栗の足跡をたどる

ふるさと熊本から金栗の足跡をたどる“いだてん散歩”

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日本で初めてオリンピックに参加した男

栗四三”

日本が初めてオリンピックに参加した1912年のストックホルム大会にマラソンランナーとして参加。国民の期待を背負い猛暑のなか力走するも、大惨敗となってしまう。それでも、金栗は日本スポーツ界にとっての大きな一歩を踏んだ。その後も、アントワープ大会・パリ大会と3度のオリンピック出場を果たす。
そして、金栗は後進の育成やスポーツの振興にも力をいれた。いまや正月の風物詩である「箱根駅伝」を発案したのも実は金栗である。そうして今では“日本マラソンの父”と慕われる。

栗が生まれたのは熊本県北部の片田舎

野山に囲まれた熊本の地で、 どのように偉大な人物へと成長していったのか・・・
ふるさとの地をたどってみよう。

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“体力・気力・努力”のことばを座右の銘とし、大切にしていた金栗。 金栗が活躍した時代を考えると、単純な精神論のようにも見えるが 晩年、次のように語っている。

「長い間、泣いたり、笑ったり。
苦労もし、努力もしたが、思えばみんな楽しかった。
目標に向かって“楽しくがんばる”というのはいいことだね」
出展:「走れ二十五万キロ マラソンの父 金栗四三伝 復刻版」(発行/熊本日日新聞社)

大切なのは、“体力・気力・努力”で、目標に本気でぶつかりあうこと 時には苦しかったり、結果が出ない時もあるかもしれない。しかし、頑張り続けることで最終的には人生は輝く。 それこそが、日本のスポーツの発展に最期まで尽力した金栗が、 皆に伝えたかったことではないだろうか。