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10月14日放送のくまもとの風、 テーマは「夢を語ろう」!
夢や目標に向かって日々努力を続けていること
夢を叶えるために大切にしていること
夢を追いかける人を支え応援していること
夢は叶わなかったけど、いまのフィールドで頑張っていることなど
“夢”にまつわるエピソードを募集しました。
お寄せ頂いたメッセージの一部をご紹介します。

ちゃのま(34歳)

私の夢は「法性アナにほほえんでもらう」です! 法性アナの大ファンです!画面越しに日焼け具合を確認しては、その仕上がりにキャーキャー言っています。なかなか実現することはありませんが、いつか推し(法性さん)のとびきりの笑顔を私に向けて飛ばしていただけたらなぁと夢見ております(笑)

わんちゃん (40歳)

動物が大好きです。先日貴局で看取り犬の番組を見まて、改めて動物の持つ偉大な力を痛感しました。学校でさまざまな問題が多い世の中 いじめや不登校などの問題解決するのに動物の力を活かせる活動をし子ども達の笑顔いっぱいの社会になる活動がしたいです。

bogen (58歳)

定年まであと数年。定年後は何をしようかいつも考え、がんばってます。生活感のある小さな夢となります。社会人で最初に赴任した場所に、40年振りに行きたい。あの頃をゆっくり思い出しながらこれから先のことを考えたい。

ちひ(31歳)

家族や周りの人たちと、毎日前向きに楽しく生きていくことが私の夢です。 簡単そうで難しいけど、自分の周りにある些細な幸せを大切にしながら、日々を送れることに感謝しながら、1日1日大切に過ごしたいです。

ディープインパクト (55歳)

息子は今25歳。年少からサッカーをやり中学時代は全国クラス。夢は全国サッカー選手権。進学時自分は「サイズもないし勘違いするな!将来を考えなさい」と反対。 壁にぶつかり自分の能力を知るまで、好きな事をやり続ける。次のステージに行くにもそれが大事。子どもの背中を押せなかった事に後悔。

ハットトリック (54歳)

現実的な夢、本当に遠い夢。しかし全力でそれに挑戦する自分はいなかった。今でも夢は?と言われても残念ながら即答できない。それが一番悲しい事だと今感じている。少し考えた夢。家族全員でお正月に揃いたい。自分と妻。長男、長女。そして愛犬。できれば長男の恋人も。この夢を追っていきたいと思う。

りぴょなまま (51歳)

私の夢は、田舎で暮らし、小さな家庭菜園を作り、近隣の方との交流や地域のイベントに参加して、趣味をたくさん持ち、なるべくストレスフリーで生活することです。子供や孫その先の曾孫に囲まれて笑顔で入れたらいいなぁ~と思っています。

じんママ (68歳)

この5年間に姑を亡くし、2年後に夫を亡くし、昨年実母を亡くし、今年は親友を亡くし、終活のことばかり考えていました。通信教育の受講も、この歳でしても意味があるのかなと思いあきらめていました。今回、夢について考えたことで、自分で自分の未来を狭めていたなと気づくことができました。

こうゆうママ (45歳)

新婚旅行で行ったイタリアに、今度は息子達も一緒に連れて行きたい。イタリアで息子達が好きなサッカーの試合観戦をしたい。

いろは坂のダービー (23歳)

「生きるとは」私は13歳の頃から犬を飼っている。嬉しい時や悲しい時、反抗期、思春期、どんな時も一緒にいた相棒。そんな矢先、交通事故で亡くなった。生きるとは何なのかと思った。今日は、あの日から1年。私の夢は、生きること。生きることが私の夢である。

ユキ (51歳)

子ども達が独立した事をきっかけに、色んな事にチャレンジしてみようと目標を立てました。マラソン、山登り、陶器体験。色んな事にチャレンジしながら、主人と日本全国を回って色んな景色を見てみたいと言う夢が出来ました。そして、その日が来るまで支え合って過ごすと言う、新たな目標も出来ました。

あきちゃん (77歳)

120年前、熊本宇土から夢を抱き屯田兵として、北海道剣淵に入植した祖父は24歳でした。寒冷と凶作を克服して、今は広々とした豊かな美しい田園風景が広がっています。3世の私たちは、素晴らしい四季と災害のない安心安全な地域の中で、「かなえられた夢」の中に居る喜びでいっぱいです。

もこもこ (21歳)

私の夢は、「自分を好きな自分でいること」です。私は何かに挑戦しているときの自分がとても好きです。何かに挑戦するのは勇気も労力も要りますが、何にも変えられない達成感や感動があるところが好きです。毎日1日ひとつの挑戦を目標に自分が好きな自分でいられるよう、頑張ります。

おたんこナース (60歳)

私の夢は自立した女性になる事。怪我が絶えない私は凛とした看護師さんが憧れでした。看護師になって数年後母がガンになりました。ホスピスで勤務していた私は共に過ごし家族で看取る事ができました。私もガンを患い現役を引退しました。今は健康づくりに努め健康寿命を伸ばす事が目標です。

LISA (54歳)

とにかく食いしん坊で、美味しい物を食べる幸せを感じていた私は料理人を夢みていた。母が手間をかけて作ってくれる日々の食事もお菓子も、本当に美味しくて笑顔になれた。 料理人の職に就くことはなかったが、家族や友人等に手料理を振舞う時、美味しい!の言葉や笑顔に、これが私の夢だなぁ~と思う。

ムウムウ (40歳)

家族みんなが、元気に満足だったー!と言って人生を過ごせることが1番の夢です。

山守の長 (50歳)

私は小学生のころから公務員になると言ってまいした。小国町生まれということもあり、東京の大学の林学科を選択し、卒業と同時に役場職員になりました。10年公務員を続け、退職。その後は家業である林業を継ぎ、現在は森林組合理事として奮闘しています。 林業を魅力ある職業にしたいと思います

合志市のおじさんです (73歳)

小国高野球部を応援しています、54年前の卒業生です、当時は軟式でグランドも無く予算も無く山岳部に入部した、いま時々訪問している、頑張らないでいい、楽しくプレイしてください。

夢菜里つゆき(52歳)

私の小さい頃の夢は、親孝行をすることでした。中学生になった頃に私の目の前に飛び込んできたひとつのニュースが忘れられません。(熊本赤十字病院の看護師の方がエチオピアへ救援活動のため派遣されたというニュース)私はこれをきっかけに看護師になる夢をかなえ、現在看護師の仕事頑張っています。

さくら (67歳)

私の夢は大学の研究者になることでした。40代で大学院に進学し博士号を取得できました。現在は大学の非常勤講師として学生を指導しています。好きなことを努力して続けていれば、夢がそのままとはいかなくとも、近づくことはできるのだなと思いました。

やもちゃん (48歳)

学生時代、少しだけ習った「パイプオルガン」を演奏することが私の夢です。一番大きな夢はNHKホールのパイプオルガンを演奏することです。熊本にも、パイプオルガンのある劇場が有っても良いなと大きな夢を描いております。

佐藤のシンチャ~ン (48歳)

熊本に2年前に発足した火の国サラマンダーズで発足時からボランティアをし、選手の後押し、そして観客や関係者の皆様にとって球場にいる間だけでも心地よい空間や時間にしてもらいたい思いで日々活動しています。試合はもちろん、「行くと気持ちよくいられれるね」と思ってもらえるような球場にしたいと夢を抱き活動してます。

カスミソウ (42歳)

結婚し、子どもができ、人生には自分より大切なものがあることを知った。と同時に、夢も自分だけのものじゃないことを知った。40歳を越えて、今は子どもたちが夢に向かう支えになることが、自分の夢になった。

おてもヤングワンオーワン (29歳)

自分の夢はできるだけ 早いうちに「大阪に引っ越す」事です。これから前を向くために、 新しい仲間と共に 大阪で頑張りたいという 希望と夢を持っています。

じゃチャン (54歳)

スーパーで買物していると、ときおり手を携え顔を寄せ合い品選びをする老夫婦の姿に出会う。目を細め表示を見たり献立を相談してる様子。無邪気な幼子に対するに似た、何とも微笑ましい気持ちになる。 私もいつの日か、あの様に支え合える人に出逢いたい。。。それが私の夢。

ようすけ(20代)

まさや(萩尾匡也選手)と高校時代一緒にプレーしてたことが誇らしいです。ドラフトでまさやが指名されることが私の夢です。

火の国アンパイア (50代)

自分で自分をあきらめなければ人生に負けはない。 何回でも立ち上がれ!この言葉で今も現役でグランドに立たせてもらってます。

ぼけ (60代)

迷わす行けよ行けば分かるさ。夢見るばかりではなく行動に移すことが大切だと思います。それに継続する意思。

biggara (60代)

いくつになっても、前を向いて歩いて行こう〜それが人生!夢を持って!

よんママ (40代)

私の夢は、20代の時に新婚旅行で行った上高地にもう一度、主人と一緒に行って、きれいな景色を見ながら歩く事です。

マッコ姉 (50代)

福祉の仕事に挑戦しています。 全く今までと違う職種ですが、50代最後にチャレンジして、資格取得を目指してます。

ひろくんパパ (30代)

自分が果たせなかった甲子園への道。息子達(2歳、0歳)が野球をしながら、かなえてくれると信じてます。

すけさん (30代)

多くの人が熱中できるもの、応援できるものを見つけられたら、どれだけ楽しいだろう。 尊い瞬間を生きているのだと実感しました。

(50代)

明日、箱根駅伝予選会を息子が走ります。 正月の箱根路を走る息子、沿道で応援する家族。 夢よかなえ!

ひろ (30代)

クラブチームで子ども達に野球を教えるようになり、改めて好きなんだと実感してます。 1人でも野球好きな子ども達を増やしていきたい。

はっぱふみふみ (50代)

50過ぎてから始めたゴルフ。ハマりました。いつか100を切りたいし、ダイエットも成功させてかわいいゴルフウェアを着るぞー!

トドロキ サブロー (50代)

約40年前に自分がなれなかった夢を今、まさに高校2年生の孫が頑張ってチャレンジしてくれてます!頑張って、夢をかなえてほしい。

茨城ゴールデンゴールズ監督
片岡 安祐美

これまで、たくさん夢を持ってきました。
今も色々あります。
夢のかなえ方って、いろんな方法があると思います。私は、甲子園の夢、まだかなえられてません。でも、私の夢は続いています。
甲子園でプレーすることが夢で、でも規定により女子は甲子園に立てなくて、学校が甲子園出場することに変わって、でもかなわなくて。
ゴールデンゴールズ入って、甲子園で野球することが夢になって、でもまだかなえられなくて。
今はマスターズ甲子園に出場すること!に変わっています。いつになるかわからないけれど、必ずかなえたい夢の一つです。

今は子育てで自分の夢は休憩中だけど、心身共に健康でいることかなと思います。
子どものためにも、自分の夢のためにも、心も体も元気でいればなんとでも、どうにでもなる!と思っているので、夢に向かっていつまたスタートをきれてもいいように、今は準備していたいです。

全てが全てかなえられるわけじゃないという現実ももちろんあって、現実を見なきゃいけないこともあるけれど、諦めない限り夢は続きます。
その中で、「自分で自分を諦めないこと」、そして「夢を言葉にすること」を私は大切にしています。
たくさん笑われてきたし、色々言われてもきたけれど、夢は自分自身のものであって、その他誰のものでもないと思います。
人の夢を聞いて、笑う資格なんて誰にもないと私は思っています。
言葉にすることで自分自身を奮い立たせることができるし、応援してくれる人も現れます。言葉にして行動することで、最初は笑ってた人も、「こいつ本気なのか?」から、「本気だ!」になり、「こいつやるかもしれない!」って動かせる。
言霊って、あると私は思います。
自分自身がかなえるんだという強い意志を持って、かなえようと向かっていけば何かが起きる。
そう信じています。

最後に、大人は子どもに夢を持ちなさいって言うけれど、まだ夢がわからない子どもたちもいます。その子たちに、見本もみせなくて、夢を持ちなさいと言われても、子どもたちはわからないと思います。だからこそ、まずは大人が堂々と夢を語ることが大事だと私は思っています。
子どもに夢を持ってほしかったら、まずは大人がいくつになっても夢を持ち語る。
大人、子ども、世代性別関係なく、夢を語れる世の中になったらいいなって、思います。


お笑いタレント
レッド吉田

少年時代の夢はプロ野球選手。
大学まで野球を続けたもののその思いとは裏腹に色んな誘惑に負けてしまい、いつしか夢に対する情熱も薄らいだことを思い出します。
その夢は実現しなかったのですが、夢に対してアプローチ、アクションを起こしたことでたくさんの貴重な経験をさせてもらいました。プロ野球の選手という高い壁は想像以上でした。そこで数多く失敗して、立ち直れないくらいの挫折を味わいました。
ただ、そこからたくさんの学びがあり、多くの人との繋がりを持つことができました。感謝しかありません。
夢はかなう、かなわない、結果にとらわれる事なく、どんなに大きな夢でも、ささいな夢でも、夢を持って目標に向かってチャレンジすることが大事なのではないかなと思います。そこから何かが生まれます!人生いくつになっても夢を持って頑張りましょう!


アナウンサー
法性 亮太

「プロ野球界の中でも有名なプロ野球選手になること」。これが物心ついた時からの夢でした。でも中学・高校と進む中で徐々に現実が見えてきて、いつの間にかその夢を自信をもって語れなくなっていました。そんな中出会ったのが、アナウンサーという職業。「実況」という立場で野球と携わり続けられると知り、本気で目指そうと決めました。NHKに入局し、5年目の春、プレイヤーとして立つことのできなかった甲子園の放送席に初めて座った時に見たあの大パノラマの景色は、いまも鮮明に脳裏に焼き付いています。最初に描いた夢はかないませんでしたが、その夢に向かって努力を重ねた日々が、時を経て大きな財産になることをいま改めて感じています。

アナウンサー
稲塚 貴一

少年のころからパイロットに憧れていて、就活でトライもしました。30歳になったころ、あのころの夢を忘れたふりをして生きていくのがいやで、小型機のライセンスに挑戦。自分一人で空を飛んだ時、あきらめないで本当に良かったと思いました。また、小学生の息子が野球を頑張っています。なかなか試合で活躍することはできませんが、納得できるまで楽しんで続けてほしいと願っています。夢は一つじゃないと思うから。

キャスター
時川 莉野

小学生の頃の番組制作体験への参加をきっかけに、自分の言葉で情報を伝えるアナウンサーに憧れました。
思い悩むこともありましたが自分の気持ちを素直に受け止め、卒業間近まで諦めずに試験を受け続けた結果、一歩を踏み出すことができました。
地元のいまと向き合っていきたいです。

気象予報士
結城 弘汰

一度は別の道に進むも「やっぱり気象キャスターになりたい!」と、気象予報士試験に再挑戦。6回目の受験で合格、そしてNHK熊本の気象キャスターへ。一見難しそうな夢も前へ進んでいくうちに道は開ける。
「自分には難しい」と無理に納得させようとせず、夢を真正面から目指していくことが大切だと思った。

キャスター
渡慶次 秋穂

陸上競技で県チャンピオンになる夢がありました。
6年越しに夢をかなえた時、さらに全国を目指す夢が。
全国の壁は越えられませんでしたが、
大切な青春の思い出です。


アナウンサー
米澤 太郎

近しい友人の一人にバンドマンとしての夢を追いかけている人がいます。 自分を信じて進むその友人の活動を目にするたびに、気づけば私自身も刺激や元気をもらっていて、夢を持つことは、自分だけでなく周りの人にも活力を与える、それ自体が尊いことだと思っています。

キャスター
辻田 桃子

小学生の頃、友達とハリーポッターに夢中になっていた私。
「20歳になったらイギリスに行って映画のロケ地巡りをしよう」と約束をしていました。
しかし実際20歳(当時大学生)の私たちにとってヨーロッパに行く旅費を稼ぐのはとても大変なこと。
叶ったのは28歳の時でした。
お互い社会人になって、広い視野を携えて臨んだ旅は
それは有意義なものとなりました。
夢を叶えるのに、遅いも早いもない。
その時々で得られるものは変わるのだろうと、そう感じた旅でもありました。

アナウンサー
佐藤 茉那

子どもの頃の夢は、“お医者さん”でした。
当時の私にとって、喘息の発作が出たとき、風邪をひいたときにすぐに楽にしてくれる、魔法使いのような存在。
“お医者さん”みたいに、「人の役に立って、喜んでもらいたい」という単純な理由からでした。その後、成長していくなかで、人の役に立つ仕事は他にも色々あると知り、そのなかで自分らしく頑張れる仕事ってなんだろう?と考えるようになりました。
アナウンサーになるとは、過去の自分も想像していなかったことですが、 取材のなかで、「取材してくれてありがとう」「一生の思い出になった」「反響があった」などと喜んでいただけると、とてもうれしく思い、やりがいを感じます。
幼い頃は“お医者さん”という言葉でしか表現できなかった「人に喜んでもらいたい」という夢を、いま形を変えて、かなえていると思っています。

アナウンサー
後藤 佑太郎

小学校の頃に将来の夢となったアナウンサー。しかし、大人になるにつれて人前に立ち喋ることが苦手になり、諦めていました。大学で現在の妻に出会い、背中を押され、アナウンサーになることが叶いました。入局後は素晴らしいアナウンサーたちの背中を間近で見ることができ、今も夢を追っている気持ちです。そう考えると夢から目を背けたままではなくて本当に良かったなと思います。

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