ページの本文へ

NHK熊本WEB特集 クマガジン

  1. NHK熊本
  2. 熊本WEB特集 クマガジン
  3. 震災遺構ガイド 校舎から消えた笑顔 亡き教え子胸に語る授業

震災遺構ガイド 校舎から消えた笑顔 亡き教え子胸に語る授業

熊本地震7年 南阿蘇村
  • 2023年04月14日

一夜にして日常が一変した7年前の熊本地震。
 
南阿蘇村の震災遺構「旧東海大学阿蘇キャンパス」では思い出の教室や学生たちの憩いの場も大きく被害を受け、校舎からは笑い声が消えました。 

「学生からもらった楽しい時間への“恩返し”」 
被災から7年が経過するなか、ガイドとしてキャンパスに立ち、いまも“授業”を続ける1人の“先生”がいました。

(阿蘇支局・北条与絵記者)

震災遺構で語り続ける“先生”

南阿蘇村の藤本誠司さん(76)
熊本地震の震災遺構「旧東海大学阿蘇キャンパス」でガイドをしています。

自作の地層などの模型を使ったわかりやすい説明が好評で多くの見学客の案内をしています。

藤本さん
「校舎には大きな図書館や先生たちの部屋、それに3階は大講義室がありました。阿蘇が好き、花が好き、動物が好きで全国から集まってきていた学生の話もしたいです

日常が一変した 7年前の熊本地震

2016年7月

藤本さんは地震が起きるまで、この校舎で、理科の教員を育てる先生を務めていました。

しかし7年前、その日常が一夜にして一変しました。

地震によって思い出の教室も学生たちの憩いの場も大きく被災。校舎から笑い声が消えました。
 

当時は800人から1000人ほどの学生がいて、サークル活動ではギターをひいたり、いろいろなレクリエーションをしたりしていました。それがいまは1人もいないですから本当にさみしいです。

亡き教え子の思い出を胸に

藤本さんは、ガイドをするとき、“桜島の火山灰”を大事に持ち続けています。地震で亡くなった鹿児島県出身の教え子が、前の年、授業のために持ってきてくれたものだといいます。

『中学校の理科の先生になりたい』と夢を持ち、熱心で真面目だったその学生を、藤本さんはとてもかわいがっていました。

藤本さん
「夏休み明けに袋一杯もってきてくれて。こんなにいっぱい持ってきてって内心おもったけどね。きちんと持ってきてくれたんだなとうれしかったです。

面白い理科の授業をこの子はしてくれると思っていました。絶対立派な先生になっていた。形見というと大げさだけど、これを見ると思い出す。頑張るというか、まあ、そう力むわけじゃないけどね」

学生にもらった時間への“恩返し”

藤本さんは、大学を退職した後、3年前に震災遺構ガイドの初期メンバーとして再出発しました。

大事にしているのは、学生たちからもらった楽しい時間への“恩返し”の思いだといいます。

ここの学生は頑張っていましたからあなたも頑張ってね。今を大事にしてくださいと伝えます。

青春の今が一番美しい。何でも頭に入っていく時。“今ですよ”って話をします。

思い出の地 新施設がオープンへ

完成予想図

この夏、学生たちとの思い出が残るこの場所に熊本地震を伝える新たな展示施設がオープンします。

可能性のあふれる新たな施設に、藤本さんの「先生」としての血が騒いでいます。教育旅行で訪れる子どもたちにワークショップがしたいと考えているのです。
 

こちらから一方的に説明するのではなくて、子どもが体験、また確認することによって防災の知識を増やしていく。そういうことをさせたいですよね。

藤本さんは、その時に備えて手作りの“実験装置”を準備しています。子どもたちが簡単に作ることができる耐震補強の重要さを伝えられる模型です。
 

おもちゃですけど地震の波をつくることができます。東海大学も“筋交い”がきちんと入っているところは建物が大丈夫だったんです。こどもたちと一緒に作りたいですね。

“大学”から“教訓”伝える場へ

かつてのキャンパスから姿を変えていくこの場所で、藤本さんはこれからも変わらずに“授業”を続けたいと願っています。

藤本さん
「ここでいろいろな地震や防災の話をしたいです。学生の話をするのは、いまの私の生きがいなんです。たくさんの人たちが博物館を訪れて校舎を見る。校舎を見て博物館を訪れる。それがどんどん増えて防災教育が進むことを願ってます」

  • 北条与絵

    阿蘇支局・記者

    北条与絵

    平成31年入局
    熊本初任地
    熊本市政担当後、阿蘇支局2年目。阿蘇の大自然を駆け回るのが大好き。

ページトップに戻る