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「鞠智城」に行ってみました!

歴史大好き!時川莉野 が熊本県内をかけまわる企画(仮)
  • 2023年03月09日

みなさん、「鞠智(きくち)城」ってご存じですか?

およそ1350年前の飛鳥時代に築かれた古代の山城で、かつては久々知の城(くくちのき)と呼ばれていました。現在では「歴史公園 鞠智城」として整備されています。

この公園は国の史跡にも指定されているんですよ。

実は歴史好きの私、時川莉野(ときがわ・りの)が、この鞠智城に行ってみました!

 

現在の菊池市と山鹿市にまたがるあたり、熊本市の中心部から車で1時間くらいのところに「歴史公園 鞠智城」はあります。敷地はおよそ55ヘクタール、東京ドームにするとおよそ12個分!予想をはるかに上回る広さで驚きました。

シンボルとなっている「八角形鼓楼(ころう)」など合わせて4つの建物が復元されていて、一般公開されています。

かつては70以上の建物が建っていたと考えられています。

「温故創生館」館長・長谷部善一さん

公園の敷地内にある鞠智城の歴史展示を行う施設「温故創生館」の館長・長谷部善一さんが案内してくださいました。

まずは鞠智城のシンボル「八角形鼓楼」から。

「八角形鼓楼」

高さは15.8メートル、下から見上げるとすごい迫力です。

建物の上部にあった太鼓で時を知らせていたと考えられていて、そのため「鼓楼」と呼ばれています。

ちなみにこちらの八角形鼓楼、この建物そのものを「鞠智城」と考えがちですが、当時の城は熊本城のように天守閣があったわけではなく、土塁で囲まれた範囲全体を「城」と呼んでいたのです。

何より目を引くのが、この建物の外見です。

特徴的な八角形の建物は、国内の古代山城としては珍しい形なのです。

その建物跡が、ここでは2基見つかっています。

細かい部分にも注目してみます。八角形鼓楼の瓦をよく見てみると、一つ一つに蓮の花が描かれているのが分かります。これは実際に出土した瓦をもとに復元されたものです。

外観も古い朝鮮半島の山城などの建物と共通しているということで、朝鮮半島との繋がりが感じられます。

蓮の花をデザインした八角形鼓楼の瓦

「当時の熊本の人たちも建設に携わっているでしょうから、朝鮮半島から取り入れた最新の技術を新しいものや流行が好きな『わさもん気質』でこの建物の建築に取り入れたのかもしれません。」(長谷部さん)

当時の人々にも今に通じる熊本人の気質があったのでしょうか?少し親近感がわいてきました。

しかしこんな山の中に、なぜ大規模な城が築かれたのでしょうか?

飛鳥時代、当時の大和政権は「白村江の戦い」で唐と新羅の連合軍に敗れます。

その後、朝鮮半島からの侵攻に備えて西日本各地に山城が築かれました。

鞠智城もその一つです。

この城は、戦(いくさ)に備えるための基地として位置付けられていたと考えられています。

鞠智城は九州北部を守る基地だった

鞠智城のイメージキャラクター「ころう君」です。頭には、鞠智城をイメージした「八角形鼓楼」を乗せています。

「ころう君」は、当時九州北部の守りについていた「防人(さきもり)」がモデルです。

「ころう君」は防人(さきもり)がモデル

鞠智城には、兵舎だと思われる建物跡が2棟発掘されていて、飛鳥時代から奈良時代の初期にかけて、およそ100人の防人が守っていたと考えられています。

鞠智城の周りに築かれた「土塁」 全長は約3.5キロ

長谷部さんに、さらに公園の中を案内していただきました。

一見普通の山道に見えますが、これ実は「土塁(どるい)」と呼ばれるもので、敵の侵入を防ぐために築かれたものです。熊本城で言えば石垣と同じような役割ですね。

鞠智城の周りを囲んでいて、全長はおよそ3.5キロにも及びます。

さらに急な斜面を登り、南側土塁の一番高い場所へ。

隣接している堀切地区からの高さはなんと50メートル。

自然の地形を生かして大事な城を守っていたんですね。

それにしても想像以上に起伏が激しくて、ちょっとした山登り気分を味わうこともできました。

いまは植林された木々で見えませんが、かつては熊本平野も一望できたそうです。

かつては熊本平野も一望できた

当時、朝鮮半島から伝わったとされる最先端の技術が見られる場所もあります。

土塁の部分にしま模様が見えるのが分かるでしょうか?

違う種類の土を積み重ね、たたき固めて作る「版築」という技術です。

ここでは、凝灰岩と花こう岩が交互に重なっています。

「版築」という技術が使われた土塁

性質の違う土の層を人工的に積み重ねられたのが分かります。

土を積み重ねることで、高さのあるより強固な土塁ができます。

この城を大規模な国家的プロジェクトで造ったという証拠が残っているんですね。

このような姿で「版築」を見ることができる土塁は珍しいそうです。

最後に長谷部さんイチオシの場所、「灰塚展望台」へ。

ここから「のろし」を上げて大宰府とやりとり?

「灰塚」という名前は地名として残っていたもので、ここは鞠智城の中で一番高い場所です。

その名前から灰が積もっていたのではと言われていて、この場所から「のろし」を上げて、九州を統治していた大宰府とやりとりをしていたのではないかと考えられています。

九州の拠点であった大宰府をバックアップしていた、当時の鞠智城の姿がうかがえるようです。

 

いかがでしたか?

公園内は私が歩いた「土塁」も含めて自由に散策できるほか、希望者にはボランティアのガイドさんが案内してくれるサービスもあります。一部に険しい場所もあるので、ガイドの方と一緒に歩くのがおすすめです。

また園内に復元された八角形鼓楼の建物のどこかにハート型をした「何か」が隠れているんです。

公園の中をゆっくり散策しながら、隠れた「ハートマーク」を探すのも楽しいと思います。

当時の人の生活や雰囲気を感じることができる歴史スポット「鞠智城」。

これから暖かくなる季節。ちょっとしたおでかけにピッタリです。ぜひ足を運んでみてください。

「八角形鼓楼」と「ころう君」

なお、土塁を散策する際には以下のような注意点があります。
(「歴史公園 鞠智城」のホームページより)
①「土塁」を散策する際は、「土塁」の線上を歩きましょう
※急な斜面や倒木箇所もあるため、整備していない山林に入るのは、大変危険です
②できるだけ複数人で歩きましょう
③一人で歩くときは携帯電話を持っていきましょう

  • 時川莉野

    クマロク!キャスター

    時川莉野

    2022年から「クマロク!」キャスター。
    熊本県内各地をかけ回ります!
    先日「防災士」の資格をとりました!

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