ページの本文へ

NHK熊本WEB特集 クマガジン

  1. NHK熊本
  2. 熊本WEB特集 クマガジン
  3. 熊本地震 4歳で命を落とした娘に誓う"家族の約束" 合志市

熊本地震 4歳で命を落とした娘に誓う"家族の約束" 合志市

被災地からの声 遺族の証言
  • 2023年04月14日

災害関連死を含め熊本県内で273人が犠牲となった熊本地震から7年。
「頑張ったね」と言ってもらいたい。
最愛の娘を亡くし、悲しみと向き合い続けてきた熊本県合志市の遺族の証言です。

娘との思い出が詰まったリビング

熊本県合志市に住む宮﨑さくらさん。
家族で暮らすリビングルームには7年前、熊本地震のさなかに亡くなった次女の写真やおもちゃで埋め尽くされています。

宮﨑さくらさん
写真も貼れるものがどんどん少なくなっていますが、いまでも誕生日にどこかへ行ったときにプレゼントなどを買うのでどんどん増えています。

入院中に発生した熊本地震

宮﨑さんの次女、花梨ちゃん(当時4歳)は生まれつき重い心臓の病気を患い、入退院を繰り返していました。 

「退院したら一緒に遊ぼうね」
「おもちゃでいっぱい遊ぼうね」

闘病生活が続き、3度目の手術を終えた矢先、熊本地震に襲われました。

病棟が倒壊する恐れがあるということで、福岡市の病院に搬送されることになりました。

病院の状況から早くどこかに避難させたいけど動かしたら危ないと。

先生が必ず連れて行きますと言ってもらえたからそれを私たちはもう信じるだけでした。

花梨が出ればみんな避難できる 。お医者さんも看護師さんもみんな安全な所に逃げられるから。

とにかく花梨もみんな無事で早く避難して欲しかったです。

しかし、搬送先に到着後に容態は急変。

花梨ちゃんは5日後に息を引き取りました。

“前向きな気持ち”抱き続けた罪悪感

姉妹のツーショット
ランドセルを背負ってほほえむ花梨ちゃん

宮﨑さんは、 我が子を失ってからずっと前向きな気持ちになることに“罪悪感”を抱き続けたといいます。

前を向くと言うか。そういうことをしたら『花梨に悪い』って思っていたところがやっぱりありました。

どうしても変わることがすごく怖かったです。

楽しいことをしたり、あれこれやってみたりしようという『前向きな気持ち』になることが、子どもを亡くした親としてすごく罪悪感がありました。

地震から7年 小さな心境の変化

11回目の誕生日を祝ったボード

熊本地震から7年。
そんな心境に少しずつ変化が生まれています。

誕生した時の動画を見ると以前は泣いて見られなかったのですが、
今は泣きながら笑いながら『この時、面白かったね』と言って話しながら見ることもできるようになりました。

やっぱりずっと悲しいのは悲しいんですよ。もちろん。

『前向き』と言われると『いやそうじゃないんです』って言おうとしてる自分がいたことを最近やっと受け入れられるようになりました。

もう変わって当たり前。生きているから。それも普通のことなんだって自分で思えるようになりました。

“つらい”って話せる場所を

花梨ちゃんの写真とともに講演に臨んだ

少しずつ活動の幅を広げ始めている宮﨑さん。
去年11月、子どもを亡くした家族でつくる団体の講演会に参加し、自身の体験を初めて講演会の場で語りました。

我が子を亡くした親と語り合う場を広げていきたいと考えています。

講演会のタイトルは「今も一緒に生きている」

わかってくれる人、聞いてくれる人が一人いるだけですごく救われます。

孤独じゃないということは、すごく力強いです。

『どうやったってつらいんだよね』って話ができる場所があるということを知ってほしいです。

今、自分が何でここにいるのか

宮﨑さんはいまでも週に1度、当時、花梨ちゃんが入院していた熊本市民病院を訪れています。

「花梨ちゃんを忘れまい」と病院が作った“花壇”を手入れするためです。

やっぱりここに来ると地震のこともそうですけど。いいこともたくさんあったし、支えてくださった方のことも改めて思うこともできます。

私にとってここで過ごす時間はすごく大切なんです。

今、自分が何でここにいるのか振り返り、しっかり考え、向き合う時間になっています

“頑張ったね”と言ってもらえるよう

 宮﨑家には“家族で誓った約束”があるといいます。

宮﨑さん

亡くなった時にみんなでお約束をしたというか話したことです。向こうに(花梨のところへ)行った時に花梨に『よく頑張ったね』と言ってもらえる生き方をしようねって。

それを目指して精一杯生きる、それだけです。

動画はこちら

ページトップに戻る