないで』の一言。
子どもを見るのは私しかいないから」
こう話すのは、看護師の山脇理恵さん(仮名)35歳。
おととしの熊本地震のあと、勤めていた阿蘇市の病院を辞めました。
当時、山脇さんは、保育園に通う5歳と小学2年生の2人の娘の子育てをしながら、仕事に励む「働くお母さん」
結婚後にこの病院で働き始め、やりがいを感じていました。
地域の中核病院であり、救急医療から透析や介護の専門施設、さらには、がん患者向けの病棟など、地域の患者に密接に関わることができ、様々な経験を積めると、山脇さんは期待していました。
「いろんな病気の患者さんが来るので、看護師として学べることが多くこのまま働き続けたいと思っていました」

しかし、山脇さんの思いは打ち砕かれます。


夢だった看護師の仕事 地震で“母の役割”との葛藤が…

「離職の決断 ″子どもに怖い思いさせてまでも…″」

山脇さんの自宅から職場までは、通常、30分あまり。 それが熊本地震で一変しました。
通勤ルートの橋が崩落したため大渋滞の迂回路を通るしかなく、子どもを保育園に預けるのは早朝に。
職員も被災した影響で残業も頻繁になり仕事後、保育園に迎えに行くのはいつも最後でした。
加えて、公務員の夫は災害関連の業務のためほとんど家を留守に。
とても「家事」や「子育て」を手伝ってほしいと言える状況ではありませんでした。
そして、子どもは留守番の時間が増えると「地震が怖い」と怖がるようになりました。
「子どもたちに怖い思いをさせてまでも、今の職場じゃないといけないのかな…」
山脇さんは数か月の間、悩み続けました。
その間も地震の影響で仕事量は急増。
残業や夜勤勤務などで帰りは遅くなり、子どもと話す時間も減っていきました。
そんなある日。いつものように仕事に出かける時でした。

「お母さん、阿蘇に行かないで」

いつも留守番をがんばってくれていた娘が訴えてきたといいます。
「夫の実家に協力してもらいながらなんとかやっていたつもりだったのですが。
無理させていたんですよね。さすがにもう限界かなと思いました」

山脇さんは辞職を申し出ました。
職場も地震後の混乱を抜けきれない中で、苦渋の決断だったといいます。


熊本地震から2年 影響は依然地域に、そして家庭にも…

山脇さんのように、地震の影響で1年以内に離職した看護師は県内で216人。
全体のおよそ3割、62人が阿蘇地域です。
阿蘇地域の病院の看護師、およそ7人に1人が離職したことになります。

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