【11月30日(日)放送】みかん 色づく島 〜愛媛県 忽那諸島〜

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松山市の沖、瀬戸内海に浮かぶ忽那(くつな)諸島の中島は、島民の多くがみかん栽培に関わる「みかんの島」。
明治時代から始められた、みかん栽培。秋から春にかけては、温州みかん、いよかん、デコポン、レモンなど10種類以上のかんきつ類が次々と色づき、収穫の季節を迎えます。代々続くみかん園を守り続ける夫婦や、周囲の島々で作られたみかんを運ぶ「みかん船」の船長など、みかんとともに暮らす人々を訪ねる旅。

地図
アクセス

松山市内の三津浜港か高浜港から、船に乗って渡ることが出来ます。
<フェリー>
三津浜港・高浜港→大浦港
約1時間(車両の乗船は三津浜港からのみ可能)1日5便
三津浜港・高浜港→神浦港
約1時間(車両の乗船は三津浜港からのみ可能)1日2便

<高速船>
高浜港→大浦港 約30分(車両の乗降不可)1日5便
高浜港→神浦港 約30分(車両の乗降不可)1日4便

再放送予定

12月1日(月) 午前11:05
12月6日(土) 午前 5:15

旅の見どころ

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島を訪れて目に入るのは、あちこちに広がるみかん畑。急斜面でのみかん作りは、「耕して天に至る」と言われています。中島は、「作れない種類は無い」と言われるほどのみかん栽培の適地。周囲の海は冬でも水温が下がらず、みかんの成長を助けます。水はけのよい土には余分な水分がたまらず、味の濃いみかんができます。降り注ぐ日ざし、海からの照り返し、そして石垣の熱は「3つの太陽」と呼ばれ、おいしいみかんの秘密とされています。

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選果場には、1日およそ100トン、80万個のみかんが集まり、全国へ出荷されていきます。島の人の多くの人がみかんを栽培したり、選果場で働いたり、みかんで暮らしを立てています。平成3年には台風19号の被害で、多くのみかん畑が枯れました。それでも、みかん作りを諦めずに1から苗木を植えて育ててきました。島の人を支えてきたのは、明治から続いてきた、みかんの島としての誇りです。色づくみかんを見るのがいちばんの幸せだと言います。

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忽那諸島の島々で作られるみかんは、中島の選果場へと集められます。古くからみかんを運んできた「みかん船」。最盛期には10隻ほどがありましたが、今も残るのは2隻のみ。今年から怒和(ぬわ)島のみかんを集めるのは、中島生まれの若き船長。相棒は、56年の年季の入った木造船「大安(だいあん)丸」。島の農家から孫のようにかわいがられる新米船長は、思いがたくさんつまったみかんを乗せて、冬の瀬戸内を走ります。

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※掲載情報は、放送当時のものです。情報が変わっている場合がありますが、ご了承ください。

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