熊本の若手“植物博士”の「標本作り」や「植物採集」に密着
- 2023年09月19日
朝ドラ「らんまん」のモデルの植物学者・牧野富太郎。
熊本大学薬学部の前身の熊本薬学専門学校で講演を行ったこともあります。
いま、その熊本大学薬学部の薬草園には、牧野博士と同じように標本を作り、植物採集に励む若手の“植物博士”がいます。どんな風に活動をされているのか、取材しました。
(NHK熊本放送局アナウンサー・石井隆広)
自由に見学可能な薬用植物園
突然ですが、高さ2メートルほどのこちらの植物。なんだと思いますか?

実の中には、おなじみのゴマ。 通便や強壮、肌を潤す作用があるなど、実は薬用植物です。

熊本大学薬学部のキャンパスに広がる薬用植物園。
自由に見学でき、薬用植物を中心に約2000種が栽培されています。
普段は学生の授業や研究に活用されています。
昭和初期、熊本薬学専門学校の時代には、植物学者の牧野富太郎も訪れたと言われています。

この薬草園を管理しているのが熊本大学の渡邊将人さん(38)です。

渡邊さんに薬草園を案内してもらい、ある薬用植物を紹介してもらいました。

センブリ、初めて見ました。こんな形をしていたんですね。
「かじってみて」と言われたので、かじると・・・。


・・・とっても苦いです。
センブリ茶としてもおなじみですが、生のセンブリもなかなか強烈でした。

「この苦みが胃腸の働きをよくして、食欲不振とかそういったのに昔から薬として使われていますね」
ちなみにこのセンブリ。学名には「Makino」の文字。牧野博士が名づけに携わりました。

渡邊さんは、他県の大学の農学部を卒業後、大学院生の頃からこの薬草園の管理に携わり始めます。
当初1000種に満たなかった植物を約2000種にまで拡大させ、薬草園を充実させてきました。その中で植物の魅力にとりつかれ、今では休日も植物採集に出かけています。
さらに、薬草園内の薬用植物の情報を公開するデータベースも整備し、ホームページで公開。日々、薬用植物の魅力を広く伝えています。

「よく趣味を仕事にしていいよねって言われるんですけど、仕事が趣味になったという方が正しいですね」
標本作りに密着!その目的とは?
薬草園の管理と共に力を入れているのが標本作りです。


「集中して楽しいですね。没頭できるので」
自ら採集してきた植物を新聞紙で挟んでいきます。そして、その新聞紙を毎日取り替えます。



新聞紙を取り替えたら、重しを乗せます。
「一週間この作業を繰り返せば、大体の植物は乾燥して標本と呼べる状態になります」
しっかり乾燥させることが大事だそうです。
渡邊さんがこれまで作った標本はなんと約2万点。県内各地を巡り、12年かけて集めてきました。
ここにあるものもほんの一部です。(※標本は非公開です)

貴重なものも見せてもらいました。

「ヒゴカナワラビっていう植物があるんですけども、これ日本で熊本にしかないシダ植物なんですね。3年前になりますかね。人吉の豪雨災害、あれの災害で現在もうほとんど生育地が流されて、今はほとんど絶滅状態だと思われているシダ植物です」
標本にすることで、細部まで間近に観察することができ、ごく小さな特徴や年代による生育環境の変化もつかめると言います。


「こうやって標本に残しておくことで、そこに将来的になくなったとしても、その時代には確かにその植物があったんだなということが標本を通して知ることができます」
植物採集にも密着!そこで見えてきたものとは?
もうひとつ、渡邊さんが力を入れているのが、貴重な植物の保全活動です。
この日は、上天草市へ向かいました。
私も同行しましたが、その場所は耕作放棄地でした。
土地の所有者によると、コメの栽培をやめてから10年ほど経っている場所だということです。
今はたくさんの植物が生い茂る湿地になっていました。

一般的に耕作放棄地が増えることで、植物の生育環境が変化し、これまで見られていた植物は徐々に数を減らし、絶滅していくこともあります。

渡邊さんと共にお目当ての植物を目指し、湿地の奥深くまで進みます。

ひざ下までぬかるみにハマりながら、ズンズン進む渡邊さん。

そして、渡邊さんが、お目当ての植物を発見します。
「あった! これがホザキキカシグサという植物です」

熊本県のレッドデータブックに記載されている絶滅危惧種です。
私も間近で見ましたが、小さな葉っぱがとってもかわいらしかったです。
5月~6月には可憐な花も咲かせるといいます。
しかし、渡邊さんによると・・・。

「こういう小さい植物は周りが草刈りとかがされなくなると、背が高い草に負けてしまって、日が当たらなくなって、いずれ消失、なくなる運命にあります」
誰もが知っている植物ではありませんが、このように人知れず絶滅していく植物も少なくありません。渡邊さんはこの「ホザキキカシグサ」の保全のため、許可をとって採集を行い、薬草園で育てることにしました。


そして、さっそく新聞紙に挟んで、標本としても記録していました。
これが、この地に「ホザキキカシグサ」が自生していたことを証明することになります。
渡邊さんはこれからも熊本の植物の調査や保全に力を入れていく覚悟です。

「いまこの瞬間もどんどん生育環境が悪化している熊本の植物を調べて、標本を残して後世に現代の熊本の植物を残しておくというのが私の使命かと思っています」
牧野博士の頃は、名前もなき植物を明らかにするための調査や標本作りでしたが、今は絶滅していく植物を後世に残すという役割もあるのだと取材を通して感じました。
また、渡邊さんによると、暑さが厳しかった今年は枯れる植物も例年に比べて多かったということです。
薬草園は誰でも自由に見学でき、市民向けの観察会も予定しているそうです。