BS1 ワールドウオッチング - WORLD WATCHING -

2020年8月3日(月)

WTO“機能不全”の背景

いま、「自由貿易の番人」とも呼ばれるWTO=世界貿易機関がかつてない危機に直面しています。
国どうしの貿易紛争を解決するための裁判機能を、十分に果たせなくなっているのです。
その原因は…。


アメリカ トランプ大統領
「WTOの仕組みは、アメリカにとって極めて不公平だ。」

アメリカ、トランプ政権の反発です。
さらに、ことし(2020年)5月、WTOのトップ、アゼベド事務局長が突然、任期途中での退任を表明。
混乱の中、新たな事務局長の選考が始まっています。
いま、WTOに何が起こっているのか。
“機能不全”に陥った背景と自由貿易体制の行方に迫ります。

小林
「特集ワールドアイズ、けさはWTOについてお伝えします。」

高橋
「WTOは、1995年、各国が自由にモノやサービスなどの貿易ができるよう設立された国際機関です。
現在、日本を含む、世界164の国と地域が加盟しています。
主な役割は3つ。

国際的な貿易のルール作り、そのルールが守られているかどうかの監視、そして加盟国の間で貿易紛争が起きた場合の解決です。
ルールを作るだけでなく、そのルールに基づいて紛争を解決するための『裁判所』の機能が備わっているところが大きな特徴です。

例えば、貿易の相手国から不当に安い製品が入ってくるため、同じ製品を作る国内の産業が破壊されてしまうというような訴えがあった場合、WTOが判断を示します。」

小林
「しかし、去年(2019年)12月から、この裁判所の機能の重要な部分がストップしてしまっているんです。
なぜ、こうした事態に陥ってしまったのか。
上智大学・法学部の川瀬剛志教授に話を聞きました。」

“機能不全”のWTO・世界が受ける弊害は

小林
「紛争解決が機能不全に陥ってしまう、それによってどんな弊害が表れているのでしょうか?」

上智大学 教授 川瀬剛志さん
「これまで、WTOの紛争解決手続きがあることによって、ルールに基づく法の支配が、安定的に保障されていました。
その下支えをする紛争解決制度が機能を十分果たせなくなったということは、非常に安定的で、予見可能な、法支配に基づく、国際通商システムを、享受できなくなったという、大きな弊害が出ているのではないかと思います。」

紛争解決手段の“機能不全”とは

WTOでは、加盟国の貿易紛争を解決する際、まず1審にあたる「小委員会」で審理します。
そこでの結論に異議が出た場合、最終的な判断を下すのが、2審にあたる「上級委員会」です。
「上級委員会」で、裁判官の役割を果たすのは7人の委員。
加盟国の全会一致で選任されます。
ところが、任期が切れた委員の後任の人選に、アメリカが反対しているため審理に最低限必要な委員の数が足りなくなり、去年12月から「上級委員会」で審理が開けない事態となっているのです。

WTOに対するアメリカの不満

なぜ、アメリカはWTOに背を向けたのか。
その背景には、中国との対立があると川瀬教授は言います。

川瀬教授
「アメリカが一連の上級委員会の判断の中で、強く反発しているのが中国関係の事案です。
これは、中国の国有企業が出す補助金を理由に、アメリカが相殺関税を課したのですが、この時、中国の国有企業は、政府の一部として見るのか、それとも見ないのかという点が問題になりました。
この紛争をめぐる判断で、上級委員会は、非常に中国に有利な解釈を示したわけです。
やはり、アメリカとしては、現在の上級委員会のあり方というのは、対中国という面で、あまり、アメリカのためになっていないと考えているのではないでしょうか。」

米トランプ政権・WTO離れ加速も

川瀬教授は、この秋にも1審の小委員会で出されるある判断が、アメリカの態度をさらにかたくなにすると危惧しています。
おととし(2018年)、トランプ政権が国内の鉄鋼産業を守るために、中国などからの鉄鋼やアルミニウムに輸入制限をかけたことを巡る紛争。
WTOがアメリカに不利な判断を出す可能性が高いとみられています。

川瀬教授
「アメリカが、鉄鋼とアルミニウム製品に、安全保障を口実に、追加関税を賦課しましたが、これまでの先例などに照らしてみると、アメリカが勝訴する可能性は極めて低い。
そういう判決が出ると、アメリカのWTO離れは、特にトランプ政権が、変わらないという前提で言うと、一層進んでしまう可能性があります。
私は、アメリカがWTOを即時脱退することは、さすがにないと思っていますが、脱退をちらつかせることを含めて、極めて強いリアクションをとる可能性はあると思います。」

WTO新事務局長候補・機能不全解消へ訴え

アメリカの強硬な姿勢に直面するWTOに、さらなる衝撃を与えたのがアゼベド事務局長の任期途中での退任表明です。

先月(7月)から、急きょ後任の選考が始まり、韓国やメキシコ、イギリスなどから8人が立候補。
現在、有力な候補と見られているのが、アフリカ出身の2人の女性です。
それぞれ会見では、WTO改革の必要性と、アメリカを念頭に、紛争解決機能の早期回復を訴えました。

ナイジェリア オコンジョ=イウェアラ氏
「求められるのは、平和・安全・安定です。
そのために、加盟国間の争いを解決する能力を持つWTOが必要なのです。」

ケニア モハメド氏
「貿易をめぐる緊張が高まる中、対立を解決するシステムが機能していません。
WTOを至急改革する必要があるという認識が、加盟国の間に広がっています。」

事務局長の選考・米中対立で難航か

今後、11月の選出期限に向けて候補者が絞り込まれていきますが、ここでも米中を中心に激しい主導権争いが展開される見通しで、川瀬教授は、選考が難航する可能性を指摘します。

川瀬教授
「やはりアメリカは、新事務局長の条件として、中国の影響力を排除したいと明確に公言していますので、米中それぞれが推す候補で対立して、折り合いがつかないということは、十分に考えられると私は思っています。
仮に米中対立が解けなくて、新しい事務局長すら決められない事態となると、現在、議論が進んでいるWTO改革は、完全に頓挫してしまいますし、WTOの求心力が、非常に低下してしまうことが懸念されます。」

求められるWTO改革

川瀬教授
「WTOのルールというのは、中国のような、大規模な国家資本主義の国が加盟することを想定していないルールなのだと思います。
そういう意味で、時代に合わなくなっていると言えます。
現在の国際経済の実態に合わせてきちんとアップデートをしていかないと、WTOのルールが意味を持たないものになってくると思います。」

高橋
「厳しい状況のWTOですが改善に向けた動きなど、あるんでしょうか?」

小林
「WTOについては、中国などを『途上国』として優遇してきたルールをどう変えていくかや、デジタル化が進む経済にどう適合していくかなど、改革に向けた議論が続けられています。
ただ、その道のりは険しいと言われています。

3か月後に迫ったアメリカ大統領選挙で、仮に民主党のバイデン前副大統領が政権をとったとしても『中国の貿易慣行は不公正だ』と主張する点では実はバイデン氏も変わりはなく、中国と協力してWTOの改革を進められるかは不透明だと川瀬教授は話していました。」

高橋
「ここまで危機に直面するWTOについてお伝えしました。」

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