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最後の琵琶法師 山鹿良之

  • 2024年01月31日

 

山鹿良之 愛用の琵琶

かつて、九州では、視覚に障害がある僧が、新築祝いなどに呼ばれ、琵琶を弾きながら、仏教の経文を唱えたり、物語を語ったりする風習がありました。その担い手として明治から平成まで生き、「最後の琵琶法師」と呼ばれた山鹿良之(やましか・よしゆき)氏の回顧展が熊本県山鹿市で開かれています。歴史上で語られてきた琵琶法師とは、どういった存在だったのか、せまりました。

“最後の琵琶法師” 山鹿良之の回顧展

「最後の琵琶法師」こと、山鹿良之(1901ー1996)。95年の生涯を琵琶一筋に生き、芸能者、宗教者として庶民に親しまれてきました。山鹿市立博物館では、肥後琵琶が国の無形文化財に選択されてから50年を迎えたことを記念して、山鹿氏の回顧展が開かれています。(開催期間:2023年10月22日~2024年2月25日)

“最後の琵琶法師”こと 山鹿良之 南関町教育委員会所蔵
肥後琵琶 最後の琵琶法師 山鹿良之の世界展(山鹿市立博物館)

九州で残った琵琶の語り芸

山鹿良之は、1901年(明治34年)熊本県南関町に誕生しました。少年の頃、眼病にかかって視力のほとんどを失い、成人してから天草の琵琶奏者に師事するも、数年で別れ独立します。以後、筑後地方や熊本県北部の各家をまわっては琵琶を披露する「門付け」をはじめました。

琵琶とともに各家を回った山鹿氏
山鹿市教育委員会所蔵

九州地方では、家の新築祝いのさいに行われる「わたまし」や、かまどを壊すさいに行われる「かまど払い」といった神事に、盲僧や琵琶奏者が呼ばれ、琵琶とともにお経を唱えたり、さまざまな物語を語ったりする風習が遅くまで残っていました。山鹿氏は、亡くなる平成のはじめ頃までこうした活動を続けてきました。NHKが1986年に記録した山鹿氏のドキュメンタリーでは、新築祝いの席に呼ばれた山鹿氏が、家主や近所の人々を前に、琵琶を弾きながらお経や軍記物と呼ばれる物語を語る様子が収められています。「琵琶法師」が庶民の中に根づいていたことがうかがえます。

新築祝い「わたまし」神事(祭壇の奥に山鹿氏)
1986年6月放送「土にうたう」から
宴席では合戦ものを披露
1986年6月放送「土にうたう」から

口承の芸 膨大な演目

山鹿氏の語る演目は、かつて筑後地方で活動していた盲僧や、琵琶奏者から口伝えで受け継いだといいます。山鹿氏の持っていた演目のうち、「段物」と呼ばれる物語は、浄瑠璃の古い形が色濃く残されていました。段物は、一段(一章)が20分から40分ぐらいで、それが5~7段ほど続く長編の物語が多く、時には6時間もかけて語られるものもありました。生前の山鹿氏の家に7年間にわたって通い、聞き書きをしたのは、当時、山鹿市職員だった木村理郎さん(75)です。山鹿氏が語る中世の物語の数々は広大で面白く、木村さんはどんどん引き込まれていったといいます。木村さんの家には、山鹿氏の演奏と語りを収めたカセットテープが100本以上残されていますが、山鹿氏の膨大な演目すべてを記録することは、ついには出来なかったといいます。

山鹿氏を記録してきた木村理郎さん
自宅には山鹿氏演奏の録音テープ
木村理郎さん

一段が長くて40分くらいそれが8段も続く、それが山鹿さんの頭の中に全部入っていたというのはすごいなと、書き取りをしてみるとわかるんですね。

在野の芸 花開く

琵琶奏者の多くは、戦時中から戦後にかけて、しんきゅう師などに次々と職を変えていきました。山鹿氏の暮らしは貧しく、わずかな畑を耕しながら自給自足に近い生活を送り、5人の子どもを次々に亡くすなど、不幸にも見舞われます。それでも山鹿氏は琵琶を手放さず、人々の求めに応じて琵琶を弾き続けました。素朴で力強く、時にむせび泣くような山鹿氏の琵琶と語りは、聞く者の心を激しく揺さぶり、次第に世にも認められるようになりました。そしてついに昭和48年に山鹿氏と肥後琵琶は、ほかの継承者とともに国の無形文化財に選択されました。

暮らし向きは自給自足に近かった
山鹿市教育委員会所蔵
南関町教育委員会所蔵

木村さんは、最後まで琵琶弾きとして生きた山鹿氏は、豊かな文学の世界を頭の中に持っていた稀有な芸能者だったといい、在野の中に伝わってきた芸の地位を大きく高めた功績者だと評価します。

山鹿氏の妻 木村理郎さん 山鹿良之氏
1982年頃
木村理郎さん

山鹿さんは酒を飲むと、いつも大きな声で『俺がもらったのではない、琵琶弾きさんの代表としてもらったんだ』話していました。琵琶そのものが評価されたことが一番うれしかったんだと思います。

山鹿の精神を受け継ぐ人

晩年の山鹿氏に7年にわたって師事したのは、後藤昭子さん(70)です。熊本市の教師だった後藤さんは、山鹿氏の琵琶と語りに聞いたことがない新鮮さを覚え、山鹿氏のもとへ通いました。NHKのドキュメンタリーでは、当時30代だった後藤さんが、山鹿氏の琵琶と語りを聞きながら、演奏する稽古をとらえていました。後藤さんが山鹿氏からよく言われたことは、「登場人物がどういうことを訴えているのか、その心情まで分からないと語れないよ」だったといいます。後藤さんは、当時は覚えるのに必死で、そこまで頭が回らなかったといいます。しかし、自分も年を重ねてきて、山鹿氏が物語を通して伝えたかった「人間の業」や「救い」の世界が、ようやくわかり始めてきたと話します。

山鹿氏に習う後藤昭子さん(右)
1986年6月放送「土にうたう」から
肥後琵琶奏者 後藤昭子さん
後藤昭子さん

山鹿さんのとても足下には及ばないが、少しでも後世に残していくため、書き起こしをして、演奏を続けていきたいです。

平成のはじめまで、琵琶と語りをなりわいとして生きた「最後の琵琶法師」山鹿良之氏。その芸の記憶は今も色あせません。

動画はこちら

  • 福山孝幸

    熊本局・カメラマン

    福山孝幸

    カメラマン歴25年
    地域の話題が好き

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