2016年12月18日 (日)

麗しの郷里 はるか ~埼玉県 日高市~

hidakamain3.jpg埼玉県南西部、日高市の高麗(こま)の里。高麗とは、古代、朝鮮半島から渡来した人たちが開いた「高麗郡」に由来するといわれます。里にある「高麗神社」は、その歴史を、守り伝えてきました。里が紅葉に包まれる秋、暮らしの風景を残したいと水彩画にいそしむ男性、氏子たちが伝えてきた伝統の獅子舞に挑むアメリカ人を父に持つ中学生など、悠久の時間の中に、ロマンを求める人々と出会う旅です。


今回の放送内容

hidaka1.jpg“高麗の里”のシンボル・日和田山の眼下に広がるのは、高麗川が長い年月をかけて生み出した円形の土地。その形から巾着田と呼ばれ、人々はここに田畑を開き、暮らしを立ててきました。先祖代々、巾着田で農業を営み暮らしてきた加藤英雄さんは、豊かな自然に囲まれ、静かな時間が流れるこの場所も、少しずつ変化していると感じています。今は大半が公園となっている巾着田の在りし日の風景を描き、先人たちの暮らしに思いをはせています。


hidaka2.jpg「続日本紀」をひもとくと、奈良時代に関東各地に暮らす高麗人やその子孫、1799人が集められ、「高麗郡」が置かれたことが記されています。高麗郡が置かれて1300年を迎えた今年。人々は、高句麗古墳壁画を元に作った衣装でのパレードや、騎馬文化を象徴する馬射戲(マサヒ)など、さまざまなイベントを行いました。はるか昔、海を越えこの地を開いた人たちにロマンを駆り立てられます。


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晩秋、高麗川の近くの高麗神社に地元の子どもたちが集まってきました。およそ400年にわたって、氏子たちの間で受け継がれてきた獅子舞の練習です。代々、氏子の男の子たちが、高麗の里の五穀豊穣と安全を祈ってきました。しかし、近年は、獅子の舞手になりたいという子どもがなかなか見つかりませんでした。そこに現れたのが、アメリカ人の父をもつ中学生・ファウツ海くんです。指導にあたるのは、獅子の舞手として50年近い経験をもつ鈴木八蔵さん。土地を鎮めるともいわれる舞を熱心に指導します。


旅人・山田敦子アナウンサーより

hidakayamada.jpg古代、朝鮮半島から渡ってきた高句麗の人々が住みついたとされる高麗の里。記録によると、1300年前に1799人の(細かい!)高麗人が移住し、この地を開いたとか。関東の内陸にありながら、エキゾチックな魅力を漂わせる土地柄です。高麗神社に代々伝わる獅子舞に、今年、12歳の男の子がデビューしました。地域のオープンマインドな風土に心惹かれて移り住んだというお父さんは、ドイツ系アメリカ人。昔も今も、外から来る人をおおらかに迎え入れてきた、それが高麗の里なのだと思いました。


高麗神社・巾着田へのアクセス

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〈電車〉

▼高麗神社
JR川越線・八高線「高麗川」駅から徒歩約20分
西武池袋線「高麗」駅から徒歩約45分

▼巾着田
西武池袋線「高麗」駅から徒歩約15分
JR川越線・八高線「高麗川」駅から徒歩約40分


問い合わせ先

▼日高市について(巾着田、高麗郡建郡1300年、高麗神社など)
日高市役所 産業振興課 042-989-2111

 

 

 

投稿時間:08:24


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